第4話 教えて

 恵に連れられてやってきたのは、若者に大人気のコーヒーチェーン店。

 風太はほとんど来たことがなかったので、店内をキョロキョロと見渡しながらオロオロしてしまう。

 レジに並び、注文の順番になる。


「トールサイズのスタバラテホットのホイップ追加でお願いします。あっ、紙カップでの用意でお願いします」


 恵は手慣れた様子で注文をしていくのだが、それがまるで魔法の呪文のような言葉を羅列で、風太は全く理解が追い付かない。

 すると、注文を終えた恵が風太へと振り返る。


「風太は何がいい? 今日は私が奢ってあげるよ」

「えっ⁉ いや、初対面なのにそれは悪いって」

「いいの、いいの! 私を助けてくれたお礼代だと思って」

「うっ……分かった」


 恵に押し切られて、奢って貰うことになってしまった。

 風太はメニュー表へと視線を落とす。


「いらっしゃいませ、ご注文お伺いいたします」

「あっ……えっと……」


 店員さんがニコニコスマイルで尋ねてきて、風太は慌ててメニュー表へと視線を向ける。

 しかし、メニューを見ても、カタカナで呪文のような文字が羅列されているだけで、何のメニューなのかさっぱり分からず、風太はあたふたしてしまう。


「あの……普通のコーヒーってありますか?」

「ドリップコーヒーですね。サイズはいかがいたしましょう?」

「小さいサイズで」

「ショートサイズですね、畏まりました」


 恵は加えて店員さんに、風太のコーヒーも『紙カップで用意してください』と付け加えていた。

 何とか注文を終えて、風太はほっと息を吐く。

 


「せっかくのおごりなんだから、フラペチーノとか頼めばいいのに」

「勘弁してくれ」


 出会って一時間しか経っていない女の子とお茶をするだけでも現実離れしているのに、コーヒーの注文一つでここまで苦労することになるとは……。


(世の中の若者ヤベェな)


