第8章 白蛇と白猫?

第七話 白蛇と白猫?


「これなんですがね!こいつが店に来てから、どうも店が騒がしくなったんですよ!それで、近所の『はちきんさん』に相談したら、ここを紹介されヤしてね……」

今日のお客は、狐顔の小男だ。歳は還暦前くらい、か……?男が持参したのは、女性像である。しかも『人魚姫のブロンズ像』だった。

「熊蔵さん!あんた、この像のイワレを知っチュウかね?」

「えっ?アッシの名前をご存知で……?」

男は、まだ名前を名乗っていなかったから、驚く。

「元女衒で、今は骨董屋をしゆうらしいねぇ……」

「ああ、刻屋(ときや)の『はちきんさん』から、連絡があったんですか?」

熊蔵は、ピンと閃いた言葉を口にした。

「いや!あんたのことを知らせてくれた人など居らんよ!この像が、教えてくれたガよね……」

「ええっ!や、やっぱり……、この像は『曰く付き』ってヤツだったんですね?」

「まあ、そうじゃろう。怪しい霊魂が憑いチュウキ……」

「怪しい霊魂?どんな霊です?悪霊ですかい?お祓いしてもらえますか……?」

「できんことはないケンド!それより、あんた家(く)にある、騒がしモノのほうが、怖おうないカエ?」

「店の品物にも、怪しいモンが憑いているノがあるんですかね?」

「まあ、『付喪神』が憑いチュウろうね!新参モノのこの人魚姫に、反発や嫉妬心を抱くモノが居るね!」

「人魚姫?この女性像は人魚なんですか?魚の尻尾じゃあなくて、人間の足がついていますぜ!」

「それも知らんと引き取ったガかね?」

「ええ、長い髪の裸婦像だと、思いましてね……、作者はわからないが、なかなか良い品だと……」

「まあ、店の騒動しいモノを鎮める方法はふたつ!この人魚姫の像を誰かに売ること!もうひとつは、付喪神になっチュウ品物を壊すことよね……!」

「店のモノを壊す?音が出ている品物は、いくつもあるんですよ!それを壊したり、焼いたりしたら、大損ですよ!」

「なら、これを手放すことやね!」

「これは結構な値で買い入れたんですよ!すぐに買い手が見つかるとは、思えないんですけど……」

「結構な値?たいした値やないろう?今日の相談料の代わりに、アテに売る、というのは、どうゼヨ?実は、この像が行きたがっチュウ場所がある!ケンド、その人は金がないガよ!あんたが善人になったガやったら、ちょっとバアの損を我慢してくれんカヨ……?」

「それで、熊蔵さんは、承知したのですか?」

物部川の集落へ行っていたスエが帰って来て、太夫に訊いた。

「もちろん、祈祷料よりは安い値で買い取ったモノやろうキ、それで話はついたガよ!」

「それで、この人魚姫さんは、何処に行きたがっているんですか?」

「魚がヨウケ(=たくさん)居るところよね!」

「ええっ!海の中……?」

「まさか!海の中やと、沈んでしまうゾネ!」

「じゃあ、水族館……?あっ!わかった!隆夫さんが勤めている『水産試験場』ですね!隆夫さんなら、この前、この像の話をしたから、事情もわかっているし、あの人なら、大事にしてくれますよね!」

「そうよね!海の側やし、魚や海藻に囲まれチュウし、男の多い職場やキ、大事にしてもらえるろう……。スエ、この人魚姫の中にいる、エリーネさんに、訊いてミイヤ?それでエイろうか……?」

「はい!エリーネさん!わたしは、スエと申します。お訊きしたいことがあります。この人魚姫の像の、行く先についてです……」

スエが両手で印を結び、人魚姫像に話しかける。

「おや?わたしをエリーネと呼ぶのは、おまえかい?こんな異国にまで、わたしの名前が知れ渡っているとは……」

と、綺麗な日本語でブロンズ像が言った。

スエは、人魚姫像の落着き先について、水産試験場が候補にあがっていることを語る。

「そう?わたしは人魚じゃないから、場所は選ばないけど……。お魚や海藻の香りがする場所なら、きっと落ち着くわね……。海の近くなら、コペンハーゲンの本物にも近いから……。いいわ!その場所に決めてちょうだい……!」

「今日は、ご祈祷やお祓いの話ではないのです」

と、祈祷所の椅子に座った女性客が言った。

「スエちゃんをお借りしたいのです!」

「わたし?何かラジオの番組に出るんですか?」

客は、ユミという、ラジオ局のパーソナリティーを務めている女性で、例の『人魚姫』のブロンズ像の持ち主の娘だ。お祓いの話でないなら、ラジオ番組のことだと、スエは判断したのだった。

「ラジオの仕事じゃないのよ!ただ、きっかけはラジオの企画だったのよ……」

ユミが語る。

ラジオの企画会議で、高知の不思議な話を特集して、その現場を訪ねる、という企画が上がった。例の人魚姫の件もその企画が出たことで、ユミからアイコを通じて、スエが関わることになったのだ。

不思議な話を集めていると、スタッフのひとり、ユミより、三つ年下の男が、実は……、と語り始めた。

「その子は、ナカゴエっていう姓で、梼原の出身なの。彼が、高校生の時の話だと言うことで……」

彼は、シンスケという名だ。高三の夏休みのこと、伯父の家族が、北海道旅行に出かける間、留守番を頼まれた。梼原からなお山奥。愛媛県との県境、四国カルストにも近い場所にある、旧家だった。近所に家屋は、まばらで、しかも、空き家だらけだ。母屋や離れ、納屋に牛小屋まである、広い敷地に、彼はひとりで、一週間を過ごすことになった。

二日目の夜のこと、母屋の玄関をコンコンとノックする音がした。シンスケは首をひねりながらも、玄関の引き戸を開けた。そこには、菅笠に白装束。四国遍路をしている、巡礼旅のような格好の人物が立っていた。

