第7章 人形と人魚?
第六話 人形と人魚?
「何ゾネ?また、失恋して、尼になる!ゆうガかね?」
今日の予約の客は、三好アイコ。結婚詐欺にあったり、夢の中に出てきた男性に恋をしたり……。何故か、憑き物の鼬(いたち)の妖(あやかし)がオチた後、常連客?になったのだ!
「いえ!あの夢に出てきた男性は、誰かわかったのです!誰だったと思います?」
「山田隆夫さんでしょう?」
と、太夫の隣に座っているスエが答えた。
「ええっ?何でわかるんですか?超能力?神様の御告げ?」
「夢にまで出ている、特別な関係の人、幻ではなくて、現実味のある男性なら、彼しかいないでしょう?彼はなかなか、ハンサムですし……」
「なんだ!『御告げ』じゃなくて、推理なのね?」
「それで?隆夫に逢(お)うたガかね?」
と、太夫は祈祷やお祓いの依頼ではないことを察して、親戚の娘の相談事を訊いてあげるような口調になった。
「逢う……というか……、働いている現場は見ました……」
「あら?隆夫さんは、水産試験場で働いているんでしょ?」
「ええ、その水産試験場に、取材に行って……」
「取材?」
「ええ、わたし、ラジオ局の仕事をしているんです。取材して、番組で紹介するリポーターさんのフォローをする、アシスタントなんですけど……。その番組の企画で、『第一次産業の未来』っていうのがあって、『捕る漁業から、創る漁業!養殖の未来!』をテーマに、水産試験場を取材したんです……」
「なるほど……、それで?隆夫さんと、お話したのですか?」
「いえ!話をするのは、リポーターのユミさんですし、水産試験場のほうは、課長さんが対応してくれましたので、山田さんの声を聞くこともありませんでした……。ただ、眼と眼は合った、と思います!山田さんが、不思議そうな顔して、しばらく、わたしのほうを見ていましたから……」
「なるほど……、隆夫さんも、生霊のアイコさんを覚えているってことですね……?ぼんやりと、でしょうけど……。それで?今日のお話は、隆夫さんとの今後が心配なんでしょうか?」
「あら?違いますよ!太夫さんが、失恋して、尼になる?っていうから……。ご相談は、別のことです!でも、少しは、関係がありますのよ!話はそのラジオ番組と、リポーターの『ユミさん』に関わることですから……」
※
「初めまして!スエと申します!」
アイコに連れて行かれた場所は、街の少し郊外の新興住宅地だった。その一角──一等地とも思える南が開けた土地──に建てられた西洋風の『お屋敷』だ。
アイコによると、ユミは、外国で暮らしていた。今で言う『帰国子女』であるらしい。父親が外交官で、オランダ、ベルギーで十年ほど暮らしたそうだ。この屋敷は、帰国すると同時に、退職した父親が、生まれ故郷で余生を暮らしたいと、建築したものだった。その父親は、現在、癌治療のため入院中とのことだ。
「母は、父の病院に行っているの。わたしひとりだから、遠慮しないで、屋敷内を観察してね!」
ユミは部屋着なのか、オレンジ色のトレーナーに、同系色のパンツ。髪はヘアバンドで、簡単にまとめているだけだ。化粧も本格的ではないし、ルージュも薄い。丸いメガネをかけている。若く見えるが、アイコとそれほど変わらない年齢のようだ。
立派な家具が備わった応接間で、ユミは、この屋敷に何か、悪い霊障があるのではないか?心配している、と言った。父の癌の発症もそうだが、母も頭痛が激しく、健康ではないと言う。この屋敷に来るまでは、そんな傾向はなかった。だから、この屋敷が家族の身体に、何らかの悪い影響を与えているのではないか?と考えていた。
「ラジオの番組の企画で、心霊現象や、恐怖体験を特集しよう、というのが出てね!そしたら、アイコから、凄い『霊媒師』がいる、って話になって……、ラジオで取り上げる前に、わたしの屋敷のことを調べて貰おう……と!」
「つまり、事前に腕前を測る!って企画ですね?」
「まあ、それもあるけど……、本当に、わたし怖いのよ!」