 風太も二十代前半の若者なのに、おじさんみたいな感想を覚えてしまう。


「ドリップコーヒーお先に失礼します。本日は酸味の効いたグアテマラとなっております」

「あ、ありがとうございます」


 紙カップで用意されたコーヒーを受け取り、風太はペコペコお辞儀をしてからレジを後にする。


「先に席戻ってていいよ。私のヤツ作るのに時間かかるから」

「分かった。そうさせてもらうよ」


 恵に促されて、風太は注文前に荷物を置いて確保しておいた二人掛けの席へと戻って行く。

 椅子に腰掛けたところで、ようやく今日初めて肩の力が抜けたような気がした。

 緊張していた身体が力みが取れていく。


「おまたせー!」


 そんなリラックスの時間も束の間。

 恵が戻ってきたところで、再び風太の身体は強張ってしまう。

 先ほど注文したドリンクを手に持ちながら、恵は風太と向かい側の席にへ座り込む。

 手に持っているドリンクは紙カップに注がれてるため中身は分からないけれど、風太が頼んだものより確実におしゃれ感に溢れている気がする。


「久しぶりにスタバラテなんて頼んだよ。風太は普通のコーヒー?」

「うん。あんまりこういう所来ないから」

「そうなの? 普段カフェとか行かない感じ?」

「そうだね。大学の食堂でたむろしてることが多いかな」

「分かる! 授業の合間とか暇だもんね!」


 大学は違えど、どこの大学生も大体の過ごし方は同じらしい。

 恵がめっちゃ共感してくれる。


「うん、甘ウマー」


 カップから口を離すと、恵の唇にホイップクリームが付いてしまっていた。


「恵、ホイップ付いてるよ」

「えっ、どこ?」

「口元の所」


 風太は自身の上唇を指差して教えてあげると、恵は舌をちろりと出して自身の唇に付いたホイップクリームを舐め取った。

 何だか見てはいけないような光景を見てしまったような感じがして、風太は咄嗟に視線を逸らしてコーヒーを何口か啜す。

 少しまったりとした時間が二人の間に流れる中、風太は恵へ口を開いた。


「そ、それにしても、とんだ災難だったね、さっきの会社」

「えっ、そうなの? あれぐらい普通じゃない?」

「えっ……!? どう考えても地雷だったじゃん」

「そうなの? 全然気づかなかかった」

「だって恵にあぁいうセンシティブな質問してきたのだってそうだし、何より説明会で受けた時と面接前に説明された事業内容全然違ったんだよ?」

「嘘!? ほんとに!?」


 風太が就活セミナーに参加した際に聞いた話だと、転勤なしのルート営業だと聞いていた。

 しかしいざ面接で事業内容を聞いてみれば、全国転勤ありのテレアポ営業だったのである。

 まさに、ブラック企業の常套手段。

 そのことを説明すると、恵は驚いた様子で口に手を当てていた。


「私、風太みたいな説明受けてないんだけど!? 『アットホームな会社です』としか言われてなかったよ」

「それ、ブラック企業が求人に掲げる常套句だから!」

「そうなの⁉ 家族みたいに温かく迎え入れてくれるんじゃなくて?」

「ないない。そうやって甘い蜜を吸わせて騙された人を奴隷のように扱うんだよ。入社して一か月ぐらいは凄い優しいのに、研究が終わった途端に一人じゃ捌き切れないような量のノルマを課されて、毎日終電帰りの激務確定だよ」

「そんなぁ……それじゃあ私、まんまと騙されてたって事!?」

「まあ会社も若者が減少してるから、学生を上手く騙して囲い込みしたいんだよ。アットホーム、若手活躍中、未経験でも成長できる職場はブラック企業三大要素で確定だね」


 少子化が進む現代において、人材確保は企業にとっても必須命題。

 そうして人材不足が重なり、優秀な社員をも過労で潰していき、離職者と内定者が入れ替わり立ち代わりで入って来て、引継ぎもないままにいきなり膨大な量の仕事量を課す。

 これこそ、日本社会におけるブラック企業の現状だ。


「マジ!? 初めて知ったんだけど!? 風太って詳しいんだね。物知りさんで凄い!」

「いや、これぐらいネットで検索すればすぐに出てくると思うんだけど……。もしかして恵、あんまり企業分析とかしてない感じ?」


 風太が尋ねると、恵はばつが悪そうに後ろ手で頭を掻く。


「あははっ……実はそうなんだよね。今日の面接も、友達に『受けようよ』って言われてノリで応募したんだ。そしたら、友達だけ書類選考で落ちちゃって、私だけ面接に進むことになったって感じで、元々全然興味はなかったの」

「その友達にも言っておくといいよ。『セクハラ野郎がいるブラック企業の巣窟だったよ』って」

「あはっ、そうだね。言っとく」


 冗談めかして笑っている恵を見て、もう先ほどの面接の件は気にしていないと分かり、風太はほっと安堵する。


「でも、ブラックかどうかを見抜く力って凄い事だと思う。だって、私は簡単にダサまれちゃうから」


(心配だなぁ……)


 きっと恵は、根が素直で純粋な子なのだろう。

 だから、そういう甘い蜜を見てすぐに飛び込んでしまう。


「恵も、もう少し企業選びは慎重にやった方がいいよ。まっ、今日の会社の面接に来てる時点で、俺が言えたことじゃないけどさ」


 風太が皮肉交じりに言うと、恵は顎に手を当てて何やら考え込んでしまう。

 どうしたのだろうと首を傾げていると、恵は視線を上げ、真剣な眼差しで風太を見据えてくる。


「ねぇ風太。私に企業選びのやり方教えてくれない?」

「えっ……俺が?」

「うん。だって風太なら信頼できるから。私をあそこまでして助けてくれたんだから恩人だもん。恩着せがましいことは分かってるんだけどお願い」


 手を合わせて懇願してくる恵。

 風太はどうしたものかと頭を掻いてしまう。

 ただ、ここで風太がNoと言ったら、恵はきっとまた変な企業に騙されてしまうかもしれない。

 風太の頭に思い浮かんだのは、恵のきらきらとした笑顔。

 それがブラック企業のせいで失われてしまうのは、世の中の損失だし、風太にとっても辛くて悲しいこと。

 上司から仕事をしつけられ、誰にも助けを求められず、一人黙々と死んだ目をしながら黙々と作業に打ち込む恵の姿を想像しただけで、風太はもう耐えられずに目を瞑ってしまう。

 自然と手に力を込め、風太は恵のことを見つめ返した。


「俺で良ければ……いつでも相談に乗るよ」

「ほんとに? 風太の就職活動の邪魔にならない?」

「ならないよ。むしろ情報を共有できて一石二鳥だよ。お互いいい会社から内定をもらえるように頑張ろう」

「風太……」


 目に溜まった雫を手で拭う恵。


「ありがと! 大好き!」


 その言葉を聞いて、風太は別の意味に捉えそうになってしまったけど、勘違いしないよう机の下で太ももをぎゅっと抓った。

 本当は、抓る必要などないことも知らずに……。


 そして早速、風太は恵と一緒に企業分析を始めたのだが――

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