「すみません!山を越えて、伊予に出ようと歩いて来ましたところ、道を迷ってしまいました。灯りが見えましたので、お訪ねしました。宜しければ、納屋の隅をお借りできないでしょうか……?」

それは、まだ、十代と思われる女性の声。玄関の裸電灯に照らされた顔は、瞳の大きな、色白の美少女だった。

確かに、伯父の屋敷は、幕末、坂本龍馬が土佐を脱藩する際に、通った道に近かったのだ。ただ、女性がひとりで、しかも夜に通る道ではない。

ふと、女性の足元を見ると、脚絆に赤いシミがある。血が滲んでいるようだ。

「怪我をしているのですか?」

「ええ、先ほど、坂道で、滑ってしまって……」

「それはいけない!手当てをしましょう!さあ、遠慮なく、お入りください!」

シンスケは、少女を屋敷に上げ、お湯と薬箱を持ってきた。少女の傷は、それほど酷くはなかったが、足首を捻挫しているようだった。

お湯と手拭いで、汚れを落とし、湿布の代わりに、生姜をすりおろして、ガーゼに乗せて、患部をサラシで固定した。

座敷に布団を敷き、おむすびと、白菜の漬物を食事代わりに運んできた。

「これは、伯母の浴衣ですが、遠慮なく使ってください。僕は、離れにいます。ほかの家族は、旅行中でいませんので、気兼ねなく、休んでください!」

「何から何まで、身も知らずのわたしに、こんなにご親切に……。ご恩は、一生忘れません……」

少女は、ナツミと名乗った。佐川の辺りの集落で、祖母と暮らしていたが、祖母が亡くなり、愛媛県大洲に居る、大叔父の元へ行く途中だ、と語った。

「急ぎの旅でないなら、足の具合が良くなるまで、ここでゆっくりして行ってください。この先は、民家もないし、険しい山道が続きますから……」

彼の言葉に甘えて、ナツミは二、三日世話になることになった。

「若い男女がひとつ屋根の下……。しかも、女性は恩を感じている……。三日が経ち、明日は旅立つ、となった夜、ナツミはシンスケの部屋に入って来て、まあ、男女の関係になったのよ……。シンスケが翌朝、目を覚ますと、枕元には、きちんと畳まれた伯母の浴衣と、その上に、緑色の鮮やかな、翡翠が乗っていたの。もちろん、ナツミの姿はなかった……」

と、ユミが話を終えた。

「それが、不思議な話なんですか?よくある話ではないけど、変な話ではないですよね……?」

と、スエが言った。

「シンスケ君は、ナツミさんが忘れられなくて、すぐに後を追いかけたの!大洲への道は、一本道。前の日に、ナツミさんに道を教えていたから、間違いなく、その道を通るはずよ!治った、とはいっても、まだ、痛む足、しかも女性だから、すぐに追いつける、と思ったけど……」

「追いつけなかったのですね……?」

「行く先々の集落で、巡礼姿の女性が通らなかったか、尋ねたけど……、街道沿いの早起きの農夫さんたち、誰ひとり、旅人らしい人間は見ていなかったのよ……」

「なら、ナツミさんは、気が変わって、元の道を引き返したのですよ!」

「そうね、シンスケ君もそう考えて、今度は佐川の方を訪ねたの。最近、葬儀のあった家はないか?ナツミという若い娘はいないか?とね……」

「いなかったのですか?」

「かなり広い範囲の葬儀屋さんや、お寺さんを訪ねたのだけど……、該当する娘はいなかったのよ……」

「つまり、ナツミさんの話は嘘だったってことですよね?佐川の祖母のことも、大洲へ行くことも、ナツミという名前も……」

「わからないわ!でも、若い娘さんが、そんな嘘をつく理由があるかしら?犯罪者なら、有り得るかもしれないけど、そんな風には見えなかったし、事件性のある出来事は起きていないのよ……。衣装も汚れていなかったから、そんなに遠くから来たとは思えないんですって……」

「家庭の事情で、家出してきたのかもしれませんね?佐川から来たのではなく、佐川のほうに逃がれた、と考えられますね!衣装も着替えて……」

「スエちゃんは、名探偵ね!確かに、その可能性はあるわ!でも、もうひとつ可能性があるのよ!それを確かめに、梼原へ行って欲しいのよ……」

「ええっ!なんで、シロウさんが運転手なんですか?」

出張の着替えなどを鞄に詰めて、表に出ると、薫的神社の空き地に車が停まっていて、その側に顔見知りの私立探偵のシロウがサングラスをして立っていたのだ。

「この前の母の勘違いした『浮気騒動』でお世話になったでしょ?スエちゃんと親しいみたいだし、ナツミと名乗った娘の調査をお願いすることになったの……」

「そういうことだ!今回は、妖怪じゃあなくて、人間の事件かもしれないだろう?事件の調査と、ボディーガードなら、任せておいてくれ!ついでに、車の運転も、ね……!」

「シンスケ君は、実家にいるのよ!現地で会って、伯父さんの屋敷に案内してもらうことになっているのよ」

「もうひとつの可能性、って何なのですか?事件性?それとも、妖(あやかし)絡みですか?」

車の後部座席に並んで座ったユミにスエが尋ねた。

「俺は、事件性だと思うね!そのナツミって女は、逃亡者だな。犯罪を犯したほうか、犯罪者から逃げているのか、は、わからないけどね……」

と、ハンドルを握ったまま、シロウが言った。

「まあ、シロウさんは、妖や幽霊は信じていませんからね……。シバテンと天狗に会ったくせに……」

「あら?すごいわね!シバテンと天狗に会ったの?」

「天狗って、ただの山伏だったぜ!シバテンのほうは、確かに、右腕が異様に伸びたけど、あれは、義手だな!ゴムか何かで作ったものさ!あの時は驚いたけど、ゆっくり考えたら、その右腕が伸びた以外は、何にも不思議なことが、起きなかったからね……」

