第2話 甘くて苦くて血生臭くってタバコで息が臭い


 深穴の事件後リュウはとある家で暴力を受けていた。


ーー痛ぇ……頭殴るなよ。


「嘘をついておったのか! この忌み者めが」


 他から優しく慈愛に溢れると評判の老人だが、その瞳の瞳孔は今では小さく鋭利な物と化して床に伏せているリュウを見つめている。


「人の優しさに集らないで」


 その老人の優しさに惚れ込んでこの道

50年ほどの老婆は言う。


ーーなんだよ嘘? 知らねぇよ、頭痛ぇ

また全部忘れたらどうすんだよ。


 だが今のリュウの頭に浮ぶ物は。魑魅魍魎、生首、眼球、臓物、生温かい血、そして泣いている女の子である。


「………分かったか? この奇血病躯!」


 リュウは老人の言っている事など気にせず考える。


ーー止まるな、俺の忘れた俺が唯一残してくれた、俺を忘れるな。


リュウは血の味を確かめながら我に返った。


***



 ブラインドから日差しが漏れていて、

白を基調としたオフィスの中、香る物が二つある。

 それはタバコとコーヒーだった。


「もう午前中で7本だっけ? 心動」


「体に障ると言いたげだな天下乃? だがな、それがな、お前は3杯目だぞコーヒー?」


「飲み比べてるのモカとキリマンジャロとコピ・ルアク」


 天下乃は得意気に笑う。


「それにタバコほど体に悪くないわよ」


 衛助は考えるのをやめた。


「で? なんだっけ」


 天下乃は衛助の逃避行を見逃してあげた。


「本題ね」


天下乃は手元の資料を読みながら言う。


「リュウ(仮名) 記憶喪失、推定16、7歳、先週の事件の被害者、発見次第あなたが保護、そして上級の吸血鬼との力の契約」


 息継ぎに天下乃はコピ・ルアクを一口飲みまた続ける。


「元々養子として老夫婦に引き取られる予定で予定通り事件後、迎入れられた、だけど血痕のせいで虐げられたみたい」


 今度は何も飲まずに一呼吸置く、そしてにやりとして口を開いた。


「だけどね何処にも"孤児登録以前の記録"が無いんだよ、しかも記憶喪失だしね、不思議だとは思わない? 何かネズミがいるのは間違いない、しかももうだいぶ内側に入り込んでる」


