第5話

   

 満月の夜に黒猫を見かけて、夢にも出てきてから二日後。

 夕方、学校から帰る途中で、あの公園の横を歩いていると……。

「にゃあ!」

 フェンスの上に座ったまま、黒猫が力強く鳴く。明らかに私に向けられた鳴き声だった。


 少し眉間にしわを寄せながら、私は小首をかしげる。

「もしかして……。この間の夢って、夢じゃなくて本当ほんとのこと? 『夢枕に立つ』とか『夢のお告げ』とか、そんな感じ?」

「にゃあ!」

 まるで人間みたいに、黒猫は首を縦に振っていた。

 続いてフェンスから飛び降りると、私の前を歩き始める。時々チラチラとこちらを振り返るのは、ついてこいと言わんばかりの態度だった。


 本当に黒猫が月の使者なのか、私と意思疎通できるのか。まだ半信半疑ながら、とりあえず黒猫から少しだけ離れて、そのあとを追っていくことにした。

 どうせ今日は、急いで帰るような用事もないのだ。黒猫の言う通りに行動してみるのも一興かもしれない。

 そんな気持ちで、黒猫に従って歩き続けると……。

 住宅街から大通りを経て、また別の住宅街へと入って、全部で三十分くらいだろうか。大きな屋敷の前で、ようやく黒猫は立ち止まった。


「にゃあ! にゃあ、にゃあ!」

 片方の前足を地面から浮かせている。犬の「お手」みたいな格好だが、そんなつもりではなく、どうやら屋敷の門を指し示しているらしい。

「ここに月のお姫様が住んでいるの?」

「にゃあ!」

「だけど、ここって……」

 門の表札を見れば、そこには『築山』という名前が彫られていた。


 私はあまり興味ないものの、住所や家族関係など、築山くんの情報は真由ちゃんが詳しく知っているし、彼女から色々と聞かされることもあった。

 確かに、住所はこの辺りだったはず。しかし築山くんは一人っ子であり、姉も妹もいない。ならば……。

「もしかして……。地球では『男の子』として生きてきたけど、それはいわばからとかさなぎみたいなもの。その魂の本質は月のお姫様……みたいな話もあり得るの?」

「にゃあ!」

 私の思いつきに対して、黒猫は力強く頷いている。

 なるほど、築山くんの正体が「月のお姫様」だとしたら、女性よりも整った顔立ちだったり、とても強いカリスマだったりも納得だ。

 同時に、そんな築山くんを月に帰るよう説得するなんて、私にはとても荷が重いなあ……と感じるのだった。




(「黒猫が満月を見て涙する」完)

   

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黒猫が満月を見て涙する 烏川 ハル @haru_karasugawa

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