第二章「伴侶」 第13話

 それから私たちは、腰を据えて図書迷宮ライブラリを潜っていった。

 魔力を感じ取る。それは言うほど容易いことではない。

 何と言えば良いのかな? えっと、ピントの合っていない眼鏡で球技をするような……?

 球を見つけるのも難しければ、それに的確にヒットさせるのも難しい。

 難易度だけで言えば、棒の先っぽだけを使って卓球をする方がまだ簡単かもしれない。

 それでも私には一〇年以上に及ぶ訓練の積み重ねがあったし、一〇〇回、二〇〇回と戦闘を繰り返せば正確性も上がる。なので、本祭壇が近付く頃には……。

「――っ」

 じっと見極め、一息で突き出した細剣レイピア影魔シャドウの核を一撃で捉え、それを霧散させた。

 コロリと落ちた葉晶リーフを確認し、私は拳をギュッと握って「よしっ」と小さく声を漏らす。

「これで一〇回連続成功です。かなり正確に見極められるようになってきました」

「ご立派です、お嬢様。わずか数日で、ここまで上達されるなんて!」

「そりゃ、こんだけの回数、戦えばなぁ。まさか本当に全部一人で斃してしまうとは……。ルミお嬢様、貴族の令嬢のくせにストイックすぎないか?」

「ふふっ、剣は得意じゃないですが、努力だけなら私でもできますから」

 素直に褒めてくれるアーシェと感心したようなラルフの言葉に、ちょっと良い気分になる。

 大人になると、褒められる機会ってあんまりないからね!

 突き抜けた才能がない私も、前世で培われた忍耐力だけはそれなりに誇れるのだ。

「いや、これだけ続けられるのも十分な才能だ。アーシェは才能がないと言っていたが――」

「クソ兄貴! 私が言ったのは『剣術の突出した才能はない』という意味です。お嬢様が努力家であり、才能の塊であることは言うまでもありません。貶めるようなことを言うと潰しますよ!?」

「ブチ切れすぎだろ!? せめて最後まで話を聞いてくれ……」

 言葉を遮るようにして凄むアーシェに、ラルフが肩を落とす。

 色々と頼りになるアーシェだけど、私に関することでは沸点が低いのが玉にきず

 彼女自身は結構、私を揶揄からかったり、好き勝手言ったりするんだけどね?

「アーシェ、落ち着きなさい。ラルフは褒めてくれているんですから。それに『才能の塊』は言いすぎです。私はみんなに助けられて、なんとかやっているにすぎないんですから」

 領地の開発などがそれなりに順調なのも、私に前世の経験があることと、アーシェを筆頭に周りのみんなが手伝ってくれているからで、私自身に特別な才能があるわけじゃない。

 それを理解しているからこそ過剰な期待は逆に辛く、私は話を打ち切るように前を指さした。

「そんなことより到着したようですよ、アーシェ。今回はどんな本祭壇でしょうか」

 目の前に現れたのは、本祭壇に続くと思われる扉。

 前回の本祭壇が素晴らしかったので、私は高鳴る胸を押さえつつ、扉を開くけれど……。

「あれ? これが本祭壇、ですか?」

 扉の先にあった本祭壇は、《強化》の図書迷宮ライブラリとは明確に異なっていた。

 良く言えばシンプルで機能的。有り体に言うとあまりにも簡素。

 前回、本棚が並んでいた左右の壁は、石がき出しのままで飾り気は皆無。

 風の女神トゥラール様の像が飾られた正面の祭壇も、荘厳さはあるものの、知の女神イルティーナ様の物と比べるとやはりシンプルで、神秘を感じるようなものは何もない。

「ちょっと拍子抜けですね。何か特別な物が見られるかと思っていたのですが」

 機能が同じなら外観は関係ないんだけど、ファンタジーを期待していた私としては少し残念。

 そう思って小さく息を吐いた私の肩を、天井を見上げたアーシェがポンと叩いた。

「……いえ、お嬢様。上を見てください」

「上? ……わぁ」

 そこにあったのは空だった。

 宵闇と青空が混ざったような幻想的で不思議な色合い。

 まるで吸い込まれるように遠く、高く、大きく広がっていて――。

「これは、映像? いえ、魔法的な……?」

「見事だな。本当の空ということはないと思うが……。石でも投げてみたくなるな」

「やめろ、クソ兄貴。神様に喧嘩を売るつもりですか?」

 うん。前回の本棚のことを考えると普通に撥ね返されそうだけど、さすがにやめてほしい。

 妹から拳でツッコミを受ける兄を横目に見つつ、私は書見台しょけんだいへと向かう。

「書見台はほとんど一緒。祈りの言葉も神様の名前が違うだけか」

「お姉ちゃん、早くやる」

「そうだね。――顕現」

 一緒についてきたミカゲに促され、私は魔導書グリモアを書見台へ載せて祈る。

 すると、前回同様に書見台が光を放ち、浮かび上がった魔導書グリモアに新たなページが追加された。

 その光景はやはり神々しかったけれど、私はそのことに感動するよりも、前回が特別でなかったことに胸を撫で下ろし、ホッと安堵の息を吐いた。

「おめでとうございます、お嬢様。やはり魔法は問題なく得られるのですね」

 いつの間にかすぐ傍に来ていたアーシェを見上げ、私は「うん」と頷く。

「ありがとう。今回は光の球が飛んできませんでしたが、あれはやはり……」

 アーシェと二人してミカゲを見るが、彼女は一ページ増えた私の魔導書グリモアを持って閉じたり、開いたり、満足げな表情。しかし、私たちの視線に気付くと、不思議そうにこちらを見返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る