「はい!では、遠慮なく拝見します!特に、隣を……」
※
「それで?隣の部屋に何かあったガかね……?」
と、太夫が尋ねた。
「ええ!スエちゃん、凄いんですよ!あの屋敷の災いの元を、一発で当てちゃったんですから……!」
スエが答える前に、アイコが興奮して言った。
「災いの元?」
「まだ、わかりませんよ!ただ、怪しい妖気は感じました……」
「動物霊カエ?それとも、妖(あやかし)カエ?」
「人形です!」
「そうなんですよ!隣の部屋は、物置?納戸?まあ、狭い物入れのような部屋で、棚があって、色々な物が置いてあるんです!コレクションルームって言うのかしら……?そこに人形がいくつか、飾ってある、というより、仕舞われていたんです!」
「アイコさん!あんたの話はエイキに!スエの話を訊きたいガやけんど……」
「あっ!ごめんなさい……、まだ、興奮しているようで……」
太夫の言葉に、アイコは肩を落として、黙ってしまった。
「人形というのは?西洋人形カエ?」
「青い眼で金髪の人形と、日本の市松人形です!」
「ほほう、二体の人形が、いがみ合いをしチュウガかね?」
「そうです!どちらも古い、年代物で、『付喪神』になる寸前!ってところです!」
「その二体の人形のいがみ合いが、悪い霊を呼んだガかね?」
「そうだと、思います。それで、二体の人形を別々の部屋にきちんと飾るようにしました。西洋人形は、ユミさんの部屋に、市松人形は、元々、お母さまの人形だったそうなので、夫婦の部屋に……」
「うん!まあ、そうするしかないワね!けんど、呼んでしもうた『何かの霊魂』は、まだ残ったままよね……?悪い霊やなければ、災いは収まるろうけんど……」
「けど、二体の人形を別々の部屋に飾ったら、納戸の中の空気が……、気の所為でしょうけど、爽やかになったし、何より、ユミさんの表情が、パッと明るくなりましたよ!スエさんの力ですよ!」
と、アイコがまた興奮気味に言った。
「ほほう、アイコさんにも、変化がわかったかね?流石、生霊になれるパワーがある人やキ、霊障を感じる能力が備わっチュウガやね……?」
「あら?先生!わたしも霊媒師になれるでしょうか?」
「無理やね!あんたは、恋愛欲が強過ぎるキ……。それより、ユミの表情が明るウなったチ、ユミに何か『憑いている?』ってことかね……」
※
「スエちゃん!こんなところで、何をしているんだ?天狗かシバテンが山から下りてきたか……?」
ユミの屋敷を訪ねてきたスエの背中に、男の声がかけられた。
「あら?シロウさん!お久し振りです!シロウさんこそ、こんなところに……?」
ティシャツの上に革ジャン、レイバンのサングラス姿の私立探偵のシロウが、カワサキのバイクを停めて、立っていた。
「もちろん!仕事さ!」
と、サングラスを外して、胸ポケットに入れながら、シロウは答えた。
「仕事?探偵さんですよね……?ボディーガードじゃなくて……」
「そう、だが、事件じゃないよ!普通の探偵事務所に依頼がくるのは、八割が『浮気調査』なんだ!」
「浮気調査?それで、ここへ……?ホテル街じゃなくてですか……?」
「ははは、調査完了の報告さ!おっと、これは内緒だぜ!この屋敷のマダムが依頼人なのさ!」
「この屋敷のマダム?じゃあ、浮気の疑いがあるのは、そのご主人ってことですか?ユミさんのお父さん……?まさか、癌で入院中ですよ……!」
「おや?スエちゃんは、この屋敷の住人を知っているのか?まさか、この屋敷に、ショウコの好きな『悪い霊』でも憑いているんじゃあないだろうね?」
「実は……」
と、スエが言いかけるところに、タクシーが坂道を登ってきて、ふたりと、屋敷の間、屋敷の玄関前に停まったのだ。
そして、女性がふたり降りてきた。
「あっ!ショウコ!なんで、おまえがここにくるんだ?」
車から降りてきた、尼僧姿の女性に、シロウが驚いて、声をかけた。
(噂をすれば、影が射す……か……?)
