遥かな惑星から彼方の蒼空へ、銀色の祈りを込めて

弓チョコ

遥かな惑星から彼方の蒼空へ、銀色の祈りを込めて

「ふう……」


 ひと息付いた。

 車椅子での移動や荷運びは思った以上に疲労する。改めて、ひとりではここまでできなかっただろうとフランは思った。白い額の汗を拭うように、銀色の前髪を掻き上げる。


「何やってるんですかフランさん!」


 フランの居る、広い地下空間に綺麗な女声が響いた。心配と呆れの声色だ。フランが車椅子ごと振り向くと、長く真っ直ぐな黒髪をした、色素の薄い黄色肌の女性が駆け寄って来ていた。

 女性用軍服をかっちりと着込んでいて、真面目そうな目付きだ。年齢は30歳前後くらいだろうか。


「ミセリア。おはよう。何って、荷運びと、最終調整よ。稼働には結局私の魔力が必要じゃない」

「フランさんはと言ったじゃないですか。今頑張られて魔力を使ってしまうと」

「うるさいわねえ。誰かさんに似て」

「そのを私は知りませんから」


 やれやれと、作業を止めるフラン。車椅子の手押しハンドルをミセリアに預けて、素直に従った。


「…………しかし本当に、この時代で『宇宙船』を作ってしまうとは」


 出口に向かいながら、ミセリアは見上げる。楕円のカプセル型の巨大な機械が4、並べられていた。


「あんた達の協力あってこそだけどね。まあ、ソラが急かすというのもあるけど。私もやりたかったことだし」

「…………その、『惑星ほし』に、友人が?」

「そうよ。まあ、私のっていうか、私のの友人、ってところかな」


 フランはミセリアに車椅子を押されながら、少し嬉しそうにしていた。その表情は遥か昔を懐かしむ老婆のようで、20代半ば辺りの外見をしている普段のフランからは想像できないほどの奥ゆかしさをミセリアは感じた。






