第11話 レオとレティシアと……
帝都。
皇帝に即位したレオナルトだが、とくにこれまでと変わったことはなかった。
玉座について仕事をするということ以外は。
「陛下、本日の会議は以上となります」
「ありがとう……宰相」
帝国宰相であるユルゲン・フォン・ラインフェルトに礼を言いながら、レオナルトはため息を吐く。
気を抜くと義兄上と言ってしまいそうだからだ。
だが、皇帝となったからには臣下。敬語も使うわけにはいかない。
「会議は以上でございますが、クリスタ殿下とルーペルト殿下がお時間を、と申しておりました。いかがいたしますか?」
「会おう。用向きもわかる」
皇帝に即位したからには、たとえ妹や弟であろうと陛下と臣下。
用向きが重要であるならなおさらだ。
だからこそ、玉座の間に通されたクリスタとルーペルトは恭しく膝をついた。
「陛下、お忙しいところ貴重なお時間をいただき、感謝します」
ルーペルトの言葉に頷きながら、レオナルトは二人がやってきた用について切り出した。
「十五の成人を迎えた皇族たちには、見聞を広めるためにお忍びで旅をさせる。その件についてだね?」
「はい。僕ももう十五となりました。一時的ではありますが、北部全権代官のお役目を務めました。出立のお許しをいただきたく存じます」
ルーペルトの言葉を受けて、レオナルトはチラリとユルゲンを見た。
視線に気づいたユルゲンは、何度か頷く。
この件はレオナルトの裁量で引き延ばされていた。
まだクリスタやルーペルトには早いと判断していたからだ。しかし、ルーペルトはたしかな手柄を示した。
これ以上、手元に置いておいては成長の妨げになってしまうかもしれない。
「……」
「陛下……私たちはもう子供じゃない……」
ようやくクリスタが口を開く。
二人のうち、不満を溜めていたのはクリスタのほうだった。
最初はルーペルトが十五歳を迎えてから、と言われ、次に機が熟すまで、と言われ、再三にわたって許可を求めていたのだ。
「帝国辺境はまだ落ち着いてない……城にいるだけじゃわからないことも多い……私たちにはそれを見る責任がある……」
「そうです! どうか許可を!」
まだまだ帝国国内も落ち着いてはいない。そう簡単に落ち着くものでもない。
広大な領土を持つ帝国だ。皇帝の目が届かない場所も出てくる。
そういった場所を見て回りたい。その熱意は買っていた。
だが、その熱意ゆえにレオナルトは厄介事に首を突っ込むのでは? と危惧しているのだ。
「……二人が努力をしていることは知っている。しかし、二人には経験が不足している。旅先で不測の事態に陥ったとき、上手く対処できるか……僕は不安なんだ」
「陛下……僭越ながら、そういう事態に対処する力を身に着けるための旅でございます」
「それは理解している。しかし……」
過保護。
困ったものだとユルゲンは内心、ため息を吐く。
大事に想っているからこそだが、いつまでも二人は子供ではない。
留めおくのにも限界がある。
さて、どう説得するべきか。
そんなことをユルゲンが思案していると。
「いつまでも子供扱いでは二人が可哀想ですよ」
玉座の間に女性が入って来た。
タイミングの良さ的に、二人が声をかけていたんだろう。
許可が出ない場合、助け舟を出してもらえるように。
「レティシア……」
「二人が励んでいることは陛下もご存じでは? 信頼して送り出すのも年長者の務めかと」
レティシアに諭され、レオナルトは深く考え込む。
手応えを感じて、クリスタは思わず拳を握った。
そして小声で。
「ありがとう……レティシア義姉様」
「はぁ……」
陛下の御前。
恭しく頭を下げ続けるルーペルトと違い、クリスタはどこか家族気分が抜けていない。
その様子を見るたびに、レオナルトは不安になる。
ゆえに。
「お悩みなら私から一つ提案が」
「なんだい?」
「ルーペルトには1人旅を。クリスタには……同行者をつけては?」
「同行者?」
「第三騎士隊の近衛騎士、リタが適任かと。気心も知れていますし、陛下もご安心では」
「たしかにリタになら安心して任せられるね」
「待って……納得いかない……」
「女性の一人旅は危険ですから。諦めなさい」
「私はルーペルトより強いのに……」
不満そうな表情を見せるクリスタに対して、そういうところがレオナルトの心配を誘うのだ、とレティシアは思いつつも口には出さない。
言ったところでどうにかなるものではないからだ。
「レティシアの言う通り、クリスタには護衛としてリタをつけ、ルーペルトは一人旅。細かいことは後日決めるとして、それなら許可を出そう」
「ありがとうございます」
「……」
「姉上……お礼を」
「……ありがとうございます」
不満そうなクリスタに対して、ルーペルトはお礼を促す。
どちらが年上かわかったものじゃない。
苦笑しながら、レティシアは下がっていく二人を見守る。
「それで? 心配性な陛下のことですから二人に内緒で護衛をつけるのでは?」
「それは当然だよ。やっぱり護衛となるジークかな? リンフィアにも動いてもらおうか」
「近衛騎士隊長まで動かすのですか?」
「まぁ、何かあった場合、大変ですから必要な処置ではあるかと。なにしろ初めてのことですから。これからいろいろと変化を加えていけばよろしいでしょう」
帝位争いをなくし、代わりに皇族は一人旅をする。
もちろんすぐにすべて行うことはできないが、レオナルトは在位中にそれを制度化することを目標としていた。
クリスタとルーペルトはその第一号。
これから先、生まれてくる皇子、皇女は二人に倣うことになる。
「さて、仕事は終わりだ。僕はレティシアと部屋へ戻るよ」
「私はもう少しだけ仕事を片付けます」
「あまり帰りが遅いと姉上に怒られるよ? 義兄上」
「もちろん遅くならない程度で切り上げます。では、失礼します」
仕事の時間が終わり、リラックスした表情のレオは、そそくさと立ち去るユルゲンを見送ると、そっとレティシアの手を取って歩き出した。
「もっと暖かい恰好をしなきゃダメだよ」
「十分、暖かい恰好ですよ」
「ほら、足元気を付けて」
「もう、レオ? まだまだ私は元気ですから。私にまで過保護にならないでください」
「いや、でも……もう君一人の体じゃないんだよ?」
「わかっています。大事にしますから」
そう言ってレティシアはそっとお腹を撫でるのだった。
最強出涸らし皇子の暗躍帝位争い・後日談 タンバ @sinobi_2
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