「ほらね!なんとか理論的に解決しようとするんですよ……。天狗さんが、パッと消えたのも、目眩まし、っていうんですよ!」

「そしたら、今回は信じてしまうかもしれないわよ!シンスケ君が会ったナツミという娘は、白蛇の化身だったと、思われるのよ……」

「白蛇の化身?何かそれらしい痕跡があったのですか?」

「実は、佐川のほうで、葬儀がなかったか、シンスケ君が訪ねたことは話したでしょう?何軒かお寺を訪問した時に、ある住職が、『人間の葬儀はないが、この裏山で、白い大蛇が死んでおってのう。猟師が神様のお使いかも知れんキ、丁寧に埋葬してくれ、ゆうて、お経をあげてやったワ!』って言ってたんだって……。その時は、何とも思わなかったんだけど、あちこち訪ねても、最近、女性の年寄りの葬儀がなかったから、ふと思い出したそうよ」

「つまり、ナツミと名乗った女性が言っていた、『祖母が亡くなった』という祖母が、その白い大蛇のことだった、ってことですか?」

「馬鹿馬鹿しい!白蛇の孫が人間に化けて、エッチをしに来たって言うのか?それは飛躍過ぎる推理だぜ!」

「西郷さん!『白蛇伝』って、漫画映画がありますよ!白蛇は、変身できるんです!それに、ナツミさんの着ていた浴衣に、白い蛇の鱗のようなものが付着していたり、玄関から、門の辺りには、蛇がはったような跡があったそうですよ……」

「そいつは、シンスケの後づけだな!ナツミが白蛇伝のような美人と思わすためか、自身が、そう思いたいための証拠集めさ!警察が冤罪を犯してしまう時の状況と同じだぜ!」

「さすが、元刑事さん……!」

「ここは、何という神社なのですか?」

「三嶋神社!」

「御神体は?」

「大山祇命(おおやまづみのみこと)と雷神(いかづちのみこと)。この地の豪族、津野経高(つのつねたか)が、伊豆の三嶋大明神を勧進してきた神社だそうだ!彼を祀った『津野神社』もあるよ!」

梼原の町で、合流したシンスケが案内してくれたのは、四万十川の支流、梼原川の側にある、由緒がありそうな神社だった。

「この神社のすぐ側に、坂本龍馬が土佐を脱藩した時に通った道があるんだ!大洲へ向かう道なんだよ……」

「なるほど、ナツミという女性が、本当に大洲の親戚の元へ行くなら、ここを通ったわけだな?」

と、シロウが境内を見回しながら言った。

「どう?スエちゃん、何か感じる……?」

と、ユミがスエに視線を向けながら尋ねた。

「たくさんの霊魂や、妖に近い動物霊や、もっと恐ろしい、山の神様の気配までしますよ!ここは、神域です!霊はいても、悪さはできませんね!」

「その霊の中に、白蛇の霊魂はいない?」

「いない、と思います。動物霊が多すぎて、仕訳できないくらいなんですけど……、蛇はいないみたいです!泥亀の妖はいますけど……」

「泥亀?そんな妖がいるの?」

「ええ、山の神様にお仕えしている亀が妖力を持ったモノです!悪さはしないから……。そうだ!泥亀は水に関係がありますね!白蛇は、水神さまと関わりがあるそうですから、訊いてみましょう……」

「ええっ?この娘は、妖と話ができるのか……?」

と、シンスケが驚く。

「シンスケ君!このことは、まだ、内緒よ!スエちゃんの霊媒師としての能力は、発展途上なの……。今、スエちゃんが有名になったら、その才能が開花する前に、止まってしまうかもしれないでしょう?」

「も、もちろん、内緒にしますよ!まあ、話しても信じる人間は少ないでしょうけど、ね……」

「では、始めます……。私語は厳禁ですよ!泥亀さんに祟られますから……」

笑顔を浮かべて、スエはそう言うと、神殿の前の石畳にペタンと腰を落とし、座禅の形をとった。両手で印を結び、真言を唱える。

「大山祇命(おおやまづみのみこと)にお仕えしている亀さま!わたしは、スエと申します!お尋ねしたいことがあります!どうか、お話をお願いします……」

「騒がしいのう!ワシは泥の中で、三百年眠っているのじゃ!人間に話すことなどないぞ!」

「申し訳ありません!でも、あなたの霊魂の匂いがしたもので、てっきり、活動しているものと、思ってしまいました……」

「な、なに?ワシの霊魂の匂いを感じたのか?娘!そなた、何者じゃ!誰か、神域のモノと関わりがあるのか……?」

「さあ?わたしが身に着けているのは、『荼枳尼天』の護符だけですけど……」

「荼枳尼天?なるほど……、荼枳尼天さまに気に入られたか……。よほど、心が純真と見える……。よろしい!荼枳尼天さまに関係しているモノの頼みならば、訊いてやらねばなるまい!何が知りたい?」

「白蛇についてです!最近、と言っても、人間の時間なら、七年ほど前ですけど……、この界隈に、白蛇が人間の娘に化けていたことはありませんか?」

「白蛇?白蛇が人間の娘に……?さて?白蛇は、弁財天に仕えて居る。この神社には、弁財天は祀って居らぬからのう……。『厳島神社』か、『七つ淵神社』にでも訪ねてみてはどうかな?ただ、ワシの感覚じゃが、数年前になるか……、白蛇の妖の婆さんが亡くなったのは、訊いておる。その一族が、他所に移った、とも言われておるから、その娘は、その一族のモノかもしれんな……!」

