第3話 エルナとアル
「そういうドレス姿もお美しいですな、エルナ嬢」
「ありがとうございます」
王国。
帝国の皇太子妃となったレティシアの王国訪問ということで、エルナも護衛として王国へやってきていた。
本来なら護衛として近衛騎士の恰好でいるべきだが、今回は多数の護衛がいるため、レティシアの話し相手としてエルナはドレス姿でパーティーに参加していた。
そんなエルナの周りには王国の若い男性貴族が多く集まっていた。
勇者エルナ。
大戦の英雄にして王国侵攻でも活躍した英傑。
常に前線に立ち続けたエルナの人気は、王国ではフィーネを超えていた。
「私は蒼鴎姫のお姿を拝見したこともあるのですが、常々、エルナ嬢がお美しいと思っておりました。今日のドレス姿を見て、それは間違いではなかったと確信しております」
「まったくです。戦場で剣を振るわれる凛とした姿も素敵ですが、こういったドレス姿もお似合いとは、さすが勇者というべきですかな?」
若い貴族たちはアピールチャンスとばかりにエルナを褒めちぎる。
そんな中、若い貴族のリーダー格の青年がエルナの手を取った。
「どうでしょう? 私とダンスというのは?」
「私は皇太子妃殿下の護衛ですので……」
「あなたならダンスをしながらでも守れるのでは? ご安心を。王国の警備体制は完璧です」
手を取ったまま、青年の片方の手がエルナの腰に回ろうとする。
けれど、その手は勢いよく掴まれた。
そして。
「エルナ嬢、失礼。話があるのを忘れていた」
「アンセム陛下?」
「へ、陛下? 陛下!? 陛下!!??」
笑顔でエルナに語り掛けながら、アンセムがへし折れろとばかりに若い貴族の腕を締め上げる。
そして、若い貴族が悶絶し始めたころにようやく手を離した。
「ああ、すまない。強く握りすぎたか。最近、動いていないせいか力加減ができなかった」
そう言ってアンセムは若い貴族の肩に手を置いた。
そして耳元で呟く。
「身の程を弁えろ、大馬鹿者」
冷たい声。
いつでも始末できるぞ、という目。
それを見て、若い貴族は自分の過ちに気づいた。
理由はわからない。ただ、間違いなのはわかった。
とにかく。
「し、失礼しました……」
エルナに近づいてはいけない。
それがわかったため、周りにいた貴族は全員、蜘蛛の子を散らすようにして去っていった。
「ありがとうございます、アンセム陛下」
「やめろ、よせ。礼など言うな。何もなかった。そう、今はなにもなかった。そういうことにしておきたい。言いたいことはわかるな?」
「えっと……」
「そういえば頭脳担当ではなかった。では、はっきりといってやろう。エルナ・フォン・アムスベルグ」
「馬鹿にしているのかしら……?」
「何も言うな。それがこちらの要求だ」
「もう少しわかりやすく話してもらえますか?」
「なぜわからん……わかりやすく話すわけにはいかないことをわかれ。くそっ! だから……言うな。お前の、その……殿下に言うな。わかったな?」
「ですから、何をです?」
要領を得ないアンセムの言葉にエルナは本気で困惑する。
それに対して、アンセムは天上を仰ぎ、ついて来るように命じる。
護衛だからあまりレティシアの傍を離れたくないエルナだったが、仕方なくアンセムに従ってバルコニーまでついていった。
「はっきりと言ってくれるかしら? アンセム陛下」
周りに人がいないため、エルナは同盟国の王としてではなく、かつて共に戦った戦友として語り掛けた。
それに対して、アンセムは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら。
「ならはっきりと言ってやろう。アルノルトに何も言うな。王国の若い貴族がお前の手を握ったあげく、ダンスに誘おうとしたなどと、口が裂けても言うな」
「……そんなこと?」
「そんなこととはなんだ? 王国の安全保障にかかわる問題だ! 今のアルノルトは世界の抑止力。国、冒険者ギルドに並ぶ第三勢力だぞ? それが動くかもしれない事案だ! 隠蔽せねば王国領内に銀滅魔法が降ってくる!」