✡✡✡






「あ、フランさん。地下に居たんですね」


 研究所に戻ると、3人の男女が待っていた。フランの元々の自宅を改造したものだ。深い森の中にある、古い洋館。フランがひとりで暮らすには広すぎる建物だった。


「この人放っておくとすぐどこかへ行くんですけど、どうにかなりませんか? セレディア元国家顧問」


 ミセリアが愚痴を漏らす。相手はどう見ても10歳前後の少女だった。黒髪をショートボブにした、目付きの鋭い少女だ。


「アイネで良いわよミセリア。今世では『セレディア』に生まれてはいないし」


 アイネは脚の低いガラステーブルに資料を纏めていた。その内1枚の資料をピックアップする。


「宇宙船は4つ? 3つではなくて?」


 アイネの質問に、ミセリアの介助で車椅子からソファに身体を移したフランが答えた。


「当初は3つだったけどね。ソラと一緒にきちんと調べたら、彼らの行き先は4つだったのよ。全く仕事を増やしてくれるわ」


 答えを受けて、アイネはくるりと隣の席を見た。

 ソラは長い金髪をひとつ結びにした、青色の瞳の女性だ。顔立ちはやや幼く見える。


「それについては、私の責任じゃありませーん。あはは」


 ソラはいたずらっぽく笑う。アイネとミセリアは、溜め息を吐くしかなかった。

 そこへ。


「あのー」

「なに? フォルト」


 女性ばかりの空間で居心地悪そうな男性が、恐る恐る右手を挙げて意思表示をした。

 青みがかった白い短髪に褐色肌。軍人であるのか鍛えられた身体を持つ男性である。


「俺さ、事情あんまり分かってないんだけど。だれか説明してくれないかな」

「…………」


 フォルトの発言に、顔を見合わせる女性陣。

 やがてその視線は、ソラに集中した。


「こほん。では説明いたしましょう。私が適任だと思いますので!」






✡✡✡






 遥かな大昔。

 そこにあった人類文明は、戦争や天変地異などいくつかの要因が同時に重なり、滅びを迎えようとしていました。

 そこで当時主要国各国首脳は、この惑星ほしに似た環境の別の惑星ほしへ人類を移住させることにしました。


 それが『Project:ALPHA』。


 当時の学者が選んだ、移住可能な惑星候補は3つ。それぞれ『亜地球デミアース01〜03』と呼ばれました。


 3つの亜地球へ、まずは本当に住めるかどうかの現地調査をする必要がありました。その調査隊のリーダーである3人の宇宙飛行士に因み、亜地球の愛称として定着しました。


 ①惑星ミルコ。リーダーは植物学者でもあるミルコ・レイピア博士。

 ②惑星ホタル。リーダーは医者でもある朝霧ほたる。

 ③惑星カナタ。リーダーは元軍人のカナタ・ギドー。


 調査の結果、移住可能であるというが帰ってきたのは、②惑星ホタルのみ。地球文明の崩壊は迫ってきており、他の惑星からの返信を待つ時間はない。

 人類は惑星ホタルへの移住を決定し、超大型惑星間航行移住船の建造を1隻に集中。約5億人を乗せて、地球から旅立ちました。






✡✡✡






「……付いてこれていますか? フォルトさん」

「…………ああ。多分。しかし古代の人間は5億人も居たんだな」

「いえ、殆どは死にました。主に天変地異で9割ほど。後は船のチケット争いでも死にました。自分の意思で地球の残る人も大勢居ました。残った人類の子孫が我々ですね。5億人というのは、当時の世界人口からすれば1割未満です」

「え……!」


 ソラの説明に、フォルトが必死についていっている。他の女性陣は皆頷くのみ。彼女達の間では常識らしい。ミセリアは真面目に耳を傾けている。


「…………それから時は経ち。他ふたつの惑星からが来ているとのに、実に5000年の時を要しました」

「!」


 ソラ・アウローラは。

 ずっと待っていたのだ。一族独自の手法により自らの祈りを子孫に転生させ続けて。どうにか旧文明の情報と記憶を未来に紡いできて。

 この地球を統一した『ガルデニア連邦』の議長として。

 この時を。


「そこで。救援物資を送ろうと思ったのです。私と、フランさんで。ねっ?」


 ソラが微笑みかける。

 フラン・ヴァルキリーは魔女だ。転生して記憶を繋いできたソラとは違い、その5000年の時をその身で過ごしてきた。

 どちらも旧文明を知る貴重な存在だ。


「私はアイネが会いに来なかったら森から出て何かしようって気はなかったわよ。けれど、その話を聞いた時に懐かしい顔を思い出してね。ソイツにぴったりのものがあったから、送り付けてやろうって訳」


 アイネ・セレディアはガルデニア連邦の前身であるガルデニア帝国の国家顧問だった。当時のソラと共に、帝国の惑星統一に向けて外交と内政、時には戦争を協力して行ってきた。

 当時のアイネは寿命で亡くなったが、ソラの手によって現代に転生した……否、させられたのだ。

 そんな理由で、今は10歳前後の身体である。


「救援物資って、もう何千年も前のことだろ?」

「そんなの分かってるわよ?」

「…………何を入れてるんだ?」


 フォルト・アンドレオの質問は尽きない。彼とミセリア・グライシスはこの世界でこの時代に生まれた普通の人間である。特筆すべき点があるとすれば、フォルトの家系であるアンドレオ家、その先祖はフランと同僚であった魔女である。


「惑星カナタには、人をひとりと、アンドロイド一台。そして、杖をひとつ」

「人!?」


 フォルトが驚いて資料を見る。差し込まれている写真には、黒髪の東洋人の少女が写っていた。


「これは?」

「コールドスリープ。当時とある国の人達が、どうしても生き残らせたかった『お姫様』。その複製体クローン。惑星カナタに送る理由はね。もうこっちで解凍しても、この子の生きる世界が無いからなの」


 フランが答える。


「……惑星カナタには、彼女の思いを受け止めてくれるがあります。それは観測済み。だから送る――贈るのです。それに、惑星カナタの問題点を解決できる力が、彼女と、彼女を補佐するアンドロイドにはありますから」


