第9話 アルとシャル
「アル、これなんてどう?」
「いいんじゃないか? ただ、一つの前のほうが彩りとしては鮮やかだな」
机の上に広げられた膨大な数のアクセサリー。
銀爵家ではそれのお試し装着祭が始まっていた。
もちろん、つけるのはエルナとフィーネ。
それは見ているだけ。
元々、これらは母上に対する贈り物だった。妃に名前を憶えてもらうために、贈り物をするのは珍しいことじゃない。
しかし、母上は自分が気に入った物以外、身に着けない。
そのため、このアクセサリーたちは長年、部屋で眠っていたのだ。
それを我が銀爵家に送って来た。使わないから使え、ということだろう。
「アル様、こちらはどうでしょう?」
「可愛いが……宝石の輝きがイマイチだな。それをつけるなら中央の宝石は変えよう。フィーネがつけるにしては、少し安っぽいな」
デザインは抜群のネックレス。ただし、最大の目玉といえる宝石の純度が低い。
セバスにでも頼んで、宝石を入れ替えてもらえば似合うだろう。
そんなことを思いながら、俺はふと窓の外を見た。そちらは帝国北部の方向。
平和な銀爵家とは違って、北部は荒れている。
レオの側室にシャルを、という意見が強くなってきたのだ。
帝位争いで各勢力に加担するのは、勝ち抜けば地位が約束されるから。
だから、北部貴族も自分たちの立ち位置を鮮明にした。レオの勢力に加担する、ということを。
ただ、彼らの参戦は遅かった。
西部のクライネルト公爵家は一番最初から後ろ盾であり、東部のラインフェルト公爵家は常に良き助言役だった。
さらに南部のジンメル侯爵家は騒動の度に力を貸してくれていた。
たしかに北部はレオの味方についた。だが、ほかの者たちはより早くレオについた。
それが今の地位に反映されている。
と、北部貴族は思っている。
実際、あまり関係ない。
フィーネが評議会の議長についたのは、勘違いしそうな者をそんな役職につけるわけにはいかなかったから。
ユルゲン義兄上が宰相となったのは、その実力がゆえ。
アロイスが東部国境守備軍の長となったのは、リーゼ姉上の後任がいまだ定まらないから。
ただ、それだけだ。北部出身者の中でも、実力ある者はそれなりに抜擢されている。
それにレオは北部を蔑ろにしたりはしていない。
けれど、それはこちら側の意見。
北部貴族から見れば、北部の代表者ともいえるシャルが明確な役職についていない、というのは北部の軽視と見えてしまう。
それはシャルが望んだこと。ツヴァイク侯爵家を継ぐ、というのがシャルのしたいことだった。
だが、北部の代表者という立場がそれだけにとどまることを許さない。
そしてそんなことになっている責任は、俺にもある。北部貴族はレオの最も傍にいる俺側についた。
俺がこんな形でレオの傍から離れたことは、北部貴族からすれば予想外だろう。
チラつくのはすべてを託して息を引き取った老人の安らかな顔。
解決策は思いつくが、それが最善とは思えない。
「――様、アル様?」
「うん?」
声を聞き、現実に引き戻される。
気づけば、フィーネとエルナが俺の横に来ていた。
「すまない、考え事をしていた」
謝りながら、軽くため息を吐く。
今までとは違い、最近では三人で一緒にいることが増えた。
元々、エルナとフィーネの仲が良いというのも大きい。
どちらが優先ということはない。
自然と三人での時間が増えたのだ。
そんな時間の最中に考え事というのは、我ながら面倒な男だ。
「考え事ですか?」
「どうせ、また北部のことでしょう?」
「お見通しか」
「当たり前でしょ? 何度も言っているじゃない。別に側室ならいいって」
自分たちと差をつけるなら、文句は言わない。
それがエルナの意見であり、フィーネも一応、それに賛同している。
正確にいえば、フィーネは俺の好きにすればいい、という意見だが。
「アル様はどうされたいのですか?」
「どうしたいんだろうな? それが一番難しい」
なんてことを言っていると、屋敷に客が来た。
離れようとするエルナとフィーネに対して、俺は二人の腰に手を回す。
そして。
「今、仕事の話をする気分じゃないんだ。帰れ」
「妃との楽しい時間を邪魔して不機嫌かな? けど、わざわざ来たんだ。仕事の話はさせてもらうよ」
「帰れ」
「残念だったね。もう迎え入れられてるんだ。フィーネさんの紅茶が飲みたいなぁ」
ヘラヘラと笑いながらやってきた客人、レオが近づいてくる。
それを見て、エルナとフィーネがスッと俺の傍を離れた。フィーネは紅茶の準備に取り掛かり、エルナは護衛の位置に移る。
そして隣にレオが座った。
「覚えておけ? 今度、レティシアと二人の時間を楽しんでいるときに転移で行ってやる。その時に俺と同じ気分を味わえ」
「別にいいよ。兄さんがレティシアに怒られるだけだから」