「七つ淵神社?北山にある、七つ淵という場所にある神社ですか……?」

「そうじゃ!白蛇は、弁財天のお使いでもあり、水神のお使いでもある!龍神になる白蛇もいるというから、七つ淵神社なら、白蛇のことは、土佐の地では、一番詳しいはずじゃ!」

「七つ淵の龍神さま……」

「それで?七つ淵神社に行ったガかね?それより、探偵さん!オマン、霊や妖の存在を信じてない!ゆうに、最近、ヨウ来るねぇ……?」

薫的さんの傍らの庵に帰って来たスエと、同行してきたシロウとユミを前にして、太夫が訊いた。

「別にいいだろう?探偵は、謎解きが仕事なんだ……!ここは、謎だらけだから、退屈しないんだよ!」

「あら?シロウさんは、スエちゃんが気になるんですよ!まるで、愛娘に悪い虫がつかないように、見張っている父親みたいですわ……!」

と、ユミがからかうように言った。『当たらずとも遠からず』の推理に、シロウは苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。

「まあ、スエも探偵さんを気にいっチュウキ、エイけんど、妖を見くびったらイカンぞね!中には、妖を信じんモンを懲らしめちゃろう!とする、やんちゃな妖が居るキニ、気をつけよりよ……!」

「大丈夫ですよ!シロウさんは、口では信じていない!っていうけど、否定はしていないんです。逆に興味があるんです!シロウさん、好奇心の固まりですから……。ただ、元のお仕事の所為で、理論的な解決を求めてしまうだけなんです……」

「ほほう?スエ!この男の本性を読めたかね?アテもそう思うたよ!」

「ちぇ!俺の本性を勝手に決めるなよ!人間なんて、そう単純じゃあねぇだろう?経験や環境で性格も変わるし、信じるモノも変わるだろう、が……?」

「まあ、『朱に交われば、赤くなる』とゆうが、『三つ子の魂、百まで』ともゆう。オマンの本性は……、子供の所為で、少し歪んだようやが、優しい、男気に溢れチュウガよ!それで、スエが安心して側に居れるガよね……」

「子供の所為?お師匠さま!シロウさんにお子さんがいるんですか?」

「や、ヤメてくれ!婆さん!あんたの能力は、よくわかったから……、過去をほじくりかえすのは……、悪い趣味だぜ!」

シロウが焦って、スエの疑問に太夫が答えるのを遮った。

「ああ、そうやった……。探偵さんの過去は、今度の件とは関係ない。スエには、いずれ知ることになる話やき……。スエ!今は詮索したらイカンぞね!あんたとこの男とは、これから深い縁(えにし)に結ばれようとしチュウキ、それが、お互いのためになることヤキ、ね……」

太夫の言葉を受け止めたのは、スエよりもシロウのほうだった。スエと知り合ってから、自分は変わった……、と気づいていたのだ。

(ユリエのことを少しは引きずらないようになった……。カヨのことも……)

「七つ淵神社は、その名の由来となった、七つの滝と、淵があるんです!だから、水に関わる神様を奉っています。古くから、弁財天と龍神さまが祭神さまで、明治時代に祭神の名前が変わったようです。それと、平家の落人が隠れ住んでいて、ある女性が源氏が攻めてきたと勘違いして、淵に身を投げた、という伝説と、その女性を奉った平女神社という祠があります……」

と、ユミがラジオ局で調べてきたことを語った。

「実は、直接、七つ淵に行こうとしたんだが、急に車が故障してね!とりあえず、修理に出したんだが……。スエちゃんが、行くのは、日を改めたほうがいい!というから、ヤメにして、ここへ来たんだ……」

と、シロウが話を繋いだ。

「白蛇の妖のことを調べるのに、直接、眷属として仕えている神様にお伺いするのは、ちょっとマズい気がして……。お師匠さまに、確認してから、と思ったんです……!弁財天や龍神と、近しい神様か、霊魂があれば、仲介してもらえるかな?と……」

「弁天さまは、元々、インドの神様ナガよね……。けんど、日本に来て、元の神様とは、だいぶ違(ちご)うてキチュウ、琵琶を持った音曲の神様になったり、八つの武具を持った戦の神様になったり、玉を持った、財運がヨウなる、とか、『七福神』のひとりになったりゾネ……」

「玉を持った?それ『荼枳尼天』さまに似ていますね?」

「おや?スエ!荼枳尼天さんの宝玉を知っチュウガかね?そうよ!荼枳尼天さんもインドの神様!白狐がお使い……。弁天さんは、白蛇がお使い……。スエ!荼枳尼天さんに頼んでみるかよ……?」

「荼枳尼天っていうと、『お稲荷さん』ですよね……?狐と蛇……?相性は、悪そうですね……?」

「ユミさん!お使いの相性は、関係ありませんよ!同じ『女神タイプ』の神様で、日本に伝わってから、習合したりして、元の神様とは、かなり変化しているところもよく似ています。特に稲荷神に習合した荼枳尼天は、日本各地に広がっていますから、ある意味、庶民にとっては、最強の神様かもしれませんね……」

「それに、スエちゃんは、荼枳尼天に気に入られている……。弁天のお使いの白蛇が何か悪さをしようとしても、きっと守ってくれるはずだよ!」

「あら?西郷さん!荼枳尼天やら、弁天さんのお使いなんて、信じていないんじゃあなかったのですか……?」

「だから、もしも、そういう災いが起こったと、しても……だよ……。人間か、熊なら、俺が守ってやるよ……!」

「弁財天さま!わたしはスエと申します!荼枳尼天さまに帰依している者です!お庭先をお騒がせして申し訳ありません!弁財天さまにお訊きしたいことがあります!七年ほど前、梼原という場所で、ナツミと名乗った白蛇を探しています!お心当たりはないでしょうか……?」