と、スエはシロウとショウコの両方に視線をやって、心の中で呟いた。
「あら?シロウにスエちゃん!珍しいカップルに珍しいところで逢うわね!でも、これは、わたしの守護霊のお導きね!きっと、あなたたちふたりの力が必要になるのよ……!さあ、奥さま!参りましょう!このふたりは、わたしの助手!普段は『探偵』などしていますけど、霊障にも、強いのですのよ……、ほほほほ……」
※
「それで?ショウコは何をしたガゾネ?いや!それより、何で、探偵さんがスエと一緒に居るガゾネ……?」
ユミの屋敷から、スエはシロウのバイクに乗って帰ってきたのだ。そして、ショウコがユミの母親と一緒に現れたところまで、太夫に話したところだ。
「いや!たぶん、俺が調べたあの屋敷の家族の情報が役に立つと思ってね……」
「ショウコさんは、ユミさんのお母さまに頼まれて、屋敷の霊障を調べにきたそうです……」
太夫の質問に、シロウとスエが同時に答えた。
「そイたら、探偵さんから、話して貰おうかね……」
「そうですね!時系列で言えば、まず、浮気調査が最初みたいですから……」
「ああ、依頼を受けたのは、十日前だ!直接、俺の事務所に、榊原紫野と名乗る女性が訪ねてきて、夫が浮気をしているようなので、調べて欲しい、と依頼された。夫の名は『榊原正章』、ちょっと渋い中年の写真を渡された……」
正章は、五十代後半、外務省の役人で、ヨーロッパの大使館に派遣された後、帰国を機に、外務省を退職、地元の大学で、臨時の講師として、週に三日ほど大学に通っていた。そこで、シロウは大学の正門前の喫茶店で、正章の帰宅を待っていたのだ。ところが、正章は、講義が終わった後、急に腹痛を訴え、そのまま、救急車で、病院に運ばれて行ったのだ!
「検査の結果、胃に腫瘍が発見された。まだ、初期の段階で、胃を半分ほど切開して、切り取ることになったんだ……」
「それで?正章は、浮気をしチョッたガかね?」
「大学の職員や、正章の講義を受けている学生に当たったんだが……、浮気の『ウの字』もない!ただ……」
と、シロウは言葉を濁した。
「ただ?何か引っ掛かることがあるガかね?」
「いや!浮気の証拠はないんだ!ただ……、それなら、紫野はなんで浮気調査を依頼したんだろう?と思ってね……。何処かに、兆候、つまり、疑わしい行動があったのか?正章は大学以外には、外出していないようだ!酒の付き合いもない。浮気する時間がないんだよ!それなのに、妻から浮気を疑われている……?」
「奥さまは大学内で浮気している、と思ったのでしょうね?例えば、ワイシャツに口紅が付いていた!とかで……」
「残念でした!それは、依頼された時に確認している。夫の浮気に繋がる証拠の有無を訊いたんだ!口紅はすぐに浮かぶからね!でも、それはないと言った……。ただ、女の勘で、『女ができた!』と感じるそうだ!」
「なるほど、妻以外の女の匂いがするわけヤね?」
「ええっ!お師匠さま!その『女の匂い』は、『妖の匂い』ってことですか……?」
「そう考えたら、つじつまが合うろう?」
「じゃあ!妖はメスなんですね?」
「おい、おい!正章の浮気の相手が妖だって言うのか?それじゃあ、癌になったのは、妖の所為ってことかよ!怪談噺だぜ!」
「スエ!ショウコは、紫野から、何をして欲しいと、頼まれたガゾネ?」
シロウの言葉は、ほぼ無視されて、太夫は、スエに話題を転じた。
「わたしがユミさんから頼まれたことと同じです!屋敷に霊障があるみたいなので、お祓いをして貰いたい!と……」
「それで、ショウコはどう対処したガゾネ?」
「一応、部屋を見て回って、キッチンに御札を貼りました……。たぶん、あれは、火避けの神様の御札だと思います……」
「なるほど、それなら、害は起こらんろう……、お祓いには、ならんケンド……」
※
「紫野さん!浮気調査の最終報告に来ましたよ!ちょうど、ユミさんもいらっしゃる。ご家族の大事なことですから、一緒にお訊き頂きたいのですが、かまいませんね……?」
榊原家の応接間には、探偵のシロウとスエが、並んでソファーに座っていて、その前には、紫野。そして、紅茶のカップをテーブルに差し出している、ユミがいる。そのタイミングで、シロウが会話をスタートしたのだ。
「ええ、かまいませんよ!ユミさん!大事なお話のようだから、一緒に訊いてくれるわね?」
と、紫野が言って、ユミを自分の隣に座らせようとした。
「あっ!その前に、お隣の部屋をもう一度、見せて頂けますか?ある品物をテーブルの上に持ってきたいのです……」
