太夫おばあさんの不思議噺

@AKIRA54

第1章 プロローグ


プロローグ


「今日は、懐かしい人が来そうヤね!」

そういったのは、座椅子に身体を預けて、柔らかいお粥を啜るように食べている老女だ。白い水干のような衣装に白い袴をはいている。彼女の生業(なりわい)は、祈祷師。この地方では、『太夫(たいゆう、または、たゆう)さん』と呼ばれている。

いわゆる、『お祓い(おはらい)』をすることなのだ。この世のものではない、不思議な禍(わざわい)を排除している。

お祓い(=除霊)のやり方には、いくつか宗派、流派(=◯◯流)のようなものがある。弓を弾く『梓弓』、太鼓を叩く、護摩を炊く、梵字を書いたお札、依り代、御幣と呼ばれる和紙で作った神聖な道具を使う神事。易者が使う『筮竹』、陰陽師と呼ばれる職種もある。

彼女もそのいくつかは、修行をしたことがある。しかし、彼女は生まれながら、この世のものではないものが見えていた!そして、それに対応する術(すべ)を自然に覚えた。その上に、味方にすべきもの、排除すべきもの、関わってはならないもの、を覚えてきたのだ!その代償に、彼女は左眼の視力を失った。だが、彼女はそれが自分をこの世に誕生させた、この世のものではないものの大いなる意思だと、理解できたのだ!

彼女の持っている神具、仏具は数珠だけだ!普通の数珠ではない!色々な石、宝石と呼ばれるものの原石を少し加工したものが、何かの動物の革紐で連なっている。水晶?翡翠?瑪瑙?ルビー?サファイア?エメラルド?アメジスト?猫目石?ダイアモンド?よくわからないが、それぞれの石が違う波動を出して、その波動の組み合わせで、この世のものではないものをコントロールしているようだ!或いは、その波動が、彼女の放つ波動を増幅、または、強化しているのかもしれない。

とにかく、『お祓い』を生業として、彼女は半世紀を優に越える時を生きてきた。その間、祓った『霊』と呼ばれるものは、数知れない。今、彼女の身体は、その反動か、或いは、その報復かによって、蝕われていた。

「大丈夫ですか?」

粥の椀を左手に持って、右手のレンゲで老女の口に粥を運びながら、弟子のまだ、少女という年頃の女性が尋ねた。

「しばらく、ご祈祷はお断りしていますよ……?」

老女が『客』と言ったことに、反応した言葉だった。客ではなく、懐かしい『人』と言ったのだが、弟子は、この庵を訪ねて来るのは、客以外にいない、と思っている。

「ご祈祷のお客じゃあないよ!わたしの幼なじみの、婆さんさ!まあ、あんたにも、一度会わせたい、と思っていた人間だよ!」

(幼なじみ?この浮き世とは、絶縁しているような老女に、幼なじみなんているの?辞めた弟子の数は、数え切れないらしいけど……?)

と、右手のレンゲを宙に止めたまま、弟子は心の中で呟いていた。

老女の弟子には、二通りあって、ひとつは、霊能力を先天的に宿している女の子。もうひとつは、神様か善良な霊の依り代になれる純粋な魂を持っている女の子だ。今の弟子は、前者だが、まだ、その能力は表には出てきていない。

どちらの素養も、宿している女の子は稀だ!しかも、皆、一人前になる前に修行を辞めてしまう。老女のように、太夫として生業ができるようになる弟子は、1パーセントにも満たないはずだ。今、眼の前にいる、『スエ』という少女は、その稀なひとりになる予感がしている。

 スエという名は、老女がつけた名前だ。口減らしのために、親に捨てられた子供だった。肌守りには、『ステ』という、名前なのか、『捨てる』という、親の意思表示なのか、わからない文字があった。彼女を拾った寺の住職が、檀家の子供のいない夫婦に預けたのだが、その夫婦が火事に遭い亡くなった。ステは、奇跡的に消防士に救出されたのだ。しかし、行き場がなくなった彼女を、拾った住職がもう一度、養父母を探しても、『縁起が悪いから』と断られてばかりだった。最後に訪ねた『薫的神社』の神主が、太夫の老女と同席していて、事情を語ると、老女が『弟子にしたい』と言ったのだ。五歳だった子供も、何故か、老女に笑顔を浮かべて、「このおばあちゃんと暮らしたい!」と言った。

