第5話2024年9月
千弦はレイラに連れられ、パークの中にいた。警備員にはレイラがほとんど強制的な顔パスで説得した。他の人はまた何か特別なチケットでも持って入るのだろうか。アクティブエリアの巨大迷路は低木でできていて、しかし空からじゃないとその全体は掴めない高さだった。なにより広大で、中に入れば方向感覚を失いそうだ。レイラは千弦が完成させた表を取り出すと、ずんずんと入っていく。千弦も後に続いた。カサカサと風に揺れる葉の音が、遠い照明だけの迷路で不気味に響く。表と実際の迷路では距離感が違っている。千弦はレイラの、「今のが通り過ぎる分かれ道よね?」という確認に何度か頷き、助言しつつ、表の通り進んだ。だが、出口であるべき場所は、木の壁だった。
「ここ? ここのはずよね」
レイラは不安げに木の葉を撫でつつ、表と緑の壁の先を見比べる。
「合ってるよ。壁と言っても、柔らかい幹だから抜けられそうだ」
千弦は両手で枝を押しやって、木の壁をくぐり抜けた。レイラが「待ってよ」と後ろからついてくる。腕を使って通れるように広げてやり、引っ張り出してやる。なんとか抜けたレイラは裾を払い、「ありがと」と呟いた。
「あそこ、見ろ、白いバンだ」
千弦は少し先でこちらを窺うように停車しているバンを指差した。
「本当だ。どうする? ここまで来たのだし、行くしかないわよね」
千弦とレイラはゆっくりそのバンに近づいた。
「お待ちしておりました。どうぞ、ご乗車ください」
信者らしき男は車の扉を開けた。中には、三人、きちんとした身なりで先客が乗っていた。異様に静かな、虚ろな空気が漂っている。しばらくすると車が走り出した。ゆっくりのろのろと向かった先は、やはり系列ホテルの裏側だった。非常階段の下に停まると、先客達が降りていった。続いて千弦とレイラも階段へ向かう。七階分を螺旋状に上ると、前にいた先客達は各々個室に案内されていった。ちらりと見えた室内はラグジュアリーなベッドと心地よいヒーリング音楽が流れていて、あの映像で見た、そこで行われることを考えると、かえって不気味だった。千弦とレイラはさらに進んだ共同部屋に案内された。まるで学校の保健室のような、チープな作り。
「麻矢姉ちゃん、いないわ」
レイラの呟く声に頷き返そうとした、そのとき、
「名簿にない者を二人連れてきました」
しまった、と思ったときにはもう遅く、仕切りの向こうから男が現れた。男は千弦から、レイラに目を向けたとき、ぎょっとして、
「その子はレイラさんだ。こんなところに連れてくるな。全く、仕方ない。鏡迷路の隠し部屋にとりあえずお連れしろ」
と信者に命令した。咄嗟に振り返って、レイラを庇おうとするが、男に、
「お前はこっちだ」
と後ろ襟を掴まれた。背後にレイラの千弦を呼ぶ声が聞こえた。
明凛朱はレストランを出て、鏡の迷路へ入っていった。ここはそれほど混んでおらず、数分待つだけで進むことができた。順番がくると、手にライトを持って迷路を照らした。変わったところがないか注意深く見る。すると鏡の足元に矢印を見つけた。これを辿っていけばいいらしい。矢印を探しながら奥へ進む。前の客の声は、ずいぶん後方に聞こえる。出口とは反対の方向らしい。矢印は、鏡の行き止まりを指していた。明凛朱は意を決してその壁を押す。すると、鏡が回転し、さらに向こう側へ続いていた。なおも進むと、鏡の側面に暗証番号を入力する機器がついていて、中からドンドンと音がしている場所へきた。側面に耳をつけると、「開けて」と女の子が叫ぶ声がする。明凛朱は機器をライトで照らした。指紋が、1、2、3、4番についている。数学の順列の要領で順番に入力していく。(2、4、1、3)と入力したとき、ピピ、と音がして扉が開いた。明凛朱を見て呆然と佇む女の子がいた。
「あなたは?」
「レイラ……。どうしてわかったの?」
「手紙を貰って」
「あなたも麻矢お姉ちゃんから手紙を?」
レイラは近づいてきて、明凛朱の持っている紙片の暗号を覗き見た。
「それは?」
「アトラクションで使うと別のエリアへ行けるっていう暗号」
レイラはつま先立ちで、「一緒に行くわ」と言った。
「暴れるなよ。お前、何者だ」
颯真は千弦の顔を覗き込む。
「手紙を貰って父を探しにきた。あのレイラって子は異母妹らしい」
「え、京一さんの子ってことか? まさか、手紙を送った人って」
「レイラは麻矢姉ちゃんって言ってたけど?」
千弦が言うと、颯真は、はああ、と大きく溜息をついた。
「麻矢さん、また余計なことを」
と独り言ちている。
「麻矢って人の居場所を知っているのか? いなくなったって聞いたけど」
「ああ、無事だ。俺が逃がした。ウサギの巣穴に落ちただけ」
意味がわからず、見上げていると、颯真は千弦の襟後ろを離し、バンっと背中を軽く叩いた。
「心配するな。レイラさんは保護しただけだ。お前も逃がしてやるから。父を探しにきたと言ったな? 悪いことは言わないから帰れ。京一さんなら元気だよ」
そう言うと今度は千弦の腕をとり、強引に引っ張っていった。
「おい、待てよ」
千弦が抵抗した拍子に、パンツからハンコ型の鍵が落ちた。颯真が手を離したすきに拾い上げる。
「それは?」
「手紙に入ってた、どこかの鍵だ」
ポケットにしまおうとするのを阻止して、颯真は鍵の模様をじっと見つめた。葉っぱのような模様が彫ってある。
「見たことあるな」
「そうなのか? でも、預かっておくだけでいいって書いてあったものだし」
「それはたぶん、信者がいないといけない場所の鍵だからだ」
颯真は鍵を持ったまま、パーク内へ歩いていこうとする。
「待てよ、どうするんだよ」
「麻矢さんが言ってた証拠部屋が本当か見にいくんだ」
颯真は明け方近くのパークをずんずんと、シーエリアまでくると、対岸の絶叫エリアのほうを指差した。
「絶叫エリアとの間に小島があるだろ? 信者にもただの倉庫で飾りだと思われているが、古田さんがあそこにいるのを見たことがあるんだ。古田さんっていうのは幹部なんだけど、何の用だったのか気になってて。ほら、ボートで向こうに行ける。俺なら動かせるよ。来るか?」
鍵を取られているため、仕方なくボートに乗り込んだ。池を横断してたどり着いた小島に上陸すると、颯真はようやく鍵を返した。それから可愛らしい見た目の小屋の扉を開けた。
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