第2話半年前

「うーーん、このネタは他で長いことやったあとだしねぇ。前も言ったと思うけど、パンチが弱いのよ」

 編集者の前回とほとんど同じセリフを聞きながら、麻矢・パーソンは「はあ」と気のない返事をする。頭では、もうこの出版社に持ち込むのはやめようと、腹に据えかねているのだが。だが編集者がおもむろに滑らしてよこした記事に、麻矢は顔を上げた。

「キミ、カルトの子でしょう、自分のことを書くといいよ」

 その記事は今から十年ほど前のものだった。有名な政治家の子供達が消えた事件で、子供のママ友が、テーマパーク内でその姿を見たと言っている記事が一つ。パークの元従業員が、乗り物に乗車したはずの客が帰ってきていない気がしていると、別の場所でふらついているのを見つけ、声をかけると、ぼんやりして記憶をなくしているようだったという記事の計二つ。こんなの都市伝説に決まっている。だが提案されては仕方なく、麻矢は調査に乗り出した。実家のことを調べるようなもので、情報なら簡単に集まると思っていたが、思いのほか皆口が重い。一時期より信者が減っていることとも関係あるのだろうか。ようやくコンタクトが取れた元信者と、公園で落ち合った。

「名前は出さないでくださいね。いや、それにしても、あなたが麻矢さんですか。まさか教祖の娘さんと退会してから会えるとは。お力になれるかどうか……。パークのホテルで働いているときに、こっそり非常階段でタバコを吸っていたら、妙な奴らが信者に連れられて上ってきたんですよ。裏だから客じゃないと思うんですが。下には白いバンが停まってましたよ。あの時期、この町のホームレスの数が減ったなんてニュースがあったじゃないですか。関係ある気がしてねえ」

 この話を聞いて、ホームレスがよく集まる、鉄橋下に足を運んだ。家の中に人はおらず、留守だったが、しばらく茂みで待っていると、男が帰ってきた。

「ああ? いなくなった奴ら? そんなの知ったことか。カルト? ああ、そりゃ死神のことか? 死神だよ、もうずいぶん前だけどな。ここいらの奴らは皆恐れてたよ」

 それから麻矢は、パーク内で働く現役の人々にも取材を試みたが、話してくれる人は少なかった。だが、お土産屋で働く準社員から話を聞くことができた。

「このテーマパークって、信者の人が社員で半数以上じゃないですか、それで、どうしても内緒話が聞こえてくるんですよ。信者の中でも認められた人が、テーマパーク内の秘密の場所にいけるとか。嘘だと思うでしょ、私も信じてないですけど、でも本気にしてる人も多いみたい。結構大きな団体じゃないですか、その、パークを運営してる、団体は。でも目に見えないっていうか。このパークも楽しい場所なんだけど、ちょっと裏側には不思議の国が、みたいな。え、死神ですか? いや、聞いたことない――いや、そういえば、一度、お酒の席で団体に勧誘されたことがあって、そのとき、僕のあだ名は死神なんだって言ってたな、古田さん」

 それはカルト内でよく聞く名前だった。もっとも熱心な信者として有名な男。疑念を強めた麻矢は、ここに至っては母であるイザベラ・パーソンに古田のことを尋ねにいく。パーソン邸に帰ると、母に古田のあだ名について聞いた。

「知らないわ。あの人のことだから、どうせ知事に取り入るために何かしたんじゃない? どうでもいいことよ。そんなに気になるなら自分で聞きなさい。古田ならその、ホテルの七階にいるわよ。関係者以外立ち入り禁止の先よ。あなたなら正面から行けるでしょう」

 そうしてたどり着いた、非常扉の入口に立っていた宮下颯真と出会った。

「何してるんだ、ここは君が来ていい場所じゃない。帰るんだ」

 しかし、少し遅かった。振り向くと古田が立っていたからだ。


「いやあ、大きくなられましたね」

 古田は親戚のおじさんのように言った。さっきから麻矢の質問には、のらりくらりと明確な回答はないまま。

「死神ですか、酒の席ですからねえ、覚えてませんねえ」

「この場所ですか? あなたもカルトの子ならおわかりでしょう、維持していくには活動しないとね」

 結局、有力な手掛かりを掴むことはできず、写真も撮らせてくれなかった。だが意気消沈して帰ってくると、麻矢宛に郵便が届いていた。それは、パーク内にある、未来郵便からのハンコが押され、差出人は、かつての信者でいなくなった父の友人、リアムからのものだった。郵便にはカセットテープと、ハンコのようなものが入っていた。昔リアムに貰ったテープレコーダーで再生すると、麻矢の二十歳を祝う言葉と、家族に関することが吹き込まれていた。それから、もし今、僕がいないならB面も聞いてほしい、と。そしてあのVHSにたどり着いたのだ。

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