 老女は、彼女に『スエ』という名を与え、自分の養女にする手続きをとった。弟子ではなく、娘にしたのである。しかし、その待遇は、弟子となんら変わりがない。学校から帰ると、修行の毎日だった。

 当時、弟子だった女性が、スエの面倒を見てくれたが、その女性も、ある程度の能力を身につけたものの、限界を感じ、普通の女性に戻り、結婚することになって、庵を離れた。スエが中学校に、はいる頃のことだった。

スエは賢い娘だった。学校の成績もトップクラス。中学校の担任は進学を勧めたが、スエはキッパリと断った。

「わたしは、困っている人や、悩んでいる人、苦しんでいる人を助けたいのです。おばあちゃんのように……!」

老女の側で暮らすということは、さまざまな霊障に出くわすことになる。その大半は『恐ろしい体験』だ!だが、スエには、それは『日常の出来事』くらいにしか感じられなかった。きっと、火事の炎に包まれた経験が、彼女の先天的な能力を静かに熟成させているようだ。まだ、自らの眼で、霊を捉えることはできないが、かなり気配を感じる能力は身についている。何かのきっかけがあれば、その蕾が大輪になる可能性を老女は感じていた。

「ほら、おいでたようだよ!」

と、老女が言った。

「祈祷場に案内しておくれ!若い男性と、婆さんのカップルだよ!若い男性は、前に来たことがあるから、あんたも覚えているはずさ……」


「あの、おばあさんは、いったい何者ですか?それと、この『御札』のパワーは、何処から溢れてきたんですか?」

スエは、先ほど帰って行った、巨漢の老女と、背は低いが、イケメンで、学歴の高そうな青年を見送ったあと、祈祷場に帰ってきて、元気になった太夫さんに尋ねた。

太夫が、「ほら、おいでたよ!」と、言ったのは、電話がかかってくることだったようだ。

「今から、そっちへ行くキニ!ご祈祷やないよ!太夫さんの顔を見に行くだけやキ!ああ、連れの若い衆(し)は、この前の礼がしたいガヤと……!ホイタラ、よろしゅう……!」

電話口で、一方的に、土佐訛りでまくしたて、その女性は電話を切った。

十数分後、車が停まる音がして、若い、イケメンが訪ねの声をかけた。

祈祷場の雰囲気がいつもと違っていて、霊たちがざわついている。スエにもはっきりとわかるほどだった。

そのあとは、アッという間だった。太夫を『トミちゃん』と呼んだ、巨漢の老女が風呂敷から取り出した、梵字が書かれた御札が、祈祷場の空間を一掃してしまい、太夫さんに纏わりついていた霊たちも、一瞬に浄化されてしまったのだ!

「お互い、長生きしようね!」

と、老女と太夫は肩を抱き合って別れた。太夫の手元には、御札が残り、自力で立ち上がれなかった身体が、健康体に戻った。顔の表情まで、浄化されたように、穏やかな、お多福顔になっていったのだ。

「あの婆さんは、小さな旅館の女将さんよね!お寅さん、ゆうて、子供の頃、ヨウ遊んだ仲でね……。まあ、近所、いや、もっと広い範囲で、有名な『はちきん』さんよ!」

と、太夫は、先ほどの老女の正体を語った。

「はちきんさん?何か、霊能力があるお方ですか?若い頃、一緒に修行をなさった方とか……?」

「霊能力は、まったく、ないろうね!ただし、霊も恐れて、近づかん!そればぁのパワーを持っチュウ人やね!地獄の閻魔さんの化身かもしれん……」

「閻魔さん?お顔は、薫的さんの狛犬にそっくりでしたけど……?」

「ははは、マッコト、ヨウ似いチュウ!それと、この御札は、アテの師匠が、あの人に渡したモンよね!アテがまだ、修行中の頃、あの婆さんのために、ご祈祷して、師匠が文字を書いたものよ!あの婆さんが大事にしてくれていたおかげで、パワーが何倍も増幅されチュウね……」

と、太夫はしみじみと言った。

「アッ!あの天井に、一匹、餓鬼が残っていますよ!」

祈祷場の扉の上の天井の隅に、何やら、黒いモヤのようなものが漂っている。

「あら?スエちゃん!あんた、あれが見えるガかね?」

と、太夫が驚きの声をあげた。

「はい!仁王門のお仁王さんに踏みつけられている、餓鬼にそっくりです!」

「あんた!見鬼の才能が目覚めたガヤ、ねぇ……」



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