後編
「チョコがない!」
慌てて辺りを見回すと、少し離れたところに、一匹の狸がいた。
そしてその狸の手には、無くなってたチョコがあった。
「あーっ!」
私が叫ぶと、狸はくるりと背中を向け、一目散に走り出す。
「あいつは、小豆洗い狸!」
「なにそれ? 小豆洗いなら聞いたことあるけど、後ろに余計なものくっついてるんだけど!」
「俺と同じ妖怪の里の仲間だよ。小豆洗いの伝承は日本各地にあるけど、その中には正体は狸が化けたものってのもあるんだ。その伝承の元ネタがあいつ。多分、小豆洗いだと見た目は普通のおじさんだから、それよりは狸の方がいいって作者が判断したんだ」
「突然のメタ発言!」
とにかく、とられたチョコをそのままにはしておけない。私も木葉も、小豆洗い狸を捕まえるため、揃って走り出す。
狸が本気で走ったら、人間の私じゃまず追いつかない。
だけど、烏の妖怪である木葉が本気を出したら別だ。
私より少し前に出た木葉が、そこで一気に羽を広げて羽ばたいた。
「待てーっ!」
空を飛ぶ木葉は、狸を追い越し、立ち塞がるように前に立つ。
走っていた狸は慌てて立ち止まるけど、その隙に、私は後ろから飛びついた。
「ギャッ! お助けーっ!」
「だったらチョコを返しなさい! それは私の! それに、木葉にあげるやつなんだからーっ!」
ギューッと両手で押さえつけると、狸は最初ジタバタと暴れて、それから観念したようにガックリと肩を落とした。
「で、どうしてチョコをとったりしたの?」
「それは……」
小豆洗い狸を捕まえチョコを取り返したのはいいけど、なんでとられたのか理由がわからなきゃ、どうも釈然としない。
そう思って聞いてみたけど、口ごもってすぐには答えようとしなかった。
「小豆洗い狸、正直に答えてくれないなら、リアルカチカチ山の刑を下そうか。背中に火をつけられ、火傷の痕に味噌を塗られ、最後は海に沈められる。どこまで耐えられるかな?」
「ひぃぃぃぃっ!」
恐ろしいことをサラッと言う木葉。いくらなんでもそこまでする!?
「俺が志保のために一生懸命頑張って作ったチョコが台無しになるところだったんだ。理由も話せないようなら、これくらいは当然」
「怖っ! あんた、どれだけあのチョコに思い入れがあるのよ」
「言います! だからどうかカチカチ山だけはご勘弁を!」
私でもドン引きするくらいの怒りは、狸にとっても効果は十分だったらしい。
顔を真っ青にしながら、こんなことした理由を語り始めた。
「ご存知の通り、ワタシは小豆洗い狸という、小豆を洗う妖怪です。小豆といえば、昔ながらの和菓子の定番じゃないですか」
「うんうん。それで?」
「しかし、最近、木葉さんから外の世界の話を聞いて思ったのです。世界には他にも色んなお菓子がたくさんあるし、新しいお菓子も日々生まれていっている。なのにいつまでも小豆一筋じゃ、時代に取り残される。もっと色んなお菓子を知って、アップデートしなければと」
「えっと……それで?」
「ちょうどいいところで木葉さんがチョコを持っていたので、まずはそれを食べて勉強しようと思ったのです。名前もこれを機に、小豆洗い狸から、チョコレートもぐもぐ狸にでも変えたらオシャレかなと思ったのですが、どうでしょう? いずれは、マカロンパクパク狸や、マリトッツォムシャムシャ狸を目指そうかとも思ってます」
「ただ食い意地が張ってるだけじゃない!」
思った以上にくだらなすぎた。そんな勝手な理由で人のものとらないでよね。
これには木葉も呆れ顔だ。
「チョコがほしけりゃ、多めに買って余ってるやつがあるから、それを食べな。けど志保のはダメ。次にそんなことしたら、今度こそカチカチ山にしてやるからな」
「は、はい! わかりました!」
チョコをもらえると知って納得したのか、カチカチ山が怖いのか、狸はアッサリ頷くと、すぐにその場を去っていった。
「とんだ災難だったね」
「まったくよ。チョコ、かなり激しく動かしてたけど、割れてないわよね?」
あの狸、逃げる時かなり激しく動いてたけど、大丈夫かな?
そう思ったけど、見たところ、なんとかチョコは無事っぽい。
よかった。
ホッと息をつくけど、そこで、木葉がこっちを見てなにやら笑っていることに気づく。
「なによ、ニヤニヤして?」
「いや。志保が持ってるチョコ、ひとつはさっき俺があげたやつだよね。じゃあ、もうひとつは何なのかなって思って」
「あっ……」
しまった。
取り返すのに夢中になってすっかり忘れてたけど、木葉のために作ったチョコレート、しっかり見られてたんだ!
あの狸、やっぱりカチカチ山にしてやればよかった!
「それも、チョコレートだよね。なんで持ってるの?」
「そ、それは……」
こいつ、絶対わかってて言ってるわよね!
この流れで、あんたのために作ったって言うのは、なんだか癪だ。
けど、なんでもないとか自分用とか言っても、照れてるって言ってくるに決まってる。間違いない。木葉がそういう奴だってことは、長年の経験で嫌ってくらい知ってるの!
はたしてその二択で、どっちがマシか。
「……………………あんたに渡すためよ」
「えっ? なんて?」
「だ・か・ら! あんたに渡すためだって言ってんの! ほしくないなら、今すぐ私が食べるからね!」
「わっ、待って! ほしいから! すっごくほしいから!」
箱のラッピングを破るポーズをとると、木葉が血相変えて止めてきたから、押し付けるようにそれをわたす。
なに、この渡し方。ムードも何もないんだけど!
なのに木葉は、そうして受け取ったチョコを、まるで宝物のように眺めていた。
「志保からの本命チョコ! 大切にするからね」
「しなくていいから。帰ったらさっさと食べなさい」
「いや、簡単に食べるのはもったいない。そうだ、ちょうど社があることだし、そこに飾っておこう。御神体は邪魔だからどかそう」
「やめなさい罰当たり! 私まで祟りにあったらどうするのよ!」
「ホワイトデー、期待していてね」
「それは、私からのお返しも期待しているってプレッシャー?」
見てるこっちが恥ずかしくなるくらいのはしゃぎっぷり。
これは、ホワイトデーも大はりきりで何かしようとしてくるわね。
けど私にとって、それはやっぱりプレッシャー。
だって、木葉からもらったチョコレート、私が作ったのより、形もラッピングも凝ってるんだもん。
あと多分、味だって木葉の方がおいしい。
木葉のことだから、そういうの関係なく本気で喜んでるんだけどさ、何もかも負けてちゃ、やっぱり悔しいじゃない。
「ホワイトデーでは見てなさいよ。アンタよりいいもの作ってやるんだから」
木葉に聞こえないくらいの小さな声でする、宣戦布告。
って、バレンタインやホワイトデーって、そんな風に競い合うものじゃなかったわよね。
私は私で、変に拗らせているのかも。
そうなったのも、全部木葉のせいなんだからね!
志保と木葉のバレンタイン 無月兄 @tukuyomimutuki
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