七つ淵神社の本殿の前に座して、巫女装束のスエが、印を結び、真言を唱えたあと、本殿の御神体に向かって語りかけた。

シロウとユミ、そしてシンスケがその後方に無言で座っている。スエがコンタクトをしている間は、無言でいることを命じているのだ。

「スエというか?白狐が遣いに来て、スエと申す巫女が訪ねて来ることは、承知している。わたしの使いの白蛇の眷属に関わることだ、と訊いていたが……、梼原で人間に化けておった白蛇なら、おそらく、黒岩の里に住んでいた、レイの末裔であろう……!七年ほど前に、レイが亡くなって、その一族のうち、レイの妖力を引き継いだ白蛇が居る」

本殿の御神体があると思われる方向から、年齢不詳の女性の声が聞こえてきた。

黒岩の里とは、佐川と越知の境にある集落で、シンスケが白蛇を埋葬して、お経をあげた、と訊いた寺がある地域だ。

「その白蛇さまと、お話をしたいのですが、弁財天さまのお力添えをいただけないでしょうか?」

「その白蛇なら、龍神となるための修行中じゃ!おそらく、ナツミと名乗って、人間に化けたのも、龍神となるための修行であったのであろう……!そこの若い男と、一夜の契りを結んだようじゃな?妖と交われば、寿命を縮めることになる!忘れがたき快楽であったかもしれぬが、一夜限りと諦めることじゃ!次、ナツミに逢えば、命の保証はできない……!」

「やっぱり、ナツミさんは白蛇の化身だったのですね?」

と、スエの背後から、シンスケが、無言を貫く約束を破って、声を発した。

「ダメよ!シンスケ君!」

と、ユミがシンスケの腕を掴んで、立ち上がろうとした彼を止めた。

「ふふふ……、神前を穢すつもりか?本来ならば、赦せぬことじゃが、荼枳尼天に関わる者故、今回は大目に見よう!じゃが、話はこれまで……!早々に立ち去るがよい!さもないと、白蛇がそのほうらに牙を向けることになる……」

「オヤオヤ、弁天さんを怒らしてしもうたガかね……?まあ、神様と人間が直接話をすることなど、異例中の異例。スエ以外の人間が話に加わることは、ご法度に決まっチュウ……!それで?スエはどうするつもりゾネ……?」

スエがシロウと共に庵に帰って来たのは、暮れかかる時間だった。太夫にスエは今日の出来事を語った。

太夫の問いに、スエは無言で首を振った。

「どうしようもないでしょう?ナツミと名乗った女が白蛇の化身だった、とわかっただけで、満足すべきですよ!会いたい、だの、話をしたい、だのは、シンスケの身勝手ですよ!もう関わる必要は、ありませんよ……!」

と、シロウが結論づけた。

「スエは?それでエイガかね……?」

「わたし、心配なのです!シンスケさんが、何かするんじゃないか、と……」

「シンスケに何ができる、っていうんだ?スエちゃんの思い過ごしだよ!」

「思い過ごしやないろうけんど……、我々には、どうしようもないことよね……。人間の運命までは、ご祈祷では変えられんキニ……」

「婆さん!それじゃあ、シンスケの身に何か……、つまり、命に関わることが起きる?それが運命、っていうのか……?」

「お師匠さま!式神を使わせてください!」

「式を使うても、助けられる可能性は……、一割以下ゾネ……」

「式神?スエちゃん!それって、安倍晴明が使うという、陰陽道の式神のことかい?スエちゃんが使えるのか……?」

「おや?探偵さん!あんた、安倍晴明や陰陽道の式神を知っチュウガかね……?」

「シロウさん!お願いがあります!シンスケさんを見張ってください!きっと、ナツミさんに変身した白蛇を探すつもりです!それは、大変、危険なことなんです!止めることは、不可能でも、最悪の事態は回避したいのです……!」

「俺に依頼するのか?俺は探偵だぜ!白蛇の妖と闘え!というのか……?」

「いえ!シンスケさんは、どこかの神社を訪ねると思います!その場所へわたしを連れて行って欲しいのです!きっと、水神さまか、龍神さまを奉っている神社のはずですから……」

「シンスケが訪ねようとしている神社がわかったぜ!出かける準備をしている!スエちゃん!一緒に行けるか……?」

二日後、シロウが庵に駆け込んでくるなり、祈祷所を掃除していたスエに声をかけた。

「よくわかりましたね?何処の、何という神社ですか?奉られている神様は……?」

「闇(くら)オカミ神社という、仁淀村にある、小さな神社だ!七つ淵神社に弁財天と共に奉られている神様で、龍神だそうだ!シンスケが図書館で調べていたから、間違いない……!」

「クラオカミノカミ……。オカミとは、龍のこと……。水神系の神様です!仁淀村なら、仁淀川流域。佐川や梼原にも遠くない……。シロウさん!急ぎましょう!すぐ、支度します……」

スエは神棚に奉ってあった白い麻のショルダーバッグのような袋を肩から斜めに掛けると、パンパン!と柏手を打って、小声で真言を唱えた。

表に駐車していたシロウの車の助手席に座ると、無言で眼を閉じた。神経を集中していることを察して、シロウも無言でハンドルを回した。

車は、国道33号線を、伊野方面に向かう。佐川から越知、仁淀村に入った。だが、もう少しで目的地という山道で、急にエンジンが止まった。

「チィ!またか……!修理を頼んで、点検したばかりだぜ!」

「シロウさん!これは、機械の故障ではないですよ!我々の行動を邪魔しているモノが妨害しているんです!荼枳尼天さまの護符があるから、我々を直接攻撃できないので、足止めをしているんです!」

