入居の条件

きょんきょん

入居のための条件

 営業マンに無理難題を伝えた割には、内見で訪れたマンションはズバリ、〝当たり〟と言って差し支えない好物件だった。


「敷金礼金ゼロゼロ。最寄り駅徒歩五分以内。南向きで。バストイレ別。オートロックありで1LDK以上の間取り」


 新居を探していた地域エリアでは、少なく提示した条件では、少なく見積もっても1K10万を優に超えてしまう。それを知ったうえで「払える家賃は相場の半額までだ」と伝えると――一軒だけならと現在訪れている物件を紹介された。


「いかがですか? ご希望の条件は全て満たしておりますし、築年数も比較的浅いこの物件は、かなり掘り出し物だと思いますが」


 南向きの窓から差し込む陽光が、冷房のかかっていない室内を一気に温める。ハンカチで額をこまめに拭きながら、いかにこの部屋が素晴らしいかを説く営業の説明を遮って気になっていた疑問をぶつけた。


「いや、正直ここまでの物件が残ってるのは不思議を超えて不気味にすら思うんだけど、ぶっちゃけ……この部屋って〝事故物件〟なんじゃない?」


 すると営業マンはトークを引っ込めると、困ったように苦笑いを浮かべて破格の家賃設定の理由を明かした。


「お客様が仰るような〝事故〟は一度も起きてませんが、その代わり越してきた住民の方が、漏れなく姿をくらましているんです」

「それって……夜逃げってことですか?」

「いえ。これといって借金を抱えているわけでもありませんでしたし、警察にも相談はしましたが事件性はないとのことでした。オーナーの意向もあってこの部屋は割安にして貸し出すことに決めたんです」

「なるほど。不思議なことがあるもんですね。いっそのこと、いわくつきの物件のほうが行方不明の理由としてしっくりくるんですけど」


 結局、その日は契約書にサインすることもなく帰宅したが、裏事情を抜きにしてもあれほどの条件は二度と見つからないことだけは確かだった。


 迷いに迷って翌週には諸々の契約を済ませると、内見から一月後には新居への引っ越しを済ませて新生活を始めたのだが、これといって異変もなく過ごしている――。


 勤務時間中に、またしてものオーナーから一報が届いた。

 どうやら、また居住者が姿を消したらしい。直近の居住者といえば良く覚えている。無理難題を吹っかけてきた顧客の一人だ。


 こうも立て続けに行方不明者が出て事件性がないというのもおかしな話ではあるが、不動産会社の営業マンたるもの客に求められれば、条件に合致する物件を勧めないわけにもいかない。


 分厚くファイリングされたバインダーを閉じて棚にしまう。社外秘の物件情報が記された資料には、そう簡単に紹介できない物件が山程眠っている。


 危ない物件はいくらでも存在するが、だけは興味本位で手を出さないのが身のためであることを、我が社の社員は皆知っている。


 余計なことは考えまいと、厳重に鍵をかけて仕事に戻った。



【補足】

オーナーの希望で入居希望者は、小太り気味の男性のみ可とする。

 

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入居の条件 きょんきょん @kyosuke11920212

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