寄居虫

メイルストロム

旧い殻を買う

「いやコレ無理じゃないッスかね師匠……?」

「ンン、私もヨルさんと同じ意見ですネ。ヨルさんの名誉の為に申し上げますト、予算に対して条件が細か過ぎますヨ、リヴラ」


 ──場所は師匠こと、リヴラの自宅にて。

 私は画面の割れたスマホと、数十個の要望が記されたノートを交互に見比べ絶望しかけていた。今回私は師匠の捜し物、とやらを見つける手伝いをさせてもらっているのだが──これが中々に難しい。

 ……捜し物、だなんて勿体つけた言い方になってしまったが、やっている事は単なる部屋探しである。シーズンからは外れており探しやすくはあるけれど、とにかく注文が多いのだ。別に駅チカ何分がいいとか、タワマンがいいとか──そういう条件ではないから余計にタチが悪い。

 というかそもそも疑問に思うのだ。師匠の手掛ける人形は恐ろしく高価なものばかりで、それなりの頻度で売れている。正確な額こそ不明だが、一体辺りの最低額が6桁後半──最も高価なもので8桁に届いた事もあるのだ。まぁ8桁の物はオークションという特殊な形式での取引ではあったが。

 兎に角、師匠には相当な稼ぎがある筈。なのにその生活環境はかなり庶民的というか、ぶっちゃけ貧乏臭いと思う事すらある。

 2LDKで家賃4万と言えば、師匠がどんな地域に住んでいるのか──ある程度は想像出来るだろう。そして目に付く範囲に高級品は見当たらない。家具は『お値段以上』を売りにしている某企業の物ばかりだし、食器類に関しては百円均一の物が目立つ。食料品も一般的なスーパーで買えるものが多く、季節の果物やなんかは地元の八百屋で買っているとのこと。そんな師匠の姿はあまり想像出来ないが、本当のことらしい。

 因みに私はワンルームで家賃2万7000円。勿論トイレは共同で風呂はシャワーのみ。家具や衣類はリサイクルショップで見繕い、たまに師匠から恵んでもらっているような生活だ。


「──ありがとう、ヨル。けれどごめんなさい、地域は問いませんからもう少し良いところをお願いします」

「そうは言いますけどねぇ……」

 提案した物件はどれもお気に召さないらしく、丁寧に返却されてしまった。しかもご丁寧に良い点と悪い点、その両方が簡潔に書き加えられている。

「──でハ、もう一度探しましょウ。ネバー・ギブアップですヨ!」

「簡単に言ってくれるなぁアンタ! っていうかこの人誰なんすか、師匠?」

 すっかりと忘れていたが、私はこの男を知らないのだ。顔立ちは彫りの深い中東系。剃り揃えられた短めの髭がいい味を出しており、身長もそれなりに高い。格好いいのだが兎に角胡散臭いというかなんというか……あと距離感が目茶苦茶近い。今だって当たり前のように横に座ってくる始末だ。

 

「彼はディオレという名の友人です。あと、深夜にネットラジオ放送もしている面白いおじさんですよ」

「おやおヤ! 私より歳上なのにオジサンとハ、また手厳しいですネ?」

「さいですか……」 

 正直嫌いなタイプではないが、この手の人種は一緒にいて疲れる事が多い。適当に相槌を打ちながら、私は師匠の要望を整理しつつスマホで検索を続けた。そうして見つける度に師匠へと提案するのだが──


「──ちょっと雑になってますネ、ヨルさん?」

「そんな事あるわけ無いじゃないですか」

「ンー、でもこレ。20分前に見ましたヨ?」

 本当に絶妙なタイミングで見抜かれた。この男、飄々としているクセにしっかりと話を聞いてやがる。

「そうだったかな……あ、コレとかどうです師匠?」

 実際あの物件は紹介済みだ。大通りに近すぎるという謎の理由で弾かれた不憫な物件S。そして今見せているのはこぢんまりとした一軒家である。

「…………」

「ふむふム」

「………………どう、ですかね?」

 ここにきて初めて師匠の手が止まった。彼も師匠と同じ様に、画面を食い入るようにして覗いている。そうして画面をスクロールして考え込む事5分。


「ヨル、ここの内見に行きましょう」


 ───この時、私はかなり嬉しかった。

 ようやく師匠のお眼鏡に適う物件を見つけられたのと、この検索地獄から抜け出せるかも知れない。そんなクソみたいな希望で目が霞んでいたのだ。










 ──内見当日。ここに決めた事を私は猛烈に後悔していた。


 最寄り駅から徒歩45分。閑静な住宅街を抜けた先にその物件はあるのだが……外観が明らかにアレなのだ。まさに魔女の館という言葉がピッタリ。最寄りのコンビニまで徒歩30分とか冗談ですか?