「俺がやらないと思っているなら大きな勘違いだ。怒られても邪魔してやる。この恨みは忘れない」
「そしたらまた邪魔しにくるよ」
「そしたらまた邪魔しにいく」
「やめようよ、復讐は何も生まないよ」
「復讐でしか満たされないこともあるんだよ」
「踏みとどまりなって。妃に器の大きさを見せるときだよ」
「小さくて結構」
そんなやりとりをしながら、机の上に広がっていたアクセサリーの一部をレオは片づけ、そこに何枚からの紙を置く。
その一番上をレオは俺に渡してきた。
「北部問題が気になっているだろうから、詳細を持ってきたよ」
「……シャルを側室にって案を拒否したのか?」
「政略結婚は仕方ない。立場があるからね。けど、これは違う……父上と同じ過ちを行う気はないよ」
「過ちか……」
「父上は尊敬しているけれど、各地の貴族のご機嫌取りのために妃を娶ったことは間違いだったと思っているし、その考えは変わらないよ」
はっきりとレオは告げる。
何もかも正しい人はいない。皇帝でも、父親でも。
そしてこの問題について正解はない。
レオの言うことはもっともだ。実際、父上の代で問題は起きた。
けれど、妃を娶らないとなると、新たな問題が噴出する。
北部貴族は自分たちが蔑ろにされていると思っており、それを解消しないとレオはいけない。
「何を与える?」
「いくつか役職を用意したよ」
「大臣職に、西と東の国境守備軍の長……ずいぶんとデカい役職を用意したな?」
「王国と皇国、そして帝国。三国間で取り決めたことがあるんだ。国境守備軍の軍縮。互いに国境へ戦力を割いている余裕はないからね。アロイスはそのうち領地に戻すよ。本人も一度、領地に戻って領主として経験を積みたいと言ってきていたしね」
「その代役か。まぁ、悪くないだろうが……」
その取り決めのあとに国境守備軍に配置されるということは、本国から他国への脅威にならないと判断された、ということだ。
役職自体に問題はない。
だが。
「プライドを傷つけられたと感じるかもな」
「信頼していない者に国境を任せたりはしないよ。信頼の証さ」
「そうかもしれないが、受け取り方は人それぞれだ。彼らは他の地域と自分たちを比較している。望ましいのはアロイスを蹴落として、自分たちが国境を任されること。そうじゃないなら一工夫が……おい、面倒そうな顔をするな。色々と手間だから父上は各地から妃を娶ったんだぞ?」
「わかってるよ……」
妃がいればある程度、皇帝をコントロールできる。
だから、どこの地域、どこの家も妃を出したがる。
コントロールと言っても、自分たちに多少有利なように、不利にならないように、そういうコントロールだ。
ただ、それが通用しなかったのが父上でもある。
色々重なった結果ではあるけれど。
レオが同じように各地から妃を娶ったとして、それで各地の不満がなくなるわけでもない。
「そもそも、この役職に見合う者が北部にいるのか?」
「それを北部貴族に決めさせるんだよ」
「シャルに代わる新たな代表者というわけか。そして、そいつがシャルを妻にするのか?」
「不満そうだね?」
「そう見えるか?」
「見えるね」
「レオ様、紅茶です」
「ありがとう、フィーネさん」
フィーネの淹れた紅茶を飲みながら、レオはさらに詳細に色々と説明していく。
ただ、俺はそれを聞き流した。
聞きたいのはそんなことじゃなかった。
「代表者を選ぶ会議は、どこで、いつだ?」
「ローエンシュタイン公爵家の屋敷で、一週間後だよ」
「そうか」
「それじゃあ僕は行くね」
■■■
一週間後。
ローエンシュタイン公爵家の屋敷には北部四十七家門が勢ぞろいしていた。
会議が始まってからすでに三時間。
何かが決まる様子はない。
議長を務めるのはローエンシュタイン公爵の息子である、ヴィルマー・フォン・ローエンシュタイン。
病弱であるため、なかなか外には出られない人物だ。
ヴィルマーの体調を考慮して、この会議は屋敷で行われている。
数回会ったことはある。
聡明だが、いかんせん病弱すぎる。
本来なら、ヴィルマーが北部貴族の代表者になるべきだった。しかし、病弱なヴィルマーでは人がついてこない。だから、シャルがその肩書を背負った。
そして、今ここに至る。
「やれやれ……」
呟きながら俺は部屋の中でため息を吐いた。屋敷の様子は魔法で覗いているだけ。いまだに俺の体は銀爵家の屋敷にあった。
行こうと思えばいつでも行ける。
けれど、なぜだか気持ちが乗らない。
理由はわかっている。
なんて言葉をかければいいのかわからないのだ。
俺が連れていくということは、俺の妃にするということだ。
シャルは好ましい女性だ。親しいし、心も許している。
けど、エルナやフィーネと同じように愛しているか? と言われたら即答できない。
即答できない男に何の権利がある?