ユミがソファーに座りかけた時、スエが声をかけた。
スエとユミが隣のコレクションルームから持ってきたのは、コペンハーゲンにある、アンデルセンの童話の主人公『人魚姫』のブロンズ像のレプリカだった。
「あら?これは、主人が帰国する前日に、蚤の市で見つけて、買ってきたものですわ。この像が何か……?」
「奥さま!浮気調査の結果、ご主人に外で逢い引きしているような女性は、居りませんでした!」
人魚姫の像については、紫野の質問は無視され、シロウが会話を始めた。
「大学の中には、学生以外に、対象となる女性はなく、ご主人の講義を受けている学生にも、まったく、その兆候はありませんでした。ご主人は、通勤中は、何処にも寄り道をせず、女性と会瀬をする時間は作れません。女性の影はまったく、感じられませんでした……」
「でも、主人が入院する前のことを、調べることができたのですか?」
と、紫野が尋ねた。
「ご主人は、講師で、助教授の方と、同じ部屋を使っているんです。その方から、証言をいただいていますし、助手の大学院生にも確認してきました。ご主人の周りには、会話を交わす女性すら、いないそうです……」
「そんなはずはないわ!女性の残り香がありましたのよ!しかも、三日連続で……」
「ええ、ですから、外では、女性の影は感じられないのです……」
「外には?では、屋敷内で浮気をしているというのですか?生憎ですけど、我が家には、メイドなど雇っていませんよ!家事は、わたしとユミがしておりますから……?まさか……?主人が娘と、なんて、申しませんよね……?」
「わたし?まさか!わたしは男には、不自由していないわ!特定の彼は、いないけど、ね……」
「ご主人は、人間の女性と関係を持っているのでは、ありません……」
と、ここで、スエが初めて言葉を発した。
「人間ではない?それは、幽霊とか、妖とか、という意味なの?この屋敷にそんなモノが住み着いているわけがないわ!築、二年の屋敷なのよ……!まあ、わたしも気になって、霊媒師の神妙寺さんに来て貰いましたよ!でも、怪しい霊障は、見つかりませんでしたよ……」
「霊というモノは、人間には見えないモノなのです!しかも、見つからないように、別の物に隠れています……。このお屋敷自体は新しいですが、古い物が仕舞われています!紫野さまの『市松人形』、ユミさまの『アンティーク・ドール』、そして、この『人魚姫のブロンズ像』です……」
※
「それで?その『人魚姫』がどんな悪さをシユウガゾネ……?」
シロウに送られて、帰ってきたスエに、太夫が尋ねた。
「人魚姫の像には、作者の奥さまの嫉妬心が詰まっていました!あの像は、モデルがあって、顔はバレエのプリマドンナ。でも、身体は、奥さまがモデルになったそうです!自分の顔でないことに、奥さまはずっと違和感を持っていらっしゃった。本物のブロンズ像は、海の上ですから、特定の誰かの物にはならないのですけど、レプリカは、個人の所有になり、その所有者に愛されるのです!身体は自分でも、愛されるのは、顔の部分のプリマドンナ……。持ち主が変わるごとに、奥さまの怨念が、増殖されて行ったようです……」
「俺に言わせりゃ、あの像は、顔じゃあなくて、身体、特に──本来、魚の鱗で覆われた、下半身と尾鰭が、人間の足になっているんだ!──その足が魅力的なんだよ!人魚というより、『ビーナスの誕生』という絵に近いようなんだよ……」
と、シロウが男性の目線で語った。
「そうなんです!ご主人の正章さんもその足に魅せられて、蚤の市で買ってこられて、一人の時に、足を撫でながら、像に語りかけていたようなんです!」
「それで、像に籠っていた、作者の妻の怨念が、逆転して、正章に恋をしたのカエ?しかし、実体が無いニ、どうやって、男女の中になれたガゾネ?」
「紫野さんに憑依したんです!」
「な、ナント!ソイタラ、浮気の相手は、自分かよ!なんで、気付かんかったがやろう……?」
「わたしには……、よく、わかりません……」
「つまり、憑依された紫野は、二重人格になって、エリーネという、作者の妻の人格が現れたんだ!匂いまで、エリーネの匂いがしたんだろうな!人魚だから、最後の行為まではしていない。まあ、正章ができない身体だったかもしれないがね……。人格が紫野に戻っても、紫野は、まったく、意識がないってことだろうね!」
