志保と木葉のバレンタイン

無月兄

前編

「さて、どうしたものか」


 調理器具。お菓子のレシピ本。そしてチョコレート。

 台所に並べたそれらを眺めながら、私、朝霧志保は、一人つぶやく。


 今日は、2月13日。当然、明日は2月14日。つまりその、バレンタインだ。

 バレンタインの起源がどうとか、世界的にはどういう日だとかは置いといて、ここ日本では、女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る日だ。


 いや、別に恋愛として好きってわけじゃなくても、友チョコだったり、女の子同士で贈ったりすることももちろんある。けど一番イメージするのは、やっぱり女の子から好きな男の子への本命チョコよね。


 その、イメージが問題なの。


「もしも私がチョコを渡したら、まるでアイツのことが好きで、本命チョコを贈るみたいになるじゃない。そりゃ、確かに私とアイツは付き合ってるわよ。一応、彼氏と彼女よ。だから、贈っても不思議でもなんでもないんだけどさ、そんなことしたら、『俺のために一生懸命作ってくれたんだ。そっかそっか、そんなに俺のこと大好きなのか』なんて言いそう。なんて言うか、それは、恥ずかしい。あと、ウザイ!」


 目の前で喜びまくる姿が、ありありと想像できる。

 いや、喜んでくれること自体はいいんだけどさ、それで調子に乗られたりしても困るから、やっぱり渡すのやめようかな。


 けどあいつ、こういうイベント事って大好きだからな。渡さなかったら渡さなかったで、すっごく落ち込みそう。ズーンって肩を落としてしょんぼりしそう。

 それは、ヤダな。


 も、もちろん、落ち込んだらかわいそうとかじゃなくて、目の前でそんなの見せられたらめんどくさいってだけなんだから。


 さあ、どうする? どうする?


 なんて悩んでると、私の独り言を聞きつけたお母さんがやってきた。


「志保、ひとりでなに騒いでるの。夕飯の用意があるんだから、バレンタインのチョコ作るならそれまでに終わらせなさいね」

「べ、別に、バレンタインチョコ作ろうとしてるわけじゃないわよ!」

「えっ、違うの? こんなに用意してるのに?」

「それは……」


 しまった。チョコを作るって言っても、義理チョコや友チョコって言えばよかった。


「まさか、志保がこんなことするようになるなんてね。うまくいったら、相手の子紹介してね」

「だ、だから、そんなんじゃないってば!」


 声をあげるけど、お母さんは私の言葉なんて聞かずに、さっさと台所から去っていく。


 はぁ〜

 こうなったら、もう作るしかなさそうね。


 これでまだ悩んでたら、またお母さんに何か言われそうだから。


「ま、まあ、作っても必ずアイツに渡さなきゃいけないってわけじゃないしね。いざとなれば、自分で食べればいいだけだから」


 それにしてもお母さん。紹介してなんて言ってたけど、それはちょっと、いやかなりハードルが高いかも。


 だって、私の彼氏である木葉は、人間じゃないんだから。








 私は、小さい頃から妖怪を見ることができた。

 そのせいで怖い思いをしたし、周りから変な奴って言われたこともあった。

 それが、なんやかんやで今はその妖怪と付き合い彼氏彼女になってるんだから、世の中何が起きるかわからない。


 そんな、私の彼氏である木葉は、近くの山に住む白い烏の妖怪だ。


 一夜明けた2月14日。私は木葉に会うため、彼の住む山へとやってきていた。

 この山には妖怪の住む隠れ里があって、その近くの社で会うのが私たちの定番になっていた。


「さて。このチョコ、どうやって渡すか。そもそも本当に渡すかどうか……」


 昨日あれからチョコを作って、こうして持ってきたのはいいけど、この期に及んでまだ渡すか迷ってた。

 作っておいてなんだって言うかもしれないけど、付き合ってるっていっても、私はまだまだカレカノ初心者。

 ただ渡す。それだけのことでも、色々緊張するの!


 ちなみに、妖怪っていうといかにも和風、昔からの日本って感じだけど、木葉はバレンタインのことは、多分知ってる。


 何しろアイツ、妖怪専用の裏ルートでスマホを入手していて、外の情報もネットで調べ放題。

 ハロウィンの時は同じく妖怪ルートで入手した魔女のコスプレグッズを私に着せようとしたし、11月11日はポッキーの日ってことまで知ってた。

 そういえば、アイツがやってるアプリゲームでバレンタインイベントやってたから、絶対知ってるわ。


「そうなると、今日はめちゃめちゃ期待してそう。これで無いなんて言ったら、この世の終わりってくらい落ち込むかも。それは、いくらなんでもかわいそうよね」


 なんてブツブツ言ってたら、急に後ろから声をかけられた。


「やあ、志保」

「ふぇっ! こ、木葉!?」


 いつの間にいたのか、気がつけば私のすぐ後ろに、背中に白い羽を生やした着物姿の男の子が立っていた。

 これが、木葉だ。


「いきなり出てきて脅かすのやめてって、いつも言ってるでしょ!」

「えぇ〜っ。志保が勝手に驚いたんじゃないか。1人でブツブツ言ってた、俺が近づいても全然気づかないんだもん」

「そ、そう?」


 チョコを渡すかどうか考えすぎて、周りが見えなくなってたのかも。


 そのチョコはというと、木葉が出てきたところで、咄嗟に背中に手を回して隠した。

 けどこれはまずかったかも。会ってすぐ勢いで渡せばよかったのに、一度こうして隠しちゃうと、出すのに勇気がいる。


 ど、どうしよう。

 すると、そんな私の葛藤なんて少しも気づいてないみたいに、急に木葉が両手を前に差し出してきて。

 そしてその手の平の上には、ラッピングされた箱がある。


「はい、志保。今日はバレンタインだから、チョコ作ってみたよ」

「いや、アンタが渡すんかい!」


 木葉のことだから、バレンタインを楽しみにしてるだろうなとは思ったわよ。思ったけど、作る側なの!?


「あのさ、こういうのって、普通女の私が作って渡す側じゃないの?」

「えぇーっ、なにそれ? 海外じゃ男から贈るってところもけっこうあるし、ジェンダーがどうこう言われてる現代で、男だから女だからで区別するのは古臭いよ」

「日本の妖怪のアンタが海外や今どきの事情を話すと、違和感あるわね」


 けどまあ確かに、言われてみれば、チョコを渡すのが私じゃなきゃいけないってことは、ないわよね。


「それに志保はツンデレだから、恥ずかしがって作らない、渡せないってことも十分考えられるからね。けど例えそうなっても、俺から渡せばバレンタインイベントはできるから」

「なっ──!?」


 コイツは、どうしてそういうこと言うのよ。

 こんなこと言われたら、隠してるチョコレート、よけいに渡しにくくなるじゃない!


 これは、最後まで隠したままにしておこうか。

 木葉からチョコをもらったことでバレンタインっぽいイベントはすませられたし、お返しはホワイトデーにすればいい。


 そう思ったその時だった。


 突然、社の近くにある茂みから何かが飛び出し、私にぶつかってきた。


「うわっ!」


 その場に倒れて尻もちをつく。と思ったんだけど、そうなる前に間一髪、木葉が受け止めてくれた。


「志保、大丈夫?」

「うん。なんとか」


 ホッとして、だけどそこで気づく。

 さっきまで持っていたチョコが無くなってる。それも、木葉からもらったのと、私が作ったの、その両方が。

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