これでは政略結婚と変わらない。
「あーもう……」
最期の瞬間。
俺にすべてを託したローエンシュタイン公爵の顔が頭から離れない。
それが邪魔をしている。
あんな風に言われなければ……割り切って妃にもできただろう。
けれど、俺が戦地に引っ張り出して、戦地で命を全うした老人の孫娘を……政略結婚で俺の妃にはできない。
幸せになってほしい。
だから、動けない。
幸せにできるのか? という自問に答えられないから。
考えがまとまらない。
どうしようもなくて俺は立ち上がる。
すると、キッチンにエルナとフィーネがいた。
大層、気合をいれて料理をしている。
「珍しいな、二人で料理なんて……」
「当たり前よ! 歓迎会用なんだから!」
「いつもより多く作っておきますから」
ニッコリと笑ってフィーネは告げる。
その意味を察して、俺は驚いた表情を浮かべた。
「いつ、迎えにいくの?」
「二人とも……俺は……」
「今のシャルさんには選べる道はあまりありません。道を広げる意味でも、アル様が行くべきだと思います」
「……」
「誰かがシャルさんを不幸にする未来と、アル様が不幸にする未来。どちらがよいですか? 誰かがシャルさんを幸せにしてくれるなんて思うのは、甘えです。情勢に流されて誰かの妻になるくらいなら……自分を不幸にするかもしれないと思ってくれている人の妻になりたいです。これは私の考えですが、そう外れてはいないと思いますよ?」
「早く行きなさいよ。いつだって好きにやってきたんでしょ? 今回も好きにすればいいじゃない。問題が起きたら、私たちでなんとかするわ」
二人はいってらっしゃいと言ってくる。
困ったもんだ。こんな風に送り出されたら、行かないわけにはいかない。
「……頼りなる妃たちで助かるよ」
呟きながら俺は転移門を開くのだった。
■■■
ローエンシュタイン公爵家の屋敷。その廊下を歩きながら、俺は会議の様子を見ていた。
ヴィルマー・フォン・ローエンシュタインが告げる。
「では、採決に移行しようと思う」
シャルの夫を決める採決。
シャル自身が徹底的に拒否すれば、そもそも会議になっていない。
おそらくシャル自身が了承したこと。
シャルを妻にすることで、箔がつく。そして帝国の役職につくことでその者は北部を代表する貴族と目されるわけだ。
シャルがレオの側室となるという案が却下された以上、こうなるのは必然だった。
シャル自身が軍に入ったり、レオの側近になることを受け入れるなら、違う未来もあっただろうが、シャルはそういうタイプではない。
あくまで北部が大切で、ツヴァイク侯爵家が大切な女性だ。
そのために自分の幸せを諦められるほどに。
俺の妃になったとしてもツヴァイク侯爵家にいることはできる。
望むようにしてあげたい。
義務感が混じってないといえば嘘になる。
だけど。
それでもと思う気持ちは本当だから。
「シャルロッテの夫となるのは――」
「シャルは俺の妃にする。文句は……言わせん」
採決を取ろうとした時。
俺は部屋の扉を開けて、そう告げた。
多くの貴族が驚いたように目を見開く。シャル自身も。
けれど、ヴィルマーはいたって冷静に告げた。
「では、銀爵も名乗りをあげるということで……対抗する者は?」
言葉のあとに待っていたのは静寂。
誰も何も言わない。
それを見て、ヴィルマーは苦笑する。
「採決の必要はないようだ。しかし、銀爵。一つだけ条件があります」
ヴィルマーは少し顔をしかめる。
本心ではないということだろう。
けれど、言わないといけないこと。
「なんだ?」
「シャルロッテをあなたの妃にすることは了承いたしましょう。しかし、取られてばかりでは北部貴族が困ってしまいます。ですので、銀爵の子がツヴァイク侯爵家の名を継ぐことが条件です。もちろん、シャルロッテとの子が生まれなければ、別の方との子でもかまいません」
「そんな条件!!」
シャルが声をあげる。
怒りに満ちた声だ。
自分との子供ならいざ知らず、ほかの者との子の未来まで左右する条件。
それはあってはならないことだ。
けれど。
「それでいい。ほかにあるか?」
「いえ、それさえ飲んでいただけるなら……北部四十七家門に否はありません。このローエンシュタイン公爵が保証しましょう」