 ソラが補足する。


「……コールドスリープ。ああそうか。その為に、俺の魔剣が必要なのか」

「理解が早いじゃない」


 フォルトが納得した。彼は軍人である。彼の持つ魔剣『コキュートス』は、冷気を操る能力を持つ。それを利用させて貰う為に、フォルトは呼ばれたのだ。


「ま、贈り物全てにあんたの能力は使ってもらうんだけどね。次。惑星ミルコには、鉱物よ」

「鉱物?」


 丁度、サンプルがあった。フランはテーブルの上にその鉱物の塊を置く。拳大の鉱物だ。黒く、光の加減で銀色に煌めいている不思議な物質。


「黒銀。どうやら惑星ミルコには、地球文明じゃ観測できなかった有害物質があったみたいで。その対策ね」

「黒、銀?」


 銀と聞いて、フォルトはフランの髪を見た。銀髪である。その瞳も銀色だ。


「魔女の間では、銀と黒はセットなのよ。仲睦まじいの。……いつまでも」

「…………?」


 フランが、遠い目をして窓を見た。爽やかな日差し。風に揺れる木々。


「……話を戻しますね。惑星ホタルには――」






✡✡✡






 フォルトとミセリアは熱心にソラの説明を聞いている。

 アイネが窓を開けた。風が入ってくる。アイネはそのまま、フランの横に座った。


「遂に私が、最後の魔女になっちゃったわ」

「そうなの?」


 フランは窓の外を眺めたまま語り始めた。


「魔女には寿命が無い。けれど私はこうして、脚も動かなくなったし、そろそろなのだと感じている。分かる? アイネ」

「…………私達があなたを見付けて、この計画が始まって。あなたは嬉しそうだわ。……魔女は、元人間の死者。つまり……」

。つまり成仏ね。これで、私の心残りは全て無くなると思うのよ」


 アイネは前世からフランを知っている。最初は、些細な切っ掛けで口論にもなったりしたような、尖ったところがあった。

 だが、今再び会った時。フランは穏やかに丸くなっていたのだ。


「アイネ。あんたを私の所まで導いた黒猫は覚えてる?」

「確か、ラナと言ったわね。あの喋る猫」

「あんたを送り届けてすぐにどこかへ消えたわ。きっともう成仏してる。……あの猫とも長く一緒に居たけど、きっとあんたを私の下へ案内するのが『役目』だったんでしょうね」

「…………」


 まるで祖母の話を聞く孫娘のように。アイネもじっとフランの話に耳を傾けている。


「私の役目は、これ。ギンナクロウを、忘れない友人シャラーラの元へ贈り届けること。あんた達には感謝してるわ」

「…………打ち上げが終わったら、成仏するの?」

「きっとね。私はもう、この世界に思い残すことは何ひとつ無くなる。私はソラのように、ずっと生きていけるほどの器ではないわ」


 旧文明時代。魔女は世界の裏側に確かに存在した。

 だが、今やフランのみ。最後の魔女である。


 そして、その彼女も長くは無い。


「あんたはどうなのよ。ソラに無理矢理転生させられたんでしょ」

「…………それについては文句のひとつもあるけど。でもまあ、折角だからもう一度人生を生きるわ。前世でやりきれなかったこともできるし。生きた時間はあなたより短いのだから、まだまだ生きるわよ」

「そう。良いわね。あんたにはソラが居る。ミセリアには、フォルトが居る。良いわね」


 救難信号が発されてから、数千年経っている。もう、発した者は生きていないだろう。

 だが。


 祈りは。願いは。思いは。


 繋がる。紡がれる。誰かに届くまで。


 それは、彼女達が諦める理由にはならない。


 が。

 受け取る筈なのだ。


 そこに確かに、のだと。

 彼方の惑星に、自分達がのだと。


「有人飛行のテストも兼ねてるんでしょう? 抜け目無いわね。元参与」

「まあ、ね。旧文明から学んで、何かあった時の為にも、宇宙開発は進めるべきだと思ってるのよ。今はまだ、一般人を乗せて移住だなんて考えられないけれど。そうね、私があと3回生まれ変わったくらいには、形になっていれば良いわね」

「そう」

「で。いつか会いに行くわね。その、フランの友人に」


 それを聞いて。

 フランは窓の外を見るのをやめて、ようやくアイネと目を合わせた。


「…………そうね。あいつはきっと、私と違って何万年でも生きる。シャラーラによろしくね。アイネ」

「ええ。任せて頂戴。だから安心して」

「……ふふ。私は子を産めなかったけれど。こんな感じなのかしら」

「フランはの母を知っているのでしょう?」

「ええそうよ。神藤黒音クローネね。というより、その母親の神藤襲音と知り合いだったのよ。近所で、家族ぐるみの付き合いだったわ。まさかあのクローネが森から離れて家族を作っていたとはね。最初にあんたを見た時びっくりしたわ」


 アイネは、『神藤愛音』という旧時代に生きた人間の生まれ変わりである。ソラのような人為的なものではなく、最初はただの偶然だった。

 それが、ソラの手が加えられて、彼女も『無限転生』の円環に参加することとなったのだ。


「ずっとひとりだったのね」

「そうよ? ああいや、ラナは居たけれど。みんなみんな、先に成仏しちゃって。満足しちゃってさあ。私に全部押し付けてたのよきっと。全くもう」

「お互い苦労するわね」


 フランは、この件でその円環から離脱することになる。


 この惑星ほしの魔女は、本当に終わりを告げる。


「ありがとう」

「何よそれ」

「フラン。あなたが居てくれたから、私達はまだのよ」

「………………」


 遥かな過去から、彼方の未来へ。


 に確かに存在した、4人の魔女から。

 13人の魔女団から。


 次の時代を作る、新しい者達へ。


 それは時代も場所も越えて。


 銀色に輝く祈りを込めて。

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