「つまりそれは妖の仕業?妖の縄張りに入ったってことだな……?」

「はい!ここからは、歩くしかないですね!急ぎましょう!」

セルモーターで、車をなんとか道端に寄せて、シロウとスエは山道を地図を片手に進んで行った。

「シロウさん!シンスケさんは、どうやって、神社に行ったのですか?つまり、車なんて、持っていないでしょう?佐川からバスでしょうか?」

「バイクを買ったようだ!中古のホンダの奴をね……」

「じゃあ、先に着いているのかしら……?」

「たぶん、ね……」

「あと、どのくらいですか?距離的に、ですけど……」

「2、3キロだろう?道は、一本道だから、急げば、半時間少々だろう……」

と、地図を見ながらシロウが答えた。

「もう少し先で、少し作業をしてみます!」

「作業?何をするんだ?」

「式神を先に向かわします!少しでも、時間稼ぎになると思いますから……」

二十分ほど山間の道を進むと、前方に集落が見えてきた。大蕨(おおわらび)の集落だ。

「あの辺りですね!妖気が漂っています!」

スエが立ち止まって、集落の右手のこんもりとした木々の立ち並ぶ方を指差した。

「式を放ちます!」

そう言って、肩にかけていた麻袋から、太夫から預かった、様々な色の宝玉を繋げて造られた数珠を取り出し、同時に白い切り紙でできた、動物を型どったモノを右手に捧げた。そして、真言を唱え、その切り紙に、フッと息を吹きかける。切り紙が実体化して、空に上り、光の如く、鎮守の森に疾走して行ったのだ。

「スエちゃん!今のは……?」

と、シロウが震えるような声で尋ねた。

「式神です!ただ、本来は、白虎なのですが、まだわたしの力では、白い山猫程度のモノしかできませんでした……」

「クウッ!邪魔をしたのは、お前たちか……?」

集落の右手奥、鎮守の森に鎮座している古びた社殿の扉の中から、年齢不詳の女性の声がした。

社殿の前の広場で、スエとシロウは立ち止まっている。何故なら、社殿に上る陛(きざはし)に、何十匹かわからない、大小の蛇がトグロを巻いたり、這いずり回っているのだ。

声の主が陛の上に姿を見せた。巡礼衣装を身にまとった、白髪の老婆だ。

「あと少しで、あの男の魂を喰らうことができたのに……、式を使える人間がまだいたとは……」

老婆は赤い眼で、スエとシロウをにらみつけながら、独り言のようにつぶやいた。

「シンスケさんをどうしたのですか?あなたが、白蛇の化身のナツミさんなのですか?」

「フッ!シンスケという男なら、社殿の中だ!わたしを忘れられずに、闇オカミノカミに願をかけたのさ!会わせる代わりに、わたしが龍神となる生け贄になってもらおうという契約をしたのさ!シンスケが精を漏らせば、絶頂のまま、魂を喰らうことができたのに、式の白猫が邪魔をして、精を発射できなかった……」

「ケッ!妖のくせに、男の精液が好きなのか?オメェみたいなババァじゃあ、誰も立たねぇぜ!シンスケは、無事なんだな?それなら、こっちに返してもらう!」

「男!ただの人間のくせに、弁財天のお使いであり、龍神となるべく、修行中の白蛇に盾をつくつもりか……?」

そう言った老婆の口が大きく開かれ、チョロチョロと赤い舌が、その中から飛び出した。

「シロウさん!下がって!ここは、弁財天と荼枳尼天の護符に任せてください!」

スエは、麻袋から、二枚の御札を取り出し、陛の蛇の集団に向けてカードを投げるように飛ばした。その御札が床に落ちると同時に、ボッ!と炎が上がった。火に炙られて、何十匹の蛇たちが狂ったように動き出し、アッという間に、その姿を消してしまった。

「ま、まさか……?人間が作った護符に、我が眷属が怯えて、消え去るとは……?アッ!炎が……!」

陛の上の炎の一部が飛び火のように、老婆の袖に向かって行ったのだ。その炎を避けるように、老婆は床を蹴って、地面に飛び降りた。

スエが真言を唱え、また一枚の護符を老婆に向けて放つ。老婆の袖にそれが触れると、炎が上がった。と、同時に老婆の姿が消えた。

「スエちゃん!危ない!」

シロウがそう叫んで、スエの身体を庇うように、抱きしめた。その肩口に青大将に似た白い蛇。足元に蝮に似た白い蛇が噛みついていた。

シロウは、ベルトの腰に着けていた『ジャック・ナイフ』を取り出し、まず、肩口の蛇の首を切付け、そのまま、腰を沈めて、足元の蛇の頭にナイフを刺し込んだ。

「シロウさん!」

地面に転がっていたスエが叫んだ。

「大丈夫だよ!蛇が相手だから、ブーツは分厚い奴だ!しかし、まさか二匹が合体していたなんて……」

しゃがんでいたシロウが、まず、足元の小さい蛇をナイフで剥ぎ取った。牙がブーツに食い込んでいたが、身体には触れていない。次に、肩口に残った、青大将の首を外そうと、手を伸ばす。

「待って!まだ生きているわ!ナイフを使って!」

スエの叫けぶような声に、手を止め、左手に持ち変えていたナイフを右手に掴んだ。

シロウがナイフの先を蛇の頭に近づけると、ビリビリ!と、肩口の革ジャンの表面の生地が音をたてて切り裂かれ、首だけになった白蛇が宙を舞った。そして、地面に落ちたその首に、斬られて断末魔の痙攣をしていた胴体がスルスルと這い寄り、なんと、元どおりに合体してしまったのだ。

弱々しく、鎌首を持ち上げ、赤い眼で、唖然としているシロウを睨んだ。

「何ってこった!再生しやがったぜ!」

「シロウさん!眼を反らして!眼を閉じて!その蛇に第三の眼が……、邪眼が額に開きかけているわ!」

スエの言葉どおり、鎌首を持ち上げた蛇の赤い二つの眼の上の額部分に亀裂が入り、第三の眼が開きかけていた。

『ユルサヌ……!フタリ……、トモ……、ジゴクニ……』

人間の声とは思えない、唸り声が、白蛇から漏れてきた。

「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ!」

スエが印を結び、真言を唱え、また護符を取り出し、今度は、息を吹きかけるのではなく、首にかけていた宝玉の数珠の中の『翡翠』に護符を当てて、念を込めると、鎌首に向けて、飛ばした。