「では、あとで書状でも送って来い。口約束では心配だろ?」
「感謝します」
ヴィルマーは静かに立ち上がると、一礼した。
それにつられて、ほかの者たちも立ち上がって一礼してくる。
そんな者たちに見送られながら、俺はシャルの腕を掴んで、転移門に入るのだった。
■■■
「アル!!??」
転移門を出て、銀爵家の屋敷にやってくると、シャルは俺の手を振りほどく。
そして。
「何を考えているの!?」
「条件を飲んだだけだ。大した条件じゃない」
「子供の未来をなんだと思っているの!? 助けてくれたのは嬉しい! あなたが来てくれたのも嬉しい! けど! あなたとフィーネさんたちとの子まで巻き込む気はないわ! その子が穏やかな未来を望んだ時! あの条件は悪夢に代わる! そんなのはごめんよ!!」
ツヴァイク侯爵家を継ぐということは、北部貴族の象徴になるということ。
それが嫌だと思う子供の未来を制限しかねない。
だから、シャルは真剣に怒っている。
「シャル、落ち着け」
「落ち着いていられないわ! 早く転移門を開いて! あんな条件、私から願い下げよ!」
「シャル、だから」
「北部貴族はかつての冷遇がトラウマなの! わかっているから、私にできることはしたかった! だから受け入れていたの! あなたには納得できないだろうけど! あなたたちの幸せを壊してまで、自分が幸せになろうとは思わないわ!!」
「だから落ち着け!」
「なんで落ち着いているのよ!? 自分の将来生まれてくる子供が望まぬ未来を歩んでもいいの!? 私との子ならまだしも! ほかの女性との子がそうなるかもしれないのよ!?」
信じられないとばかりにシャルは激怒する。
だから、俺は静かに告げた。
「ローエンシュタイン公爵が提示したのは〝名を継ぐ〟ことだ。名くらい、いくらでも継げばいい。領主になれと言われたわけでも、北部にいろと言われたわけでもない」
「そんなの……誰も納得しないわ!」
「だからローエンシュタイン公爵は自分の名で保証した」
「だとしても問題の先送りよ! 北部貴族はいずれあなたの子が北部を代表すると思っているのよ!?」
「まぁ、それはそうなんだが……この問題に対してどう向き合うか俺の仕事じゃない。レオの仕事だ。なんとかするさ。まぁ……一番は君と俺との間に子供が生まれることなんだが」
俺の言葉を聞いて、シャルは顔を赤くして俺から距離を取る。
怒るべきか、恥ずかしがるべきか。
感情がごちゃ混ぜになって困っているようだ。
「そ、そんな……いい加減よ!!」
「まぁ、レオに任せておけば平気さ。そもそも俺がいい加減のは知っているだろ?」
シャルは眉をひそめる。
そして、諦めたように肩の力を抜いた。
「……どうにかできなかったら?」
「北部にでも移住するさ。俺がいるだけで十分すぎるアドバンテージだろ?」
「それはそうだけど……」
「だから安心しろ。シャルが心配するような未来にはしない。約束する」
言いながら俺は手を差し伸べた。
その手を見て、シャルは少し複雑そうな表情を浮かべた。
何か躊躇うような仕草も見せている。
「アルは……いいの?」
「こっちのセリフだな。シャルはいいのか?」
「質問に質問で返すなんて……私は誰でもよかった身だから……」
「俺は誰でも良くはない。ここは……俺が守りたい場所だから。血のつながりを持った家族のために帝位争いに身を投じた。それが終わった今……俺は別の絆を持つ家族を持てた。ここはその象徴。誰でも中にいれるわけじゃない」
「……そんなところに私は入れないわよ……」
「……これはきっと政略結婚みたいなものだ。政治問題を解決するための結婚。正直に言えば、君をエルナやフィーネのように愛しているかと言われれば、返答に困る。けど、女性として好ましいかと言われれば、答えはイエスだ。だから、少しずつ関係を構築していけばいいんじゃないか?」
「……お爺様が余計なこと言ったせいね」
「ローエンシュタイン公爵が関係ないとは言わない。けど、これは俺の意思だ。シャル、君をこの屋敷に迎え入れたい。子供のことまで考えてくれる君は……きっと家族を大事にしてくれるから」
言ったあと、すぐに気づく。
これではシャルに断る選択肢がないのでは?
