第4話 影が覗く


 暖炉のみが唯一の光源の暗い一室にて。

 ロッキングチェアを揺らしながら青年のような見た目をている者ガーリアは言う。


「正直言って俺がやった方が良い、死んだ血じゃ飲めたもんじゃないし」


「それはそうですねコラプサー程の吸血鬼でも回復しきれなかったようですし、それはそうと……ガーリア卿」


 吸血鬼には強さによる身分がある。奴隷の様な不遇の身分は無いにしても弱い者には少なからずの差別がある。

 コラプサー、黒洞の吸血鬼。

 身分的には中位の吸血鬼だがこの二人には霞む。

 それはこの二人には吸血鬼のロードとしての格があり、名前に卿を付けることが許されているのだ。


「何?」


「今はまだ初夏です暖炉は暑いですよ?」


 ガーリアは得意げに鼻を鳴らす。


「フン、風情っていう奴が解らんの? アンタの方が詳しいって思ってたのにな」

 

 そう言ってガーリアは誇るように椅子を揺らした。


「後、俺の事は紅戯って呼んで? アルレッキーノ卿」


「ああ、この国が気に入りましたか」


 長い付き合いなのでアルレッキーノには紅戯の考えが読めた。

 紅戯は日本が気に入ったのだ、それで漢字の名を名乗ろうとしている。

 だが紅戯という名が日本らしくはないと思ったアルレッキーノだったが指摘しない。


「正直、この国が不要になったら譲って欲しいもんだね、まあ話を戻そうや、兵站は俺がやる、大量殺戮の方は一思いで楽だけど質が悪い」


 紅戯が言っているのは東京での混乱の事。

 あれは人間達への警鐘であり、吸血鬼の兵站の実験であった。

 人間達を鏖殺し血液を一点に集めることで、削れた吸血鬼の回復に使えるかと思ったのだが。

 コラプサー程度の強さの吸血鬼すら満足には回復が出来なかったのだ。


「兵站は解決として戦力は足りてるん? 雑魚も欲しいけど」


「常夜の血望の民に力を与えて起きましょう、ですが私達吸血鬼の戦は数よりも質であるべきです、適当な間隔で吸血鬼を配置してます、ヴァンパイアハンター達も削れますし、中には進化するような者も出るかと」