「つまり、正章さんの身体に、エリーネという女性の匂いがついた……。それを、紫野が浮気をした、と思った!そうゆうことナガやね?それで、アテが渡していた、人形の付喪神を封じ込める『御札』は使コウたガかね?」
「市松人形と西洋人形の着物の中に入れておきました。一年すれば、外しても、もう付喪神にはならないはずです!それで、屋敷の霊障は収まりました……」
「人魚姫の像は、どうしたゾネ?」
「骨董屋さんに引き取って貰いました!ご主人が入院中なので、エリーネさんも表には出て来ませんし、正章さんに足が綺麗で魅力的だ!と言われたので、モデルのプリマドンナに対する『嫉妬心』も消えたようです……」
「骨董屋ねぇ……。なんチュウ名前の骨董屋ゾネ?」
「確か……」
スエは名前を思い出せない。
「立花屋!熊蔵という、狐顔の、元女衒がやっている、本丁筋にある店だ!ただし、今は、心を入れ替えて、真面目な商売をしている!近所に有名な『はちきん女将』がいて、眼を光らせているらしい……」
「おや!お寅さんの知り合いカヨ!また、よりによって……」
※
「へえ……!『人魚姫の像』にそんな霊魂が憑いていたんですか……?」
そう言ったのは、山田隆夫だ。彼は、近所の桃子婆さんのアパートに下宿しているから、ご近所さんではある。今日は、久しぶりの休みだったようで、薫的さんにお詣りに来たらしい。
つまり、夢の中にある女性が現れ、どうやら、現実味のある人間のようなので、逢いたくなって、神頼みに来たのだ。
その帰り、ふと太夫の庵を見ると、革ジャンにサングラスの見慣れない男が出てきた。もちろん、シロウという探偵を彼は知らない。だから不審に思い、庵を訪ねると、人魚姫の像の話になったのだ。
「そうだ!隆夫さんは、海の生き物に詳しいのでしょう?人魚って本当にいるんですか?」
と、スエが尋ねる。
「スエちゃんが思っている、人魚姫のような生き物はいないね!上半身が人間で下半身が魚という、半魚人は、想像上の生き物だよ!」
「でも、西洋でも、日本でも、目撃情報があるんでしょ?確か、江戸時代のかわら版に載っていたり……。そうだ!人魚の肉を食べて、不老不死になった女性がいましたよ!」
「八百比丘尼のことだね?まあ、日本各地に伝説はあるけど、人魚の肉を食べたかどうかは、疑問があるねぇ。よく考えてよ!上半身が人間だったら、呼吸は肺呼吸だろう?エラがないから、水の中では呼吸ができないんだ!つまり、クジラやアシカのように、海面に浮上して呼吸をしなければならない。それなら、もっと目撃情報があるはずなんだ!種として、繁栄するなら、ある一定以上の数がいるからね……」
「じゃあ、何かの見間違いなんですか?」
「うん、西洋の人魚は、海生哺乳類のジュゴンだと言われている。ただ、日本近海には、たぶんいないねぇ……」
「じゃあ、日本の人魚は?」
「アシカかアザラシか……?いや、実は、珍しい生き物がいるんだ!僕はそれが日本の人魚だ!と思っているんだがね……」
「へえ!隆夫さんが人魚と間違いそうなと思っている生き物がいるんですか?」
「ああ、深海に住んでいるから、めったに姿は現れない!たまに、底引き網にかかることがある……」
「深海の生き物?人魚姫と同じですね?何という名前ですか?」
「『竜宮の遣い』と、呼ばれている……」
「リュウグウノツカイ?乙姫さまの家来みたいですね……」
「うん!不思議な生き物だよ!」
「海の中って、まだまだ、未知の世界なんですね……。そうだ!隆夫さん!」
「なんだよ?急に!」
「薔薇の香りのする魚、っていませんか?」
スエは、物部川の集落に住む、シズという娘が会った、『薔薇の香りがする』小さな魚のことを思い出したのだ。それを見つける約束をしていたのだ。魚に詳しい隆夫なら、何か知っているかもしれない、と思ったのだ。
「薔薇の香り?魚には、それぞれ、匂いがあるけど……。中国には、『香魚』という魚がいる。日本の鮎のことだね……。鮎は、その生息する川によって、香りが違うそうだ!スイカの香りがしたり、中には、メロンの香りがする!と言った人もいるそうだよ!だから、その鮎が住んでいる場所に、薔薇の花が沢山咲いていて、その花の香りが水に溶け込んでいたら、薔薇の香りのする鮎もいるかもしれないね……」
「鮎?物部川には、沢山いますよね……。野薔薇も咲いているし……」
(シズちゃんが出会った、『薔薇の香りがするメダカのような小さな魚』は、鮎の稚魚だったかもしれない……)
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