「──こレ、あの物件であってまス?」

「えぇ、ハイ。なにぶん人手が足りなくてですねぇ、ちょいとばかし草木が茂っちょりますが……えぇと、番号は幾つだったかな」

 案内人はゴマ塩頭のご老人で、少しよれたスーツと汚れた革靴が何とも言えない雰囲気を醸していた。そんな彼は現在、玄関の鍵を開けようとしているのだが、番号を忘れているのか開く気配がない。

「あぁ、開きました開きました。どうもすみませんねぇ……滅多に人が来ないもんでついうっかりと。ささ、コチラを使っていただいてどうぞ中へ」

 老人は申し訳無さそうな笑顔を浮かべながら、スリッパを並べ照明をつけていく。用意されたそれらを履き、中へ入ってみると──


「──……随分と綺麗ですね」

 3人揃って呆気にとられてしまった。真紅を基調としてコーディネートされた室内は掃除が行き届いているのか、埃っぽさや湿っぽさを微塵も感じさせないのだ。

「あの、これ家具は……?」

「ここにあるものは全て残置物扱いでして。その、ご契約頂けたらご自由に使われて構わないと言われております」

 予想外の答えが帰ってきた。リビングは北欧風の家具が丁寧に配置されており、ショールームと言われても遜色ない状態なのだ。正直手ぶらで移り住めるレベルで家具が揃っている。

「冗談みたいな条件ですネ。ご老人、ここのオーナーはどういった方なのでス?」

 流石に怪しい。なにか裏があるのではないかと疑った矢先、ディオレが踏み込んだ質問をした。

「詳しくは知らされていないのですが、資産家の方だとお聞きしております」

「築年数はどれ程デ?」

「えぇと……ざっと百年前ですね。なのでもし、ここをご購入されるのであれば土地代だけで良いとのお話も頂いておりますが」

 なんだか話がおかしな方向へ向かっている。そもそもここが売りに出されているなんて知らないし、掲載されていた情報との乖離が大きい。なにか適当なタイミングで内見を切り上げたいのだが、師匠がかなり乗り気なのだ。

 形容し難い違和感を胸に覚えつつ、師匠らと共に内見を続ける事2時間。師匠はようやく決心がついたらしい。



「────……え、師匠ここ買ったんですか?」

 ヤニ休憩から戻った矢先、師匠がここを買い取った事を伝えられた。

「ええ、現金一括払いで購入致しました。ここなら貴女の部屋も用意できますし、なにかと都合が良いのです」

「一括払いとか金持ちですな。アーウラヤマシー」

 ここが幾らなのかは知らないが、まぁそれはソレで良い。元々師匠が住むための場所探しなのだから、師匠が納得したのなら反対する道理もない。それにまた物件捜し地獄へ戻らずに済むのだから、私としては万々歳だ。ようやく開放される。

「…………ん? って師匠、今なんて?」

「だから、貴女もここに住むのです。ディオレも住むことになるので、賑やかになりますよ」

「はぁ?」

 初めて師匠の笑顔を見たかもしれない──って今はそんな事どうでもよくて。え? 私もここに住む? どういうことなの? 私の自由はないのか? てか師匠と1つ屋根の下って有り難いけど、考えたら目茶苦茶怖いんだよ。それにここ仕事あるのか? あのコンビニで働く?

「──住み込み修行と言うやつです。貴女、憧れていたでしょう?」

「いやぁ、まぁ……ははっ」

「それに貴女も部屋を探していると言っていましたよね。なら丁度よいではありませんか」

 やたらとグイグイくる。今日の師匠はなんか変だ。

「それはちょっと考えさせて欲しいっていうか、仕事がですね」

「なら、貴女を住み込みの家政婦として雇いましょう。三色昼寝付きで、オヤツも付けるといったらどうします?」

「えっと、それはちょっと魅力的過ぎというか──」「──月額報酬30万、と言ったら?」

「──お願いします」

「ええ、こちらこそ」

 今の職場は日当6000円で、その上保険未加入というクソブラックなのだ。迷う理由なんて無い。明日にでも辞表を叩きつけてやる。


「うーン、清々しい位に貪欲ですネ……してリヴラ、何故ここに決めたのですカ?」

「懐かしい匂いがしたのです」

「懐かしい臭い?」

 そちらのニオイではありません、と一言入れてから師匠は話を再び始める。

「ディオレはなんとなくわかるでしょう?」

「まァ、そうですネ。もしかして前所有者ハ、貴女の血縁に当たる方だったりしまス?」

「さぁ? それは判りませんが──そこの人形には触れないよう、お願い致しますね」

 私が手を伸ばしかけた先にあったのは、残置物に含まれている6体の西洋人形だった。鎧とドレスを融合させた独特の衣装を纏ったソレは、各々の手に異なる武器を握っている。言うなれば少女騎士、とでも言うべきか。

 人形に併せてダウンサイジングされた武器は、細部まで緻密に再現しているようで刃物に至っては刃こぼれまで再現されている。纏う雰囲気は異質そのものなのだが──いつか何処かで見たような気がするのだ。というか、師匠が作り上げる人形と近いモノを感じる。特に顔の作りが似ているというか、ほぼ同じに見えるというか。


「ちぇっ。それにしてもこれ──一体誰がが造ったんですかね?」



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