第23話 反物を求めて

 昨晩、読めない置手紙を握りしめ、そのまま寝てしまった私。


 珍しく朝早く目覚め、広間に行くと――なんと、四人がどんよりとしている。全員、目の下に青隈あおくまを浮かばせて。


「もう、朝で・す・か?」


 普段は元気いっぱいの、華鈴の声が枯れている。


「だ、大、丈夫かっ?」


「問題ないぜー。もう少しでオレの案が通るはずだから!」

「いいえ。アタイの案のほうが絶対によいです!」

「いいや、オレだ」

「いいえ、アタイです」


 景陽と清蘭が言い合う。


「すまんな嬢ちゃん。俺じゃ話をまとめられん……」


 月華宮退去命令を取り消すための方法を、夜通し話し合ってくれていたようだ。察するに、各々の主張が強すぎ、並行線を辿たどっていたというところだろう。


(その話し合いに張本人が参加していないというのはどうなのだ……ダメだろうなっ)


 今まで幻龍が取り仕切ってくれていたからこそ、私たちはまとまっていた――夜にでかけるなどよっぽどのこと。それに置き手紙になんて書かれているかも、すごく気になる。早く帰って来い。


「げ、幻龍は?」


「幻龍は、しばらくここには戻らないぜ。聞いてなかったのか? 嬢ちゃん」


 聞いていない。


 ただしそれは、私が勝手に飛びだしたからとは言えなかった。ハッ。「……でも、隠しごとをしているって点では紫霞さんだって同じでしょ」昨日言われた幻龍の言葉が蘇る。


(そういうことだったのか!)


「き、昨日、私、と、飛びだした、夜っ」


「おいおい。昨夜は幻龍となにがあったんだ?」

「やはり男は不潔です。それで!」

「キャー。大人の会話には混ざれません♡」

「し、師匠ー!」


 全員が迫ってくる。顔が近い。


(正直に話したのに――話が違うぞ幻龍)


「そ、そうだ。ひ、ひとつに絞る、理由って……」


 私の一言で全員の動きが止まった。助かった。


「確かにそうだな。嬢ちゃんの言う通りだ。全部やりぁいいんだよ。全員の想いをぶつけて、それで砕けるなら本望ってやつだ」


「砕けるのは御免だが、師匠の意見に賛成ー」

「今後は各々で進めましょう。さすがは師範」

「これでようやく眠れます♡」



 みんなが、それぞれの部屋に戻って行く。なにか大きな勘違いをしていたようだが睡魔には勝てなかったようだ。よかった。



「そうだ師匠。オレの実家って花街にあるんだぜ。親父にも紹介したいから一緒に来ない?」


(宦官って後宮の外にでられるのか?)


 首を傾げる私。


「言い忘れてたっ。オレってこう見えて、それなりに偉い中級宦官なんだぜっ」


 なるほど。中級宦官なら後宮の外にでることができるようだ。私が頷くと「よっしゃー」と声が返ってきた。昼餉のあと、景陽と一緒にでかけることを約束した。




 ◇◇◇




「それじゃあ、行ってくる」

「お、おで、かけっ」


「留守は任せろ」

「はい♡」


 私と景陽が月華宮をでるころには、すでに清蘭は祖国に向けて出発していた。明後日には戻ってこられるらしい。なので、天鷹と華鈴に留守を任せることにした。


 実は私も景陽の言う反物たんものを早く見たかった。八咫国の出身の女なら誰だって興味を惹かれるはず。それほどの魅力がある品なのだ。



 花街に着くと、見慣れた屋敷の前で足が止まった。



(ここって……)


「どうやら師匠も、オレの実家の大きさに驚いているようだなぁー」


(そうじゃない……あっ、思いだした)


「か、帰り道、気を、つ、つけろっ」

「な、なんだよ急に……?」


 景陽に小声で忠告する。


 私がすべてを話し終える前に、屋敷の中から見覚えのある男が姿を現した。予想通り銀屋ぎんやの主人、景遠けいえんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る