「グヮッ、ギャア~!」

と、悲鳴とも、断末魔の叫びともわからない音がして、閃光が走った。

「スエちゃん……!」

「スエちゃん……気がついた?」

スエが深い眠りから眼を覚ますと、自分を覗き込む格好の若い女性の顔があった。

「ユ、ユミさん?ここは……?」

「大丈夫?ここは、元、庄屋さんをしていた、大きな農家の離れよ……。西郷さぁ~ん!スエちゃんが、目を覚ましたわ!」

ユミが部屋の外に向けてそう言うと、バタバタと廊下を走る音がして、部屋の障子が勢いよく開いた。

「スエちゃん!」

「西郷さん!何?その格好?」

シロウはズボンのベルトを絞めながら走ってきたようだ。

「ああ、便所にいたんだ……」

「イヤだ!ちゃんと、手を洗った?社会の窓、半開きよ!」

「そんなことは、些細なことだ!スエちゃんの身体に比べれば……!」

「シロウさん……、無事だったのですね……?あっ!シンスケさんは……?」

と、布団の中からスエが言った。

「スエちゃん!喋った!もう大丈夫だな?よし!手を洗ってくる!」

シロウはそう言って、ズボンのファスナーを上げながら、踵を返した。

「プッ!あれが名探偵?まあ、愛娘が意識不明で、三日三晩だから、冷静では居られないでしょうけど……」

「三日三晩?そんなに寝ていたのですか……?」

「そうよ!まあ、診療所の先生の見立だと、極度の疲労だから、眠りたいだけ眠らせろ!腹が減ったら目を覚ます!ってことだったの……。完全に眠り続けたわけじゃないのよ!時々目を開けて、お水を飲みたい仕草をして、お水を飲むと、また眠るのよ……。その繰り返し……。声は全然出さないから……、西郷さん、スエちゃんの魂が食べられたんじゃあないかって……彼、ほとんど寝ていないんじゃないかしら……?」

「そうだったのですか……?それで?ユミさんがここにいるのは?」

「勿論!西郷さんから連絡があったのよ!」

ユミが説明しようとすると、障子が開いて、

「おいおい!病み上がりだぜ!まず食事だろう?スエちゃん!お粥くらいなら、食べれるだろう?女将さんに頼んできたよ!」

と、シロウが言った。

「あら?西郷さん、気が効くのね?スエちゃん、食べられる?」

「はい!よく寝ましたから……、お腹がペコペコです!でも……、シンスケさんのことだけ、教えてください!」

「シンスケ君?ええ、大丈夫よ……」

「心配するな!スエちゃんのお師匠さんが、ご祈祷してくれた!あの婆さんが助かる!と言ったから大丈夫さ!市内の大きな病院で治療しているよ!」

「あら?西郷さん、ご祈祷の威力を信じるんですか……?」

「スエちゃん!ゆっくり食べなよ!お腹がビックリするぜ!」

鶏肉とニラの入ったお粥の三杯目をレンゲで掻き込んでいる少女を、唖然と見ているシロウが言った。

「だって、美味しいんですもの……!こんな美味しい『お粥』は、食べたことありません!」

「あの婆さん!いつもスエちゃんに、どんなものを食べさせているんだ!」

「普通ですよ!お師匠さまは野菜中心で、少食ですけど、牛肉以外の肉は食べるし、生魚の刺身も食べますよ!特に、旬のものを……。『初鰹』は、毎年、漁師さんが届けてくれるし……」

「あら?霊媒師は、お坊さん以上に『生臭(なまぐさ)もの』は、ダメじゃないの?精進料理しか食べないのか、と思っていたわ……」

と、シロウの隣に座って、普通のご飯を食べているユミが尋ねた。

「ああ、神様や仏様が、ナマモノを嫌う、とおっしゃる方もいますけど、祈祷やお祓いは『体力勝負!』ですから……、栄養のバランスが大切なんです!」

「あの婆さんには、神仏の加護や御利益は、いらないのだろうよ!自力で悪霊や妖怪を退治できるんだ!」

「あら?西郷さん!えらく、スエちゃんのお師匠さまの能力を肯定しますね?」

「ああ、似非霊媒師の神妙寺ショウコと付き合っていたから、あの婆さんの能力は『ホンマモノ』とわかるのさ!ショウコは、俺が調べたことを、さも霊視したかのように、水晶玉を撫でながら、客に言うのさ!だが、あの婆さんは、俺の秘密を……、さらっと、世間話をするように……」

「あっ!そうだ!シロウさんの『お子さん』のことですよね……?」

「あら?西郷さん、お子さんがいるの?それより、結婚していたの?」

「なんだよ!俺はいい歳だぜ!警察官だったし、嫁さんはもらったよ!見合いだったけど、な……。娘が生まれた……、『ユリエ』っていう名をつけた……。イヤ!この話は、まだ明かせない!時効に、まだなってないから、な……」

「時効?犯罪者なの?」

「ある意味、俺は犯罪者なのさ……。さあ、俺のことは、そこまでだ!スエちゃん!元気になったようだから、教えてくれよ!あの白蛇を倒した、最後の『オン・マユラ』なんとか、という真言は、何だったんだ……?」

「やっぱり、蛇には『孔雀明王』の護符じゃったねぇ……」

薫的さんの傍らにある庵。仁淀村から帰ってきた、スエとシロウとユミを相手に、お茶を飲みながら、太夫がポツリと呟くように言った。

「スエちゃんが唱えた、『オン・マユラ』なんとか、という真言が、その『孔雀明王』のモノだ、とは訊いたんですけど……、孔雀明王って、どんな神様なんです?」

と、コーヒーカップを片手に、胡座をかいているシロウが太夫に尋ねる。

「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ、ゆう真言かね?孔雀明王さんは、荼枳尼天や弁天さんと同じ、インドの神様よね!女神さんで、毒蛇を喰らうと言われチュウがよ!まあ、密教の世界では、悪霊退治の第一番手、やろうかねぇ……」

