読者参加型脱出ゲーム小説
九十九 千尋
指示は一つです。忘れてください。
書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』……そう書かれたメモを見た。
真っ白な部屋に冒頭がちぎれたメモ一枚。自分は独り床に横たわっている。部屋の壁には巨大な電子表示のタイマーがあり、徐々に数字が減っていくのが見える。どうやら、三分をカウントダウンしているようだ。
立ち上がって最初に気付いたのは、痛みだった。自分の右手を見ると、人差し指の爪が剝がされ血がしたたり落ちている。しかも乱暴にその人差し指を押し付けたような痕跡もある。剝がされた生爪はすぐに見つかった。どうやら、ここで誰かに剝がされたらしい。痛々しい。
真っ白な床に真っ白な壁、これまた白い観音開き扉と思わしき物。その上に巨大なタイマー。扉に取っ手はない。
扉に近づいて叩き、誰かに呼び掛ける。返事はない。
それどころかおかしなことにすぐに気づいた。
どうしてこの部屋に居るのか。どうやってこの部屋に来たのか。なぜ部屋から出ないのか。そういえば、爪の一件も記憶にない。
部屋から出ない理由は一つだ。出れないからである。押戸でも引き戸でもなく、まして取っ手が無いので開きようもない。
どうやってこの部屋に来たのかも覚えていない。確か、普通に出勤して、普通に電車の中でスマホで小説投稿サイトで漁った小説を読んで……そうだ。妙な小説だった。
「読者参加型脱出ゲーム小説」
確か、そんなタイトルだった気がする。だがそこから記憶がない。
どうしてこの部屋に居るのかは解らないが、あの巨大なタイマーの数字が、三分経過することによって何が起きるのか解らない以上、三分以内に何とか……何とか……何をすればいいのか?
こういう類は、所謂「何かすべきことをすれば出られる」とか、そういうファンタジーな物だろうか? いやまさか自分が俗にいう○○しないと出られない部屋に入れられるとは思わなかった。しかも独りで。
なんて言ってる間に時間は刻々と過ぎていく。何か、何かをしなければならない。だが何をするべきだったのか思い出せないし解らない。
そもそも、指示と思わしきメモには他に何か書いてないのか? 床に落ちているメモを拾い上げる。
メモは冒頭部分がちぎれており、「には三分以内にやらなければならないことがあった」と書かれている。これでは分からない。
いや、そもそもこれは本当に自分に当てられたメモなのだろうか? もしかしたら、別の誰かに当てたメモなのではないか? そしてなぜ、冒頭はちぎられたのだろうか?
などと思ってふと周囲を見渡すと、メモのちぎれた欠片がすぐに見つかる。乱暴に引きちぎられたそれを拾い上げ、何と書いてあるのかメモを復元してみる。
「お前には三分以内にやらなければならないことがあった」
やはり指示だ。だが同時に疑問が浮かんだ。
過去形なのだ。つまりそれは……既に過ぎたこと、ということだろうか? ではあの巨大なタイマーが数えるカウントダウンは何なのか? 過去にあったのなら、今は出ることはできないということなのだろうか?
周囲を見渡すも何もなく、誰も居らず、声を上げても何もない。途方に暮れながら時間ばかりが過ぎていく。
いやもしかすると、タイマーがゼロになれば出られるとかそういうことかもしれない。ある種の諦めがそう結論を出した時、気付いた。気付いてしまった。
メモの裏に、血で殴りかかれた過去の自分からの指示があった。
「このメモの存在を忘れろ。さもなくば三分経過で記憶は初期化される」
理解した。爪は自分で剥がしたのだ。筆記用具も無い空間で、血で書くために。メモの冒頭は自分でちぎった。メモが欠けていれば、出られる可能性に賭けたのだ。
では「お前には三分以内にやらなければならないことがあった」とはすなわち「お前は三分以内にこのメモの存在を忘れなければならなかった」ということか。
しかし何のために? 誰が、どうして、何故こうなっているのか? 本当にメモを忘れれば部屋から出られるのか? そもそも見た物を三分以内に忘れるなどどうすれば良いのか? 記憶が初期化されるたびに、部屋にある唯一の物であるメモに目が行くのは当たり前ではないのか?
巨大なタイマーのカウントダウンがゼロに近づいて行く。ゼロになれば、また記憶は初期化され、最初にメモを見て、部屋からは出られなくなる。
悩みに悩んだ末に、メモを細かくちぎって食べ、飲み込む。メモが無ければ出られるというのなら、記憶が毎回初期化されるなら、メモを無くしてしまえば良いのではないか。そうすれば、次の三分できっと……
部屋が赤く染まる。巨大なタイマーのカウントダウンがゼロになったのだ。
強烈な眠気が、平衡感覚を狂わせて、まるで深い酩酊の状態であるかの如く床に体が吸われていく。きっと記憶は初期化される。これで……
真っ白な部屋に自分は独り床に横たわっている。部屋の壁には巨大な電子表示のタイマーがあり、徐々に数字が減っていくのが見える。どうやら、三分をカウントダウンしているようだ。
立ち上がって最初に気付いたのは、痛みだった。自分の右手を見ると、人差し指の爪が剝がされ血がしたたり落ちている。しかも乱暴にその人差し指を押し付けたような痕跡もある。剝がされた生爪はすぐに見つかった。どうやら、ここで誰かに剝がされたらしい。痛々しい。
次に気になったのは、胃の不快感だ。何か良くない物を食べたのだろうか? 思い出せない。
そうこうしていると強烈な吐き気に襲われ、何かを吐き出した。
それは、メモの欠片だった。
読者参加型脱出ゲーム小説 九十九 千尋 @tsukuhi
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