俺の意思の押し付けなのでは?
「えっと、ちょっと待ってくれ……もうちょっと違う言い方が……えっと……嫌ならいいんだ。俺はそう思っているというだけで、大事なのはシャルの気持ちであって……シャルがどうしてもというなら、それにそうように俺は最大限の努力をするというか……君がツヴァイク侯爵家を大事にしていて、領地から離れたくないのも知っている。だから、望むなら離れ離れでも構わないというか……」
愛していると真っすぐ言えることが、どれほど単純だったかわからせられる。
愛はない。たぶん、互いに好意くらい。
それなのに結婚しようと言うのは、俺にはハードルが高い。
なんて言えばわからない。
何か良い言葉がないか。
頭を悩ませていると、シャルが笑った。
そして。
「気の利いた言葉をアルに期待してないわよ」
「いや、それは心外だ。俺も成長したんだ」
「二人も妃を娶ったから? それだけで成長する?」
「成長するさ。待ってろ、今、考えるから」
「日が暮れるわ。中に入りましょ。その成長は……これからじっくり見極めさせてもらうわ」
そう言ってシャルは俺の手を取る。
そのまま俺を引っ張るようにして、シャルは屋敷の中へと入っていったのだった。
■■■
「これでよかったのですか?」
帝剣城。
そこでセバスは確認を取っていた。
「ええ、素晴らしいわ」
そう言って主であるミツバは楽し気に微笑む。
机には一枚の手紙。
差出人はヴィルマー・フォン・ローエンシュタイン。
内容を端的に言うなら、言われたとおりにしました、というものだった。
「ローエンシュタイン公爵は貧乏くじを引かされましたな。これでシャルロッテ様からの印象は悪くなりました」
「その対価として、私は彼のために動くのだから平気よ。それにああいう条件をつけないと、シャルロッテさんはエルナやフィーネさんに遠慮するでしょう? あの条件があるからこそ、積極的になるのよ。アルも、ね」
「まぁ、二人の間に子供が生まれるのが一番でしょうが……できなかった場合はなかなか悲惨では? 精神的な面で」
「平気よ。ツヴァイク侯爵家、ローエンシュタイン公爵家の血を引く女性の出産歴は調べたもの。問題を抱えていた女性はいなかったわ。アルに問題がなければ、子供は生まれるわよ」
「徹底的ですな」
「徹底的にもなるわよ。北部の問題は陛下の負の遺産。それが次代に引き継がれて、同じような過ちが生まれようとしてたのよ? 大人として……やるべきことはやるべきよ」
そう言ってミツバは立ち上がる。
そろそろ準備が必要だからだ。
「陛下は北部全権代官にルーペルトを任命する予定よ。その付き添いで私とジアーナも北部へ赴くわ。私は短いけれど、ジアーナはしばらく滞在するでしょうね。いずれルーペルトは公爵となる。その時、どこに根を下ろすか。縁が深い場所になるでしょうね? ましてや母親が色々と整えてくれるなら、否はないはず」
「ルーペルト殿下ならば北部貴族も受け入れるでしょうな」
「アルの子供が成長した時、北部にしっかりとした代表者がいたら? 別にアルの子供は必要じゃないわ。でも約束は約束。あら? 約束では名を継ぐと書いてあるわ。なら、名だけ継いでもらって、好きにしてもらうのが一番よね?」
「……綿密ですな」
セバスの言葉に笑顔で反応しながら、ミツバは久しぶりの旅行だとはしゃぎながら準備を始める。
それを手伝いながら、セバスはふと訊ねた。
「そういえば陛下は何も仰らなかったのですか?」
「あの人の残した問題で私の子供たちが苦労しているのよ? 文句なんて言わせるわけがないじゃない」
笑顔で告げるミツバを見て、セバスは心の中で皇帝に対して手を合わせた。
無情にも口出し禁止の上で留守番を告げられたのだろう。
皇帝の妃だけが城を離れるのは、滅多にないことだ。
北部への信頼の証と取れるだろう。ましてやミツバは皇太子の母。
北部貴族からしても、皇帝の信頼を感じられるはず。
もちろん、そういう効果を狙っているだろうし、ジアーナが一人で心細くならないようにという配慮でもあるだろう。
ただ、妃がすべて外に出ることで皇帝はしばらくひとりぼっちだ。
今度、話し相手になりにいこうとセバスは心の中で誓うのだった。
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