第11話2003年9月

 今からもうずいぶん前だ。大きな地震が起きた。家屋が倒壊したり、地面に亀裂が走るほどの震災。京一はその頃から精神的に参っていた。ちょうど妻が精神病に罹り、団体に執心しはじめた頃、仕事帰りで最寄駅から降り、家に向かって歩いていた最中、京一は被災した。その時、これはチャンスだと思った。その場に屈みこみながら、京一は地震の恐怖よりも可能性を考えていた。このまま家に帰らず、どこかへ消えてしまおうか、と。どこかで大きな爆破音のような、建物が崩れる音が響いた。揺れが収まり、立ち上がると、京一は駅へ引き返した。駅の周辺は人でごった返していた。なんとか構内に滑り込むと、これからどうしようかとベンチに腰かけた。何の気なしに隣を見ると、一人分空けた右側に、見覚えにある顔がいた。妻が肌身離さず持っている写真、その人物が。

「教祖様じゃないですか」

 皮肉のつもりで言った。アレックスは一瞬の冷めた瞳をこちらに向けるときには、すっかり親しみを込めて、

「おや、ご存じで?」

 と流暢な日本語で言ってきた。

「妻があなたに心酔していて」

「そうですか。――あなたは?」

「まさか」

 京一は怒りを込めて嘲笑うように答える。

「そうですか。それは残念。しかし……」

 アレックスは少しも意に介さず、全てを包み込むように言った。

「いつでも待っていますよ。あなたが私のもとへ来てくれることを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る