 先週の事件の背景、そして映が見つけた、吸血鬼の信仰団体、調べることは沢山ある。


「まあ本人には悪かったけどもう一つの奇妙な点、古書に記されるほどの吸血鬼と契約してたのは私の仕業なんだけど」


 あの深穴には用事があってね避難誘導させる暇がなかったの、と天下乃は付け加えた。


 衛助は天下乃を一瞬怪しいと感じた。だがその用事とやらを聴き出そうとはしない、そして訳ありだと認定したチャカについても何も聴き出してない。

 だがなんで何も聴かないかというと。


「リュウって名前なんでカタカナ? 外国人なの?」


 考えるのをやめていた。タバコが体に悪いという事実は衛助にとっては頭を悪くする劇物だ。



***


 リュウは天下乃に呼び出され、コーヒーとタバコの匂いがする、オフィスに呼び出された。


「よう来たか」


 そう言いながら衛助はココアシガレットにライターで火をつける、天下乃から提案された禁煙法だ。

 ヘビースモーカーなのでもうライターの燃料がなく火は付かなかったが。


 リュウは衛助に気が付くなり。


「あの時のニンニクマン」


「ダァ! 吸血鬼との契約で身体が20分の1吸血鬼化してんだタバコくらい問題ないって!」


 衛助は大声を出す。それに対し天下乃は淡々と反論する。


「たかが20分の1だし、吸血鬼に毒物は効きますアウトでーす」


 間髪を入れずに衛助の携帯から着信が鳴る。

 癇癪を抑えて反論を考えながら衛助は電話に出る。


「禁煙しろー!」


もゆるからだった。


「……」


衛助は黙ってココアシガレットを口に咥えた。

 えらく愉快だなとそう思うリュウだった。


「まっ君は吸血鬼になったけど」


天下乃はリュウの方をみやる。


 リュウは火炎の吸血鬼の力の使用を皮切りに段々と吸血鬼化した。だが吸血鬼に噛まれた訳ではないので吸血鬼化した理由は以前不明だった。


「いや、お前は変だ、吸血鬼の血が薄くなったり濃くなったりを繰り返してる」


「まあそんなことどうでも良いでしょ? もう太陽、大丈夫?」


「おうもう燃えん」



 映が先週のカーティスとの戦闘で持ち帰った、アウトローサクセスによりリュウは太陽に対する完全耐性を得ている。

 衛助は口に咥えたココアシガレットを舐めながら言う。


「災難だったな虐待されたんだろう?」


「まあでも1時間もしたら怪我治ったし」


 リュウにとって先日の虐待は気にすることではなかった、そんな事よりも深穴でのことで頭を使っていたからだ。

 それにリュウは吸血鬼化により治癒力が上がっている。

 途端、老人の言葉を思い出した。


「あぁ、そういえばジジィが言ってたんだけど奇血病躯? って何? なんかえらく悪口ぽく聴こえたんだけど」


 その質問に天下乃が答える。


「世間的には吸血鬼とヴァンパイアハンターは蔑まれる、で私達ヴァンパイアハンター及び悪い紅魔術師をそう呼ぶの」


 奇血病躯その言葉には人間ではない異常というニュアンスがある。

 リュウの中で疑問符が消え、また浮かんだ。


「吸血鬼倒すのになんで嫌われてんの?」


「「……」」


 返答は二人共沈黙だった、何故そうなのかはリュウには分からなかったが。

 暫く続いた沈黙を破ったのは衛助だった。


「小僧覚えていた方が良い、悪い部分はとても印象深い」


 衛助は真っ直ぐリュウを見つめて言う。

 リュウはその言葉の意味が分からず、きっとこの人の人生だったのだと解釈して心に閉まった。


「本題に入りましょ君これからどうするの」


「え?」


「吸血鬼だけと君は世間からしたら奇血病躯身寄りはないよ」


「お前は吸血鬼いわば駆除対象だ」


 衛助が割って入った。


「お前が自分は人間だと誓えるな……」


衛助もリュウも言おうとしている事は同じだ、だがそれをリュウは遮り自分で言う。


「俺はヴァンパイアハンターになる」


 天下乃はそれを聞いてフフと少しだけ口で笑みを浮かべた。

 

「オラよ」


衛助はリュウの元に何かを投げて渡した。


「トッイー ん?」


 リュウに投げ渡されたそれは黒色の手首のサポーターで手の甲まで覆えるようなデザインだった。


「お前が吸血鬼とか奇血病躯だっていう事実は隠せる」


 その手首サポーターはリュウの吸血鬼との繋がりである血痕を隠す役割がある。


「普通お前みたいな吸血鬼になっちゃたよっていう人間は、普通の生活が出来るよう支援を受けられる」


 リュウは違和感を感じた。


ーーじゃあなんで俺の居場所がないみたいなこと言ったんだ?


「測ったの?」


 リュウは天下乃に聞く。


「そうだけど、フフ」


 天下乃は楽しそうな笑いで答えた。


「そうだ測ったそしてまだ測る、吸血鬼になったら普通の生活に戻るのがセオリー、なんで? 被害者のお前が首を突っ込む?」


 衛助からの問いに答えるのに少しの間が空いた。その間リュウは心の準備をしていた。


「唯一俺が覚えてたのは言葉だった、止まるなっだって、俺の色んな記録は無くなったんだろ? 誰かに利用されてるその上で普通の生活なんてしてたらそんなの止まってるよ」


 リュウは衛助を真っ直ぐ見つめ返す。


「そうだな止まりたくないそれが理由だ」


 リュウは頭の中で聴こえた優しい声を思い返す。


ーー尊い命だ。


「それに人を助けまくればいつかヴァンパイアハンターだって認めてもらえるかもよ」


 そうだなと衛助は小声で相槌を打つ。

 そして天下乃は笑みを収めていたが先ほどより一層楽しそうに喋る。


「君は名が売れている吸血鬼の力が使えるからね私としては君の魔術師としての行く末が気にな……」


 リュウの影から何かがゆっくり出てくる。


「あら噂をすれば」


 チャカ ファイラームのお出ましだった。


「今は朝か」


 チャカのテンションは低かった。

 それを見て衛助はブラインドから漏れる陽の光を自身の影を延ばして塞いだ。

 影の血痕による魔術だ。


「気遣い不要だ俺くらいの吸血鬼になると焼死までに時間がかかる」


 衛助の狙いは違った、これは焼死に時間が掛かるからこその対応で、その気になればいつでもチャカを細切れにできる。


「ニンニクのおかわりか?」


「あんなもの二度目は効かん」


「残念だなこの影は剣山が出るんだイカしたカーテンだろ?」


 チャカは衛助に歩いて近付きながら言った、そして声を重たいものに変える。


「そうなるとそうだなやはり魔術による殺し合いだな」


ーーまずい! あいつ借りを返すって言ってた!

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