「アルをなんだと思っているの?」
「奴には前科がある。白鴎連合の一件を俺が知らないとでも? 奴は……自分の女へ何かする相手を許すほど寛容ではない。間違いなく、平気で撃ってくる。俺にはわかる」
アンセムの真剣な顔を見て、エルナはため息を吐く。
何かするといっても、手を握っただけ。そのままダンスへ誘おうとしただけ。
ダンスを踊ったところで、アルが動く姿が想像できないエルナにはとってはアンセムの言動は呆れるしかなかった。
「考えすぎよ」
「そういう態度はよせ。もっと用心して、自分が奴の行動スイッチと自覚しろ。お前に何かあれば帝位争いにまったく縛られないアルノルトが、王国へ転移してくる! そんなの俺はごめんだ。ただでさえ王国は人材不足でな。ああいう世間知らずの馬鹿でも教育して戦力にするしかないのだ。だ・か・ら! 何も言うな!」
「はぁ……わかったわよ」
そもそも言う気はない。
了承したエルナを見て、アンセムは深く頷く。
そして。
「お前たちの滞在期間を短くする。レティシアにはすぐにでも帝国へ帰ってもらう。これは国王としての決定だ」
「ちょっ!? いきなり!? こっちにも予定があるのよ!? 勝手なことしないでちょうだい!」
「ええい! うるさい! お前たちみたいな厄ネタをいつまでも抱えていられるか! 設置型魔法の上でタップダンスを踊っているようなものだ! 早く帰れ! できれば二度と来るな!」
「無茶言わないで! レティシアは王国出身なのよ!? これからも事ある事に訪ねるわよ!」
「なんて悪夢だ! ならば、レオナルトに伝えておけ! 来るなら貴様も来るか、近衛騎士団が総出で護衛してこいと! いや! それではまたお前が来ることになる! くそっ! なんて厄介なんだ!! これは俺への嫌がらせか!?」
バルコニーでアンセムは頭を抱える。
それを見て、エルナは再度、ため息を吐くのだった。
■■■
帝国銀爵領。
予定よりだいぶ早く帰ってくることになったエルナは、銀爵領の屋敷に帰ってきていた。
銀爵家内でのエルナとフィーネの取り決めは一つだけ。
早い者勝ち。
これだけだ。
二人ともそれなり多忙ではある。
予定が空いたら戻ってくるわけだが、それが調整できないこともしばしば。
そのため、二人とも早い者勝ちということで納得した。
先に相手がアルの下にいたら、潔く諦める。
別に取り合う気はない。
余計なことでアルに心労をかける気はなかったからだ。
特にエルナは妃同士の皇帝の取り合いを何度か見ている。あれを銀爵家で起こせば、アルが困るのは目に見えていた。
嫌気がさしてどこかに逃亡することも考えられる。
だから、簡単で絶対のルールだけがあった。
とはいえ。
「……よしっ」
先を越されて悔しいわけではない。
屋敷内にフィーネの気配がないことを感じて、エルナは少しガッツポーズをとる。
器が小さいことは自覚しているが、久々に帰って来たのだ。
できればアルの傍にいたいというのが本音だった。
リビングにいくと、アルはソファーで読書中だった。
そんなアルに気づかれないように、エルナはソファーに後ろに回り込む。
そして、ゆっくりと両手をアルの顔へと伸ばしていく。
だが。
「あっ」
エルナの手はアルの手に掴まれてしまう。
そのままエルナは引っ張られて、気づければソファーの上で横になっていた。
「なによ……驚かそうと思ったのに……」
「屋敷に入った時点で気づいたさ。おかえり、エルナ。早かったな?」
「アンセム陛下が予定を変えたのよ。まぁ、おかげで早く帰れたわけだけど……急な予定変更でいろいろと疲れたわ」
言いながら、エルナはアルの手を自分の頭の上に持っていく。
撫でろ、といわんばかりの態度に苦笑しながら、アルは静かにエルナの頭を撫でる。
「お疲れ様」
「うん、疲れた。そういえばフィーネには料理を用意していたって聞いたけど? 私には?」
「予定より早いからないな」
「……私には?」
