第5話 似た者同士
風太は恵と約束した通り、早速企業分析をすることになったのだが……。
「うーん……」
恵は悩むように唸っていた。
「ごめん、俺の説明が悪かったよね」
「ううん違うの。きっと私が理解できないだけだから」
恵に懇切丁寧に説明していたつもりが、かえって混乱させてしまったようで、恵の反応はあまりいいものではなかった。
風太は自身のアウトプット能力の低さを悔やみ、ぐっと歯噛みしてしまう。
「ごめんね、せっかく風太が教えてくれたのに」
「謝らないでいいよ。今日は一旦企業分析は終わりにしようか。こういうのは理詰めしても辛いだけだから」
そう言って、恵の前に広がっていた資料の山を引っこ抜き、鞄に仕舞い込んでいく。
恵は少し不満げな顔をしていたものの、諦めがついたのはふぅっと息を吐いた。
「風太君はちなみにだけど、就活どれぐらい進んでるの?」
少しどんよりとしてしまった空気を変えるように、恵はラテを一口飲んでから尋ねてくる。
その質問に対して、風太は肩をすくめて自虐的な笑みを浮かべた。
「まっ、見ての通り絶賛不合格の嵐だよ。社会人になってやりたいことも特にないしね」
「そうなんだ……」
「恵は? どこか内定貰ってたりしないの?」
「一応、一社だけ貰ってるには貰ってるんだけど……」
「えっ、そうなの⁉ じゃあもうその会社でいいんじゃない?」
「うーん……」
風太がそう言うものの、恵の表情は渋いままだ。
「もしかして、あんまり乗り気じゃない感じ?」
「まあそんなところかな。正直、給料も悪くないし待遇も悪くないんだけど……なんか違うなって」
「そっか……まあ恵が違うって思うなら無理して決める必要はないよ」
恵には、自分で納得した上で入社を決めてもらいたい。
「心の余裕として滑り止め程度に思っとけばいいんじゃない? 企業側からは催促が来るだろうけど」
「うん……」
すかさず風太はフォローの言葉を口にするものの、恵の表情は晴れることなく、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「風太は今までどんなところ受けたの? その様子だと結構受けてるんでしょ?」
「えっ? まっ、まあね……」
「どんなところがあった?」
興味津々な様子で尋ねてくる恵。
風太は恵に乗せられて、今まで受けた会社の面接話を語っていく。
「最初はぼんやりだけど、都内で働きたくないなと思って、郊外の会社を中心に受けてたんだけど、最終面接が役員全員との面接でさ、10対1でお偉いさんに見つめられて大変だったよ」
「マジ!? それヤバくない?」
「恵も会社名ぐらいは知ってるんじゃない?」
風太が恵に耳元で企業名を伝える。
「嘘!? めっちゃ大手じゃん!」
「うん、正直大手でもそんな面接するんだと思って驚いたよ」
「まあ、今は大手に入れば安泰ってわけじゃないもんね。自分らしい働き方って大事だし」
「それから、今日の会社みたいに説明会では転勤も飛び込み営業もありませんって言われたのに、いざ蓋を開けてみればバリバリ新規開拓営業だったり勤務先も全国転勤ってところもあったかな」
「さっきも思ったけど、それって半ば詐欺だよね!?」
「そうだよ。だから会社って俺は基本的に信用してないし、就職活動に関して募集要項は書いてあることはほとんど嘘だと思って疑ってかかってるよ」
「なるほど……私そんなこと考えたことなかったや」
「恵は、書類応募する時はどうしてるの?」
「うーん……なんかいいなーって思ったらそのままノリで?」
「すげぇな」
まさに恵は考えるよりまず行動してみるタイプなのだろう。
物事をじっくり考えてから、やっと重い腰を上げる風太とは大違いだ。
「でもね、何か知らないんだけどいっつも大体書類選考は通るのに、面接が最悪なんだよね。私だけ集中砲火みたいなこともあったし、ホント私なんかが受けて良かったのかなって思うこともあったよ」
「まあ、書類は評価されてるわけだし、そこはポジティブに捉えようよ。面接は当たってみないと正直分からない所はあるからさ」
風太は書類選考も本当に正確に行われているか不透明なところがある気がしてならいない。
世の中顔採用というものがあるように、ほとんど書類選考は履歴書の写真で判断している気がしなくもないけど、ここで言う必要はないので明言を避けておく。
「そっかぁ……色々考えてて風太君は偉いねぇ」
「そうかな? 俺は結構適当な方だと思うよ。他のみんななんて、大学二年生の頃からインターンシップに参加して内定貰ってるなんて人いたから」
企業側もいい人材を確保しようと必死なのだ。
インターンシップなどを積極的に行い、そこで目についた人に声をかけて早めに内定を出すなんてことも今は多い。
風太はインターンシップが面倒で遊び呆けて来たので、今こうして苦しんでいるわけだけれど、過去を悔やんでも仕方がないということも十分理解していた。
「私ね、自分が将来何になりたいとか、全然ビジョンが見えないんだよね」
恵は頬杖を突きながら、窓の外を眺めながら語り始める。
「今までずっとアルバイト漬けの毎日で、大学サボって友達とカラオケ行ったり楽しい事ばかりやって来たから、いざ企業に就職活動しましょうって言われても、全然将来やりたい事とか思い浮かばなくて」
「まあ、それは他の人も同じなんじゃないかな?」
本音を言えば、風太だって働きたくない。
どうして社会人になるのかと言われても、お金を稼ぐためとしか言えないのだから。
「でもさ……みんな嬉しそうなんだよ。内定貰って『好きな会社に入れるー!』って。なんか私、それ見てて虚しくなってきちゃってさ。私には、仕事にしたいぐらい好きなことってないから……」
恵はそう言って、自身の心労を吐露した。
「俺だって、そんなの決まってないよ」
働きたい理由なんて存在していない。
だからこそ、毎回適当な理由をでっち上げて面接官の前で表面上の志望動機を語っているのだから。
「もしかしたら私達、実は似た者同士なのかもね」
そう言って、頬杖を突きながらつまらなさそうに微笑む恵。
彼女の目はどこか、憐みも含んでいる気がした。
「ねぇ……この後まだ時間ある?」
「えっ、まああるけど……」
今日は面接以外何も予定が入れていなかったので、風太はたっぷり時間が空いている。
「じゃあさ、ちょっと一緒に来てほしいところがあるんだよね」
「まあ、俺なんかで良ければいくらでも付き合うけど……」
「ほんとに? それじゃあ時間勿体ないし早速行こっか!」
風太からの了承を得るなり、恵はぱっと表情を明るくしたかと思えばすぐさま席を立ち、飲み干した紙カップをごみ箱へと捨ててから、そそくさとコーヒー店を後にしていく。
そのまま恵は、まっすぐ駅の方へと歩き始めた。
「どこに行くつもりなの?」
「着くまでのお楽しみ♪」
人差し指を口元に当てて、秘密めかしたような笑みを浮かべる恵。
どうやら、目的地に着くまで答えを教えてくれることはないみたいだ。
もったいぶられてしまったけれど、どこかこの状況を楽しんでいる自分がいて、風太はつい頬がほころんでしまうのであった。
そして、二人で電車に乗り込んで向かったのは――
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