「経験か……百年ちょい生きたボンボンしか居ないもんな、良いと思う」


***


 勝負はついた。

 頭部に直撃した拳をなんとか耐え。再び来た拳を囮にして繰り出された。骨が砕けるほどの蹴りも、力を込めて再生する事で跳ね返した。

 前に引き取り先のおじさんに散々殴られた時に再生のコツを掴んでいたのだろうか。

 後はリュウが明石を殴って気絶でもさせれば勝ちという状況になって。

 突然、鉄の塊が邪魔した。


「ちょっとタイム!」


 もゆるだった。もゆるは細めの金棒で明石との間に入りリュウの拳を止めたのだった。


「勝負はついてる! というかあんた達、血が出るまで殴り合うなんて聞いてないんだけど?」


 「確かにどうしたら勝負が着くのか決めてなかったなぁ、すまんすまん大丈夫か? まあ吸血鬼だし大丈夫だろ」


 明石は起き上がって身体を伸ばしながらそんな事を言ったのだった。

 そんな軽い感じで謝るのかとリュウは少し疑問に思いつつも勝利を噛み締めることにする。


「まあ俺の勝ちって事で!」


「いや? 明石の勝ちじゃない? あんた吸血鬼だから殴られた時に明石が銀のグローブ着けてたら死んでたし」


 確かにとリュウは心内で頷いてしまう。実践だったら遥かに明石の方が優れていたし、この勝負の意味はリュウが明石よりも強い事を示すことだからだ。


 納得しつつあるリュウの顔を見た明石は溜息を吐いて言った。


「痛い痛い、お前のせいで有休を取らなくてはいけなくなった」


 それは明石の勝利はそのままで、衛助に対して魔術の使用許可について進言する権利を守ったうえでリュウが任務に出向く事が出来るという物だった。


「なるほどね、で? ゆうきゅーって何?」


 リュウの世間知らずがまたもや炸裂した。もゆると明石がマジかという感じで見つめているのを見てまたやってしまったとリュウは痛感する。


「マジかじゃねぞ、リュウ有休ってのは休んでいても給料を受け取れる仕組みのことを言うんだ、そして、もゆるこっちは有休なんて無いっていうツッコミを待ってたんだぜ?」


 もゆるはポカンとした表情をしていた。

 どうやらもゆるも何かが分からないらしい。そう感じたリュウはもゆるに仲間意識の目線を送る。


「一般常識は分かるわよ、ただ可哀想で同情してんのよ、このおっさんに」


「有休が無いから?」


「それはな」


 明石ともゆるが教えてくれた事によると。ヴァンパイアハンターは4年前の事件で失墜し5名の幹部の内3人が除籍になった。

 そして世間の認識が憧れから非難に変わった。

 残った心動衛助がヴァンパイアハンターの組合、陽組を新設。メンバーは数人程度になった。

 だが何故だが吸血鬼の数が減り、少人数でも仕事が出来たらしく、その理由は秘匿されている。

 それでも人数が少ないと迅速な現場到着に支障が出る、そしてヴァンパイアハンターよりも吸血鬼自体を恨む人も居たため。

 非公式の組織としてのヴァンパイアハンターが生まれた。その上に陽組が君臨して各地に内密に派遣している。

 これが有給休暇が明石達に出ない理由だった。


 「そしてその旧ヴァンパイアハンターの隊の名前は至光隊という」


 リュウは明石達の話を聞いて頷いてみる、結構聞き応えがあったからだ。そして内容を咀嚼している内に思い立ったことがあった。


「あんたら無職?」


「これが無職だったらあんただってそうでしょうよ?」


「仕事自体は有意義だしな、それに給料だって出てる、どっから捻出してんのかは知らないけどな」


 明石がフォローを投げた、先ほどまでは二人は争っていたのにとリュウは疑問に思った。


「明石っち案外直ぐに水に流すタイプ?」


「そういうお前は図々しいな……その事だが喧嘩別れはしない主義だ、後悔してるからな」


 明石の目線がなんとも言えない位置に落ちた、何を見つめているのか分からないまま続ける。


「やっぱり俺も行こう」


「駄目! 二人じゃないと駄目なの」


 それは甘い意味ではない言葉だった。

 二人では心配だがいざという時にはチャカを買収すれば良い。それにそこまでもゆるが言うのならば何か策があると見て良さそうだったので、リュウは明石に休むように言った。


***


 暫くして現場の吸血鬼が居る森に入った。薄暗く気味の悪いこの景色は何か居るという考えに頭を支配されがちだが、今回は本当に居るのだ、人を殺した吸血鬼が。

 それも二次隊長を任されるような実力者を殺せるような化け物。

 だが何故だがリュウはここまで来ても何も感じない、恐怖も緊張さえも今のリュウには無縁だと思えた。

 対してもゆるは真剣かつ深刻な面持ちで仕事モードだった。


「なんで魔術使わねぇの?」


 ふと気になっていた事を口にしてみた。


「気遣い出来ない人はモテないわよ、あとね警戒しなさい、け・い・か・い」


 「それなら大事ほら俺吸血鬼じゃん? なんかヤバい時は血がグラグラするし、多分、吸血鬼が近くに居れば分かると思う」


 「でも駄弁ってたら相手に位置バレるくない? あっそっかあんた吸血鬼だがら相手からも居場所が分かるのk……」


 バキという音がして気がついたらリュウの二の腕が折れかけていた。

 ちなみにちゃんと血はグラグラした、それに腕が負傷するのと同時に吸血鬼の気配がした。

 油断大敵である。


「前からだ!」


 咄嗟にもゆるを背中で隠した。リュウは吸血鬼化によって再生力が高いから良い判断だと言えるだろう。

 林檎だ。リュウ達を林檎が襲っている。

 明石に聞いた話によるとある程度の吸血鬼には二つ名が付いておりそれに関した魔術を扱うという。

 そして魔術師は吸血鬼と契約してその吸血鬼の魔術を扱う。例えば衛助は影の吸血鬼、リュウは炎の吸血鬼。

 そして今はどこに居るか分からないが相手は林檎の吸血鬼のようだった。


「もゆる! 俺を盾にして進もう!」


 ダン!

 

「チッ!」


 刹那リュウの背後に衝撃と痛みが走った。またもや林檎がぶつかってきてた。

 どうやら、全方向に攻撃が出来るようだ。


 ーーもゆるに当たらなくて良かった、痛いけど治る気にすんな。


 だが背後まで攻撃されてはリュウ一人では手に負えない。

 もゆるは姿勢を低くして防御をしているので恐らく向かってくる林檎を捌けない。

 細目とはいえ金棒ではあの速度の林檎を捌けないのは十分予想できた。


「チャカ!」


「お前が死のうともだ」


 影から声が返ってきた。

 それは食い気味で冷たい言い方だった。

 そうくる事はあらかじめ分かっていたので提案してみせる。


「硬いアイスがあるんだ食うか?」


 もゆるに向けた林檎、三つを砕きながら其れはリュウの影から現れた。


「……それで良い」

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