第6話 サカナサカナ


 リュウの初任務も無事に終わり、今は打ち上げの中に溶け込んでいる。

 大人は酒を飲み、愚痴を言い合ったり武勇を語ったりしていた。中には衛助に対する不満を漏らす声もあった。

 正直言って何故、衛助が魔術の使用を認めていないのか分からない。

 だが深穴や今回の件からみて下が魔術を使うことを考えざる得ないという予想がされているようだ。明石の意見がそれを後押しする可能性もある。が正直リュウには関係ない話。

 今は目の前の知らない食べ物に興味があった。それは美味しそうな匂いを放ちながらも見た目だけで食すことを躊躇う物だった。

 その見た目とは魚の頭だ。魚の頭が数匹綺麗な焼き目のパイを台無しにして鎮座し天井を見上げていた。


「……」


 これを誰が作ったのかリュウは知っている。


「映えるね、スターゲイジー(星を見上げる)パイっていうんだよ」


 そう言いながらこれを作った張本人もゆるがリュウの側に座ってきた。

 もゆるの感性は他人とズレている。だがリュウは記憶喪失。その見た目に驚いたもののそういうものかとパイを取り分けようとする。


「そこの娘をしっかり守ってやったからなそれを食わせ……やっぱりいい」


「あぁ? スターゲイジーさせてやろうか?」


 チャカが乱入してきたが直ぐにリュウの影に戻っていった。


「ハハ」


 チャカに変わって次は明石が乱入してきた。片手にジョッキを持ち頬を赤く染めている。


「良くやった、褒めてやる、魔術を行使する吸血鬼をボンボン小僧が殺せ……なんて言うと思ったか? 知らん知らんぜ? なんで吸血鬼連れてんだ? すぐに引っ込んだからいいものの危うく皆お前ごと飛び掛かろうとしちまった」


 見てみるとさっきまで思い思いに酔っ払っていた大勢が武器を取っていた。その顔に酔いの赤は無かった。


「ちょまどういうこと?」


 リュウの疑問符を見つけるなり明石の顔から赤が消えた。


「心動衛助は本当にお前に何も教えていないんだな、まあ今はいい、教えてやる」


 明石はパイを取り分けつつ話す。


「ヴァンパイアハンター『陽組』の構成員は皆、吸血鬼由来の魔術を扱うそして吸血鬼由来の魔術、紅魔術を行使するには吸血鬼と契約しその証に『血痕』を刻んで貰う必要がある、だが本来吸血鬼を影に入れて連れることはないし、そもそも本人が吸血鬼と契約することはない」


「えっじゃあ魔術使えないじゃん」


「まあ待てここからが重要で俺らが魔術を使えない理由だ、本当なら吸血鬼の力を貰い受ける契約には代償がいる、並の人間では耐えられない代償がな、そこで心動衛助の体質が鍵になる『健全なる御霊』これは吸血鬼との契約の代償が無くなる性質がある、ここまで来たら分かるだろ?」


 リュウは明石が言ったことを咀嚼して考える、本人は契約しないこと、代償の無効化。


「衛助が吸血鬼と契約して陽組の人に貸し与えている?」


「そうだ、だから俺らは魔術が使えないから心動衛助を説得する必要がある、因みに現在『健全なる御霊』は彼にしかない全世界で数人程度の才覚だ」


 明石がそう締めくくると同時に皆の前にはスターゲイジーパイが分けられていたもちろん魚の頭も付いていた。

 そしてリュウに一つの疑問が浮かび上がった。


「あれ? じゃあ俺はどうやって魔術使ってんだ?」


「ん? あのヤニカスに貸してもらってんじゃないの?」


 そうもゆるが言うがそうではないだろう。何故ならリュウに火炎の血痕が刻まれた時にいたのは天下乃だったからだ。

 リュウは真実を求めてパイを弄りながら黙考する。

 考えられる可能性は天下乃がリュウに力を貸し与えていること(『健全なる御霊』をもっている可能性もある)。リュウがチャカと直接契約していること。そして自身に『健全なる御霊』があることだ。

 もし二つ目だったら恐ろしい。リュウには代償が待っているというのだから。

 怖くなったのでこの疑問について考えるのをリュウはやめた。

 だが逃げる訳ではない記憶喪失で自身の過去を失っているリュウだが。今しっかりとある自分に向き合うべきだからだ。


 スマホを取り出し天下乃に連絡をしてみる。


➖➖➖➖➖➖ ➖➖➖➖➖➖➖➖


『俺ってどうやって魔術使ってるの?』


 イケイケなスタンプも押してみた。


『あら? 可愛いスタンプね良いと思うわ』


 リュウは疑問に思った。何故ならそのスタンプはおしゃれだと思って押したのに天下乃に可愛いという評価を貰ったからだ。


『そうね、教えてあげたいけど文字だと時間がかかるし、私、通話は好きじゃないから会って話しましょ、後で連絡するわね』


 最後にマッスルポーズをする寿司のスタンプが天下乃から送られてきたのでリュウはプッチンされなくて悲しんでいるプリンのスタンプをお返しした。


➖➖ ➖➖ ➖➖ ➖➖ ➖➖ ➖➖ ➖



***


「おーhot」


 それは回転寿司での発言だった。この場所で熱い物といえばお茶や汁物類だが。言葉の主は汁物など頼んでおらずお茶に限ってはその粉を寿司に付けて食べていた。

 それで汚れた手を洗おうと各テーブルに備え付けられている熱湯口に手を押し付けた結果がさっきの発言だった。


「紅戯その粉はそこから出る熱湯に溶かして飲むものですよ」


「そうか分からんかったわ」

 