「毒蛇を喰らう!そりゃあ、今回の白蛇の化け物には、『ウッテツケの神様』ですね!しかし、あのナツミと名乗った女に変身していた白蛇は、二匹が合体していたのですか?」

と、シロウの横でコーヒーを飲んでいるユミが尋ねた。

「佐川の山に住みついていた、白蛇のレイという婆さんが亡うなった。妖としての才能を譲り受けたのは、一族の中で、二匹。妖になるより、龍神になろうと思って、村を出た。一匹では妖としても半人前やったキ、二匹は合体して人間の女に化けたがよ!それが上手くいったキ、そのまま、龍神になる修行を、したがやろうかねぇ……?」

「龍神になるために、シンスケ君の魂を食べようなんて、神様なんかじゃないわ!悪魔じゃないの……?」

「ああ、『蛇の道は蛇』か……?結局、半人前の妖が、神域に入ろうと、無理をして、外道へ進んだってことだな……?」

「探偵さん!あんたは、その一歩手前を知っチュウろう?」

「えっ?オ、オイ!婆さん!その話は、タブーだ!」

「おっと、そうじゃった!あんたの魂が、アテに訴えかけてくるキニ……。スエと会うことを、禁止センとって欲しい!と……」

「西郷さん!そんなにスエちゃんのことを……?愛娘の域を越えて、恋人以上ですね……?」

「婆さん!それをヤメてくれ!と言っているだろう、が……!」

「大丈夫ですよ!お師匠さまが、反対しても、わたしはシロウさんとお付き合いしますから……。だって、あの白蛇が襲ってきた時、わたしの身代わりになる気でわたしの身体を庇ってくださったのですもの……。ある意味、命の恩人です!それより、シンスケさんの容態はどうなっているのですか?命に別状はない!ってことでしたけど、病院ですよね……?」

「シンスケ君は、命は助かったわ……。けれど、たぶんだけど、妖に生気を吸い取られて、見た目は、八十歳くらいのお爺さんよ!そう、玉手箱を開けた、浦島太郎のようだったわ……」

「ああ、医者が驚いていたよ!シンスケの年齢を訊いてね……。警官に事情聴取をされたけど、まさか、白蛇の妖の所為だ!なんて言えないから、神社に参拝に来て、偶然発見したことにして、スエちゃんが気を失ったのも、シンスケ君が死んでいると思ったからだ!ってことにした。ユミさんがラジオの企画で、心霊現象とかの調査をしていた、という、まあ本当に近いことを証言してくれたから、それ以上、突っ込みはなかったよ……」

「西郷さんは、スエちゃんを救って、スエちゃんが、孔雀明王の護符で白蛇を倒したおかげで、シンスケ君の命は助かったのよ!西郷さんは、ふたりの命を守ったのよ!」

「いや!俺はスエちゃんを守っただけだ!逆にスエちゃんがいなかったら、俺は白蛇に殺られていただろう……。白い山猫の式神!三枚の護符!最後に孔雀明王だ!それと、宝玉を繋げた数珠に何かパワーがあったよね……?翡翠?あれはどんな意味があったんだ……?」

「ほら、ナツミと名乗った女が浴衣と一緒に置いていた『翡翠』があったでしょう?あれは、白蛇がいずれ、魂を食べるために残していた、白蛇のエネルギーに関わるモノなんです!逆にそれが、白蛇の弱点にもなるんです!孔雀明王に、そのエネルギーを加えて放ったから、白蛇はそのエネルギーに耐えきれず、炎上してしまったんです!」

「アテがスエに渡した式神は、白虎になるはずやったガやけんど、山猫くらいの大きさになった……。まあ、その所為で、白蛇は逃げずに──猫と侮って──闘うことを選んだ。式神は敗れたが、かなりの痛手を白蛇に与えられたガよ!シンスケの精を吸い取る力がなくなるくらい、醜い老婆になったキ……」

「ああ、そういうことか……!あんな老婆にシンスケ君が欲情するとは思えないからな……!初めは若いナツミの姿だったんだな……?」

「式神のおかげで、白蛇はその妖力が擦り減ってしまったんです!それで、荼枳尼天さまと、弁財天さまの護符で封じ込めようとしたのですけど、白蛇が最後のアガキをしたので、次は、毘沙門天さまの護符で、退治しようとしました。すると、二匹が分裂して最後の攻撃をしてきたのです……!」

「もう、妖力を使い果たして、ただの野生の蛇の能力による攻撃しか、できんかったガよね……。そやキ、探偵さんのジャックナイフに敗けたガよ!最後に残しておいた妖力で、斬られた身体を合体させ、邪眼を造り出そうとしたけんど、孔雀明王さんには、どうしようもなかったやろうねぇ……!」

「あの時、炎に包まれて、白蛇が灰になったのは、確認したけど、スエちゃんが気を失うし、シンスケ君は、白髪の老人になっているし……。シンスケ君の乗ってきた、バイクで医者に連れて行って、電話を借りて、ユミさんに連絡して……、警官に職務質問を受けて……。何がどうなったか、今やっと確認できたよ……!」

「それと、もうひとつ!お世話になった、元、庄屋さんの飼い猫の三毛猫が三匹、子猫を産んで、その一匹が白い両眼の色が違う、珍しい──オッド・アイという──猫だったのですよ!女将さんが、飼い主を探さないといけない、っていうから、その白猫を貰うことにしたんです!お師匠さま!ここで飼ってもいいでしょう?式神の生まれ代わりのような気がするんです……」

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