第2話 王の娘

「お……王の娘っ!?!?」


 驚く俺を見てさらに驚くレカと名乗った彼女。


「えっと……もしかしてこの国の人じゃない?」


「え、あ、その……うん……一応違う……かな?」


「なんだ〜先に言ってよっ!」


 レカは俺の背中をバシバシと叩く。


「てか……王女の君がこんなとこに1人で来て……大丈夫なの?」


 叩かれながら質問をした。素直に感じたことだ。もっとこう、なんて言うか、王女は護衛とかなんなら街に出れないとか、そういうことがあるものだと思ったからだ。


 そう言えば、あの俺を吹き飛ばしたブレクとか言われてたやつは王下騎士団とか何とか言われてたよな?


「大丈夫じゃないよっ! でも、逃げてきたっ!」


 にへらと笑うレカの表情を凝視する。質問の返事なんてどうでも良くなるくらい、彼女の笑顔は素敵だった。


 何も答えない俺に気が付き、「おーい」とほっぺを叩くレカ。そこでやっと理性を取り戻し、「逃げてきたの?」と返事をした。


「そうなんだよね〜。半年ぶりの成功っ! ……てか、君の名前は?」


「えっと……ソラだよ」


「ソラ君かっ! 私、星見るの好きだよっ!」


 ニコニコしながらピースするレカに少しドキッとする。苗字までバレたのかと思った。


「どうして俺なんか……助けてくれたの?」


「どうしてって……助けて欲しそうにしてたから。それ以外に理由いるの?」


「でも俺……無魔法ノースキルだし……あっ」


 無魔法ノースキルという言葉を安易に使ってしまったことを後悔する。3日間飲まず食わずの俺には正常な判断が出来ていなかった。


 きっとこの世界での無魔法ノースキルという単語は完全タブー。この3日間で痛いほど分かった。


無魔法ノースキルだから死にそうな人助けないとか、そう言うの私嫌いだしっ! あと、死んじゃった母様かあさまがよく言ってたんだっ。この世に助けを求めているのに助けちゃ行けない人なんて居ないって!」


 またにへらと笑う彼女。初めてだ。初めてこっちの世界で人として扱って貰えた気がしたのは。


 涙は出なかった。身体の水分はもうとっくにそこを尽きようとしている。一滴も無駄には出来ないという身体の意志を感じる。


「ありがとう」


 涙の代わりに出たこの言葉は、きっと生涯超えることの無い感謝が詰まっていた。


「てかソラ君、何日お風呂入ってないの?」


「あ、え、えっと……3日かな……飲み食いも……」


「やっぱ清潔じゃない人はだめっ! 無魔法ノースキルとか関係なしにだめっ! ほら、着いてきてっ!」


 そう言い放ったレカは俺の腕を掴まみ、走り出した。まだ少し身体を動かすのが難しい、とか思ったが、そんなこと考えずに走って着いて行った。


 ☆☆☆


「お、レカ様。お久しぶりじゃの」


「おっちゃんっ! 今日は2人部屋夜までのフリータイムでっ!」


「はいよ。今日も国王様には……内緒でな」


「ありがとうっ! あ、えっと……いくら?」


「いいよいいよ。久しぶりにレカ様と会えたしな。はい、104号室じゃよ」


「ありがとうおっちゃんっ! ほら、ソラ君行くよっ」


「う、うん……あ、ありがとうございます、おっちゃんさん」


 訳も分からず連れてこられた場所はホテルなのか銭湯なのかよく分からない場所だった。

 言い渡された104号室へと向かい、先にレカが中へと入る。俺も後ろから着いていき、中へとはいると、そこはネットカフェ位のスペースにもうひとつ部屋があり、その扉を開けると脱衣所とシャワールームが備えつけられていた。


「あ、ここに手かざしたら魔力感知して綺麗なお水も飲めるからちゃんと飲みなねっ」


 そう言ってレカはウォーターサーバーのようなものに手をかざし、グラスに水見注いでゴクゴクト飲み始めた。

「はぁ! うまいっ!」と言いながらもうひとつのグラスに水を注ぎ入れ、俺に「ほいっ」と渡してくれた。


 3日ぶりの水は死ぬほど美味かった。ここで初めて涙が出る。


「あわわわっ。何泣いてるのっ! 泣かせたみたいだから早くシャワー浴びちゃってっ!」


「う、うん……」


「ご飯はおっちゃんに頼んどくからっ!」


 俺はレカに背中をおされ、シャワールームへと向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、シャワールームに入る。そこにはシャワーと石鹸のようなものだけが完備されていたが、どのようにして水を出せばいいのか分からなかった。


 少し周りを見渡すと、小さく赤と青に光る石を見つけた。まずは青く光る石に触れてみる。


「冷たっ!!!」


 シャワーから勢いよく冷水が飛び出してきた。目にも止まらぬ早さでもう一度青く光る石に触れ、水を止めた。


 ……じゃあ、赤い方が。


 次に赤く光る石に触れてみる。


「あっつ!!!」


 まぁそうだよな……

 次はとてつもない熱湯が吹き出してきた。またまた止める。


 これどうすればいいんだよ……あ、もしかして……


 次は両手を使い、両方の石に触れる。すると、まぁなんと。丁度いい温度のシャワーを作ることに成功した。


 俺はゆっくりシャワーを浴び始める。


 たまたまレカに助けて貰えたのは良かった。でも、たまたまだ。これから俺はどうすればいいんだろうか。分からないことも沢山、いや分からないことしかない。文字も読めなければお金の稼ぎ方も分からない。


「……考えても今は無駄か」


 俺は考えることをやめ、黙々と頭と身体を洗った。泡を流し終え、シャワールームを出る。備え付けのタオルで身体を拭いていると、外から声が聞こえた。


「ソラ君……上がった?」


「え、あ、うん……上がったけど……どうした?」


「い、今になって思ったんだけど……ソラ君って怖い人じゃないよね……? 心配になっちゃってこうやっておっちゃんの所連れてきちゃったけど……」


 考えてみればそうだ。レカは王女。まずこの状況がおかしい。多分バレたら即死刑だろう。

 加えて見ず知らずの男と密室に2人きり。怖くなるのも無理は無い。てか、当たり前の反応だ。


「ごめん。多分怖い人では無いけど……髪の毛乾かしたらすぐどっか行くよ。助けてくれて……ありがとう」


 俺はそう伝えた。心のどこかではもっと彼女と話したい、仲良くなりたい、そんなこと思っていた。

 でも、レカはきっと優しすぎるから。ズルズル一緒にいたらダメだ。彼女の為にも俺の為にもこれが1番丸く収まる行動だろう。


 また1人かぁ……頑張ろ……


 そう思いながら服を着ようとすると、一瞬扉が開きなにか投げ入れられた。


「ソラ君の服汚くなってたから……これ着なっ!」


「え、あ、ありがとう……で、でも……」


「ソラ君は悪い人じゃないよっ。私と対等に話してくれる人なんて初めてだから……もう少しお話したいなっ」


 俺は安堵した。この気持ちはきっとこの国の人たちからしたら良くないものだろう。でも、でも。今の俺には。


「うん!」


 すぐに服を着て脱衣所を出た。

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