第二章「伴侶」 第11話

 想像していた通り、副祭壇への道は少し険しかった。

 単に歩きにくいというだけではなく、岩をよじ登ったり、裂け目を越えたり。

 身体能力は私と同等というミカゲも、手脚は私よりも短く、体格的に難しい場所ではラルフの手を借りて先へ進み、半日ほど。幸い距離は短かったようで、私たちは副祭壇に到着していた。

「あまり……代わり映えはしませんね」

「副祭壇はどこも同じだぞ? 違うのは祈りの言葉だけだな」

 本当に完全に同じかどうかは判らない。けれど、すぐに気付けるほどの違いはない。

 ラルフの言う通り、明確に違うのは書見台しょけんだいに刻まれた祈りの言葉、その神様の名前だけだった。

「風の女神トゥラール様。それがこの図書迷宮ライブラリを守護する神様ですか」

「そのようです。神様の違いにどのような意味があるのかは、判りませんが」

「祈りの言葉が違うだけだからなぁ。ご丁寧にも書見台に書いてくれているし、文字さえ読めれば覚えておく必要もない。罰当たりかもしれないが、大半の奴らは忘れてるぜ?」

 だが実際、ラルフの言葉はその通りなのだろう。

 魔法を使う度に祈る必要があるなら別なんだろうけど、魔法は一度授かれば自由に発動できる。

 一度しか口にしない以上、余程信心深くなければ、忘れるのも仕方ないのかもしれない。

「もしかすると、何らかの意味があるのかもしれませんが……」

 そう言ってアーシェがミカゲを窺うけれど、ミカゲは口を噤んで何も言わない。

 言えないのか、それとも何の意味もないのか……取りあえず、今の私には関係ないか。

「ところで二人は、ここの魔法は?」

 折角なので覚えるかな、と話を振るとラルフの方はすぐに首を振った。

「いや、俺は既に覚えている」

「まぁ、そうだったんですか。では、アーシェは?」

「どうしましょう? お嬢様の可愛いところをしっかり観察するために、覚えても良いかな、とは思うんですけど、どうせなら――」

「了解です。覚えなくて良いってことですね。先に進みましょう」

 そんなどうでも良いことに魔導書グリモアのページを消費するのは、あまりにもったいない。

 私はアーシェの言葉をさらりと流し、本祭壇へ続く扉まで移動、そこに魔導書グリモアめ込んだ。

「兄さん、お嬢様がつれないです」

「お前がふざけるからだろうが。それで、《観察》は本当に要らないのか?」

「えぇ、取りあえずは。どうするかは、本祭壇までに考えておきます」

 アーシェたちが背後でそんな話をしている間に、ゆっくりと動いていた扉は開ききり、その先に見えたのは、これまた《強化》の図書迷宮ライブラリと大差ない、ごく普通の通路だった。

 別に観光に来ているわけではないけれど……ちょっと残念。

「さて。ここからが本番ですが、ラルフ、何か情報はありますか?」

「八層の図書迷宮ライブラリということぐらいは知っているが、俺もここは副祭壇までだからなぁ。一応、どんな影魔シャドウが出るかだけは調べたが。小さな雲のようなものらしいぞ?」

 その影魔シャドウの特徴は普通の攻撃が効きづらいこと。闇雲に斬り付けてもすり抜けるだけでダメージは与えられず、核となる部分を見極めて攻撃しなければいけないらしい。

「もっとも、特別強いわけじゃない。大きめの鈍器でぶん殴れば核に当たる確率は高いからな。力業でも対処できるが……試練の目的としては的外れだろうな」

「お嬢様の武器とは、ある意味でとても相性が良く、見方によっては相性が悪いですね」

 私の持つ細剣レイピアはとても良い物ながら、武器の種類としては護身用の意味合いが強く、例えば熊のように大きく頑強な敵には効果が薄い。その点、今回の影魔シャドウは当たりさえすればたおせるようなので安心だけど、細剣レイピアでまぐれ当たりを狙うのは効率が悪く、核を的確に狙う必要がある。

「つか、ルミお嬢様はハーバス子爵と親しいだろ? この程度の情報は聞いてるんじゃないか?」

「はい、聞いています。ついでに、攻撃魔法を使えば簡単に斃せるということも。ただ、市井しせいには他にも情報があったりしないかと、そう思ってだけです」

 私が頷き、そう答えると、アーシェがラルフに冷たい視線を向けた。

「お嬢様に有益な情報を提供できないとか、役立たずな兄さんです。しかも、副祭壇で引き返すなんて……。図書迷宮ライブラリに入ったなら、本祭壇まで行くのが筋というものですよ?」

「妹が理不尽すぎるんだが。試練とは魔物と戦うための訓練、影魔シャドウを斃すより本物を斃した方が人助けになって金にもなる。どちらを優先すべきか言うまでもないだろ?」

「斃せる能力があるなら、あえてここで斃す必要はない。正論ではあります。逆にその能力がない私にとっては、確かに試練ですね。でも、攻撃魔法がないと大変そうです」

 ――核とか意味が解らないし。

「お姉ちゃん、影魔シャドウの種類には何らかの意図がある。頑張って!」

 私が弱音を漏らすと、ミカゲが両手を握って鼻息も荒く、且つ可愛く応援してくれる。

 ――うん、なんだか頑張れるかもしれない。

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