第24話 ふたつの反物

銀屋ぎんや』主人、景遠けいえんは私の顔を見てにこやかに微笑む。


「お久しぶりです。紫霞先生」

 

 私が頷く。


「えっ、ふたりは知り合いだったの? だったら、一言いってくれよー」


「どうやら息子が大変お世話になっているようですね。さっ、立ち話もなんですから、どうぞ中に入ってください」


 屋敷の中にに入れてもらえた。前回は、失せ物探しの占いのためとはいえ、だった。


 大きな庭だ。


 手入れの行き届いた美しい松、池には錦鯉が優雅に泳ぐ。奥に見える使用人たちの宿舎も綺麗に整備されている。


 主人の先導で、私たちは応接間に案内された。


 応接間には高木の香りが漂い、高価そうなつぼが飾られ、屏風びょうぶには大きな虎の絵が描かれている。豪商と呼ばれるにふさわしい屋敷だ。


「お顔を拝見するのは今回が初めてでしたが、とてもお美しいお方だったのですね」


 主人自らお茶を用意してくれた。さすが商人、口が達者である。


 そう、わたしは月華宮での生活を通して、徐々にではあるが薄布を取っても緊張せずに話ができるようになっている――ような気がする。(気持ちは大切)

 


 景陽が私に変わって詳しい事情を説明してくれた。

 


「息子が紫霞先生を慕っていることも、今回の事情もよくわかりました。しかし、あなた達は後宮事情をまったくわかっていませんので、ひとつご忠告をさせていただきます」


 豪商と呼ばれ、花街で商人を続けられるその情報網の広さからの忠告だった。今回のような、後宮の退去命令を取り消そうとする妃は過去にもいたそうだ。その多くは上級妃たちで、ある者は私財をすべて失い、また、ある者は精神的苦痛から逃れようと自ら命を絶ったそうだ。その成功率はゼロパーセント。


「親父。そう心配するなって。俺らは大丈夫。後宮にそこまですがりつこうってわけじゃないし師匠はオレたちの想像を超えてくるからさー」


 景陽の言葉を聞き、微笑む主人。


 ――なんの迷いもなく一番極上の反物たんものをすぐに用意してくれた。それは、光を受けるたびにその表情を変える絹の反物で、七色に光輝いていた。それに牡丹ぼたん模様の刺繍ししゅうが繊細に施されていた。私が今まで見てきたどれよりも美しい。


「さ、触っても、いい、かっ」


 凄い。絹の表面は驚くほど滑らかで軽く、まるで風に触れているようだった。


「紫霞先生は反物に興味がおありのようですな」


「師匠は八咫国出身だからっ」


「そうでしたか。では、生地の質は落ちますがこれとまったく同じデザインのものがありますので、そちらは紫霞先生に差し上げましょう。今後とも息子をよろしくお願いしますね」


 嬉しい提案だが、私は首を横に振った。


「質は落ちるって親父が言ってたじゃん。そんなに気を遣わずに貰ってやってくれって」


「あ、あり、がとう」


 こうして反物を二反譲り受け、銀屋の屋敷をでたのだった。



 ――その帰り道――。



「久しいね~。会いたかったよ~」


 いつぞやの、上半身裸のスキンヘッド男だった。今回は部下を十人引き連れている。なんとも用心深いことで。

 

(やっぱりこうなったかぁ)


 こんな偶然あり得ない。となると、あの屋敷内にいる使用人のうちの誰かとこいつらが繋がっているということになる。反物を貰った恩もあるのでそいつも特定しておかないといけない。


「師匠って、やっぱりこの街でも有名なんだなっ」

「ち、違うっ」


 死の接吻の真実性をまだ確認していなかったことを思いだす。果たして、半殺しはセーフなのか? アウトなのか?


 確認せねば――。


<結論。セーフです。相手を殺した段階で術が発動しますので>


 麗鳳が教えてくれた。

 柘榴宮での一件があるので、完全に信用するわけにはいかない。六割程度に力を押さえて戦う必要がありそうだ。相手も刃物をチラつかせて、ヤル気満々なようだ。


(よろしい。そうこなくっちゃ)


 強さを求める景陽にも、力技がすべてではないことを知るよい機会かもしれない。


「ふ、ふたり、ま、任せたっ」


「えっ! 師匠が九人も相手するの? 無理だって」


「だ、大丈、夫!」


 私は幻龍から預かっている懐刀ふところがたなを景陽に渡す。


「今回はそんな頼りない小僧が一緒だったことをあの世で恨むんだな」


 スキンヘッド男が合図を送ると、部下たちが一斉に襲いかかってきた――。



 私の瞬殺は、カウンター型。

 相手が攻撃する際の一瞬の隙をつく。武器は鉄線。その攻撃は相手に直接触れることなく成立する。だから瞬殺したように見える。



 ――戦いは、須臾しゅゆにして決した。


 

「師匠凄すぎー。結局オレはひとりを相手するので精一杯だった」


「じゅ、十分っ」


 景陽から預けた懐刀を受け取ると、優しく頭をでてやった。頭を押さえ、逃げるように私から距離をとられてしまう。


「ところで、師匠ってそんなに強いのに、どうして占い師なんだ?」


「な、内緒っ」


 私は一指し指を立て、口元にあてた。

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2024年12月25日 21:24
2024年12月26日 21:24

元・暗殺者のコミュ障占い師が、夜の後宮を暗躍する! ~溺愛とは無縁の世界と思っていましたが、それは完全に間違いでした~ 三夜間円 @tukisiroro

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