第3話2024年9月

 母と喧嘩して出てきた明凛朱は、変な暗号の紙とライトを手に、封筒に書かれていたパーソン邸へ向かっていた。母は父親の生存も、異母姉のことも、いたずらだと一蹴した。だが明凛朱は納得できなかった。小高い丘を登りきり、インターホンを押すと、艶のある女性の声がした。

「はあい、あらあ、どちら様?」

 明凛朱は名乗って、手紙のことを伝えた。

「あなたが明凛朱ね、そう。父? アレックスならいないわ。不思議なことに今家には私しかいないの。ああ、そうだわ。パークのフリーパスをあげるから、ホーンテッドエリアのレストランに行ってきなさいな」

 女性は明凛朱の腕に、フリーパスを巻き付けた。「会えて嬉しかったわ」そう言うと、扉を閉めてしまった。明凛朱は仕方なく、パーソン邸からほど近いテーマパークに足を踏み入れた。七つの丸いエリアからなるパーク内は人であふれていた。明凛朱は時計回りにホーンテッドエリアを目指した。そこに何があるのかわからないが、女性に言われたそのレストランは、ステンドグラスから差し込む光が照明がわりの、エキゾチックな雰囲気以外は特段変わったところはなさそうだった。が……。

 カウンター席に腰かけて、テーブルを拭くその女性に目を奪われた。その人は、どう見ても母だった。

「お母さん?」

 女性はふいにこちらを向く。さっきまで無表情だった顔が徐々に色めき、目は見開かれ、口がわななく。

「どうしてここにいるの? 何してるの?」

 しかし、それには答えず、女性はつーーと、涙を一筋流した。

陽乃はるのちゃん、レジお願い」

 男性従業員が女性にそう言った。

「間違えました、ごめんなさい」

 明凛朱は慌てて引き返した。母の名は陽乃ひのだ。振り返ると、陽乃はまだこちらを見ていた。

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