「人の注目が集まるのでやはり連れて来るんではありませんでした」


「でもまぁ一番人間を知ってるのってアンタやんアルレッキーノ卿」


 そう言いながら紅戯は湯呑みを取り言われた通りに抹茶を淹れていた。

 

 「知ってはいますが共感は出来ないです、それでその口調はなんですか?」


「日本の地域訛り練習してんねん」


 紅戯の日本狂いは形から入るものばっかりだったが両者吸血鬼、日本の和に関する知識など持ち合わせてはいない。だからアルレッキーノも先の常識的なこと以外は分からず指摘が出来ない箇所もある。


 「さてさてまあそこは置いといて兵站の次は何ついて話す?」


「今動ける『列卿』は私一人です、他のメンバーの傷が癒えるまではことを起こせません、そのついでに我らの同胞を増やしましょう」


「前言ってた通りにやっぱ戦力増強か、俺は嫌やで? 血が薄くなる」


 紅戯が戦力増強について不満なのにはアルレッキーノは心当たりがある。まず吸血鬼が人間を吸血鬼にする場合、吸血しながら自身の血を対象に入れて血の関係を結ぶ必要がある。そして吸血鬼の血は吸血鬼の力に大きく関係する。沢山、吸血鬼を作ればその分自身が弱くなってしまう。

 だが血が薄くなっても時間で元に戻る。それなのに紅戯がそれを嫌がる理由それは『列卿』だ。

 『列卿』それは吸血鬼の最強格、相当の強さを誇る卿の中から更に上。

 アルレッキーノもその列卿で本来ならば幾ら卿を名乗れる紅戯でも敬意を持った対応をしなくてはならないがアルレッキーノが紅戯を気に入っているので問題なかった。

 そして紅戯は列卿を目指している。だから一時期でも自身の力が弱まるのが不快なのだ。

 それを知ってるアルレッキーノなのでもちろん別の腹案がある。


「まあまあ吸血鬼にしなくとも血望の民に魔力を貸し与え捨て駒にでも……それとは別に案があります」


 もちろん人間に魔力を与えるのも同様、一時の弱体化に繋がる。幾ら熱心な吸血鬼信仰の民だとしても力を与える気はアルレッキーノも無い。精鋭になら貸すことも悪くはないがやはり列卿を始め古来の吸血鬼を復刻させるのが得策なのだ。


「シベリアで人間に封印された吸血鬼が居ましてね……あなたにその捜索を依頼したい、それらはきっとチャカ・ファイラームの再臨になる、フフフ、彼は異端とはいえ素晴らしい吸血鬼、消えてしまったのが惜しいくらいです」


「ファイラーム卿、見てもない奴らが未だに騒ぎ立てる程の吸血鬼ね、にしてもそのシベリアの奴ら人間が殺していないのか殺せないのか気になるな」


 不老不死の吸血鬼でも殺す方法はある。例えば太陽の光、毒。それと弱い吸血鬼ならば銀製の武器で致命傷を与えれば死ぬし、魔術による攻撃も有効でそれらに関するメカニズムも存在している。この中で強い吸血鬼を殺せるのは太陽と魔術のみだ。

 そこで件のシベリアの吸血鬼は殺されておらず封印という形になっている。ということは卿または列卿に匹敵する可能性がある。

 是非仲間に引き入れたい。だが気にかかるのは場所と状況だ。

 吸血鬼が主に潜んでいるのはヨーロッパ。つまりシベリアに居るのは裏切り者か半端者で間違いない。

 そう思うとアルレッキーノは憤慨する。


「失礼します」


「?」


 アルレッキーノは席を立ち洗面場へと向かった。誰もいないことを確認し鏡を見て自身の真の姿を解放する。



「偉大なる王……」


 それは多面体のガラスで出来たような顔。いや顔と言えるような代物では無く。無機物的で表情は無い。

 だが何よりも感情的である。


「王の権威に反する不届き者め……仲に加わらなければ不名誉な死を」


 シベリアに吸血鬼は居ない。居るとしたら今は亡き吸血鬼の王の権威を嫌った不届き者なのだ。だからアルレッキーノは憤慨する。


「だがあのお方なら赦してくださるでしょう」


 怒りに脳が洗われ一人の半端者を思い出した。


「私は『記憶』の吸血鬼……アルレッキーノ、列卿にして、唯一彼の王を記憶に刻む者、そんな私も覚えたくも無い顔を忘れられないとは嫌になるものだ」


 そもそも列卿とは本来、吸血鬼の王を守護する精鋭なのだ。だが今、王は居ない。

 そしてアルレッキーノが古株であることは秘密なのだ。


「鏡の吸血鬼……ハァルハァイト彼も良き王の崇拝者であったのに裏切りその姿を消した」


 憤慨が過ぎたのか意識が鮮明だった。


「さて戻りましょう」


 今の誰よりも生きた17世紀、アルレッキーノには思い出し怒りが絶えなかった。



 「……」


 アルレッキーノが戻った時には、ガリやらわさびやらが乗った謎の一皿が置いてあった。そして紅戯が伏せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇血病躯 前藤 @shirushityoumeityo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