「……ありあわせで良ければ……」
「……むぅぅぅ……」
「ごめん……」
「ぬぅぅぅぅ……んー! んー! んー!」
「悪かったって……」
小さく唸りながら、軽くアルの胸を叩く。
用意がないのは仕方ない。
ただ、代案がないのは気に食わなかった。
「あ、二人で出かけるっていうのは? 外でご飯も食べられるし」
「街まで遠いじゃない……」
「いや、でも出かけたら楽しいぞ?」
「……それは今度」
そう言ってエルナは静かに体を起こすと、アルの肩に頭を乗せた。
「今日は長く一緒にいたいわ。久しぶりだから」
「それなら近場を散歩するか?」
「……湖に近づかないなら」
「ああ、わかった」
苦笑しながらアルは頷くのだった。
■■■
自然の多い銀爵領は散歩にももってこいの場所ではあった。
緑豊かな領内をエルナとアルは手を繋いで、ゆっくりと歩く。
杖をつくアルのスピードでは、あまり動き回ることはできない。
ただ、それでよかった。
ゆっくりと過ぎていく時間を楽しめるからだ。
「そういえばアル」
「ん?」
「王国でアンセム陛下に警告されたのよ。もっと用心しろって」
「用心? アンセムが?」
「そう。私に何かあればアルが転移してくるって。いくらアルでも」
「何かあったのか?」
穏やかな雰囲気だったアルの雰囲気が、少しだけ、本当に少しだけ険しいものになる。
おそらく普通の者は気付かないが、エルナにはその些細な変化が感じ取れた。
「えっと……何もなかったけど……」
「アンセムは何もないのに警告したりしない」
「そ、それは……」
ジッと見つめられて、エルナは居心地が悪くなる。
まずいと思って、話題を変えてエルナは歩き出す。
「そ、そういえばレティシアが最近、ミツバ様と仲良くてね?」
「エルナ」
腕を掴まれ、エルナはアルの下へ引き寄せられる。
そのままアルはジッとエルナは見つめ続ける。
圧に耐えきれず、エルナは何度か視線を右往左往させたあとに観念して、喋り始めた。
「そ、その……王国の貴族にダンスに誘われて……手を握られて……それだけよ? ダンスも踊ってないわ! アンセム陛下は大げさだから、それだけでアルが……」
笑って誤魔化そうとするが、エルナはアルの顔を見て凍り付く。
心の底からイヤそうな顔をしていたからだ。
エルナですらなかなか見ない顔だ。
「あ、アル……?」
「……さすがに大人げないか」
「アル? なにが? 何を考えたの!?」
「別に。ただ……たしかにエルナは警戒すべきかもな。さすがアンセムだ。良いことを言う」
「わ、私なの……?」
エルナは唇を尖らせるが、アルはそんなエルナをグッと引き寄せる。
そして、その頬にキスをする。
突然の行動にエルナは頬を赤らめるが、アルはそのままエルナの首筋に顔をうずめる。
「やっ! ちょっ! アル!?」
「まぁ、俺のせいでもあるか」
エルナは勢いよくアルから離れる。
首筋にキスをされた。しかもかなり強く。
跡が残るのは明白だ。
首筋に、キスマーク。
「ど、どうするのよ!? 人に見られたら!」
「人に見えるように残したんだ」
「そういうことじゃなくて!」
「だから……」
アルは離れたエルナに対して、手を伸ばす。
満面の笑みで。
「跡がなくなるまでは俺の傍から離れられないな?」
「も、もう……」
笑みを見せられて、エルナは仕方なく手を取る。
どうしても笑みを見せられると、強く出られない。
最近のエルナの悩みでもあった。
「今度、二人用に魔導具でも作るか」
「へ、変な魔導具じゃないわよ……?」
「変な魔導具だったら駄目なのか?」
「当たり前でしょ! もう……そんなの作らなくてもアルの傍にいるわよ……」
「そこを疑っているんじゃなくて、二人の周りを虫が飛び回るのが嫌なんだ。正式に発表してないデメリットをこんな形で見せられるとは……」
アルはため息を吐きながら、どうするかなと頭を悩ませるのだった。
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