第3話 責任

 めぐみに声を掛けられ、風太ふうたはようやく我に返った。

 振り返ると、恵は頬を紅潮させ、視線を泳がせている。

 そして、申し訳なさそうに――


「その……手」


 と呟く恵。

 風太はそこでやっと、恵と手を繋いだままであることに気が付いた。


「うわっ、ご、ごめん!」


 風太は咄嗟に恵の手を離す。

 そして、すぐさま罪悪感が風太の頭の中を支配して、気づけば恵に対して深々と頭を下げていた。


「本当にごめんなさい! 俺、勝手にあんなことを……。あなたの面接を台無しにしてしまいました!」


 開口一番、恵に対して謝罪の言葉を口にする風太。


「ううん平気、謝らないで。むしろありがとう、助けてくれて」


 しかし、恵から返ってきたのは感謝の言葉だった。


「最初は私、適当に愛想振りまいてたんだけど、段々自分が惨めな気持ちになって来て……。そしたら、君が割って入って来てくれて、私のことを庇ってくれた。本当に感謝してる!」


 恵はまるで、風太を正義のヒーローかのような眼差しで見つめてくる。


「で、でも……もし丸山まるやまさんがこの会社第一志望だったらって思うと、どう取ればいいのか……」

「大丈夫だよ。別に私、この会社入りたかったわけじゃないから!」


 あっけらかんと笑いながら手を横に振る恵。

 その言葉を聞いて、風太はようやく安堵の息を吐くことが出来た。


「てかフツ―に考えて、あんなキモイ上司がいる会社で働きたくないっしょ。マジ鳥肌モノだったわ」


 面接で受けたセクハラ質問を思い出してしまったのか、恵は自身の身体を両手で抱くようにして身震いしてみせる。

 しかし、恵の表情はどこか清々しているように見えた。


「えっと……ごめん、君の名前は確か……風……風……」

「あっ、足立風太あだちふうたです」

「そうそう! レッサーパンダの!」


 思い出した様子で手を叩き、風太を指差してくる恵。

 先ほど面接での自己紹介時、『レッサーパンダと同じ風太です』と言い放って盛大に滑り散らかしたのだ。


「自己紹介の時、いきなりあんな事言い出すから、私隣で笑い堪えるの必死だったんだからね?」


 恵は風太が滑り散らかした自己紹介を思い返しているのか、肩を揺らして笑っている。


「えっと……丸山さんは――」

めぐみでいいよ! 私も風太ふうたって呼ぶから」

「わ、分かった……」


 流石は陽キャと言ったところだろうか、距離の詰め方が尋常じゃないほどに早い。

 さっき初めて顔を合わせたとは思えないほど、もう友達感覚で話しかけてきている。


「恵はその……本当に大丈夫? トラウマになってない?」


 風太の心配をよそに、恵はぶんぶんと手を横に振った。


「全然。あぁいうセクハラ染みた質問は何回もされてるから」


 そう言って、飄々とした様子で笑い飛ばす恵。


「そうなんだ……なんかごめん」

「なんで風太が謝るの?」

「いや、同性として申し訳ないと思って……」


 同じ男として、下衆い質問を平気でする男たちがいることに対しての罪悪感で、頭が上がらないのだ。

 もしあんなセクハラ面接を風太が受けたら、今後も面接がトラウマになってしまう自信がある。


「でもびっくりしたよ。私的には、『あーっ、やっぱりそう言う事聞かれるんだなー』って受け流してたんだけど、まさかセクハラだって真っ向から立ち向かってくれるとは思ってなかったから」

「いやだって、あれは見てていい気分じゃなかったし……」

「風太は優しいんだね。今まで面接受けてきて、そう言ってくれたのは風太だけだよ」

「そ、そうなの?」

「うん、今まで面接を一緒に受けてきた人は全員見て見ぬふりだよ。センシティブな部分だし、自分の選考にも関わってくるから、あんまり首を突っ込みたくないんじゃないかな」

「な、なるほど……」


 就職活動は言ってしまえば他人との勝負。

 他人がセクハラを受けていたとしても、それを見殺しにしてでも自分が内定を貰いたいという自己中心的な考えが先走ってしまうのだろう。

 今回、風太は運よくあまり興味がない会社だったから真っ向から立ち向かうことが出来たけど、もし本命の会社だったら、同じ行動をとることが出来ていたかは分からない。


「ねぇねぇ風太!」


 すると、突如として恵が風太の腕をガシっと掴んできた。


「ちょ、いきなり何!?」


 恵のいきなりのスキンシップに、風太はビクっと身体を震わせてしまう。


「えっ? これぐらい普通じゃない? 何、もしかして照れちゃった?」

「いや、別に照れてはないけど……」


(嘘です。めっちゃいい匂いするし、色々柔らかいところが当たってるので頭がくらくらしてます)


 しかし、ここで口にしてしまったら先ほどのセクハラ面接官と同じになってしまうので、風太は必死に身を縮めて堪える。


「ふふっ、かわいーな!」


 バシンッ。


「いてっ……」

「あははっー、風太ってばどんくさーい!」


 背中を思い切り叩かれ、手で擦っていたら、恵はその仕草を見てけらけらとお腹を抱えて笑っていた。

 どうやら、このスキンシップの距離感が、恵なりのコニュニケーションの取り方らしい。


「それよりさ! 風太はこの後、他の企業の面接あったりする?」

「いや、今日はここで終わりだけど……」

「ならさ! 私とお茶しない? これも何かの縁だと思うし」

「えっ……!?」


 突然のお誘いに、風太はどうしたらいいか分からずあたふたしてしまう。

 その様子を見て、恵はさらに腕を絡める力を強めてきた。


「さっき言ったよね? 取ってくれるって」

「えっ⁉ いや、それはその……恵が今日の面接が第一志望だったらってことで――」

「じゃあ、責任取ってくれないの?」

「うっ……」


 潤んだ瞳で上目遣いに見つめられ、風太は言葉を詰まらせてしまう。

 そんな可愛らしく言われてしまったら、モブ陰キャである風太は胸がざわついてしまうし、首を横に振って断ることは出来ない。


「ねっ、行こ?」


 風太はごくりと生唾を呑み込んでから、諦めるようにして一つ息を吐く。


「わ、分かったよ……」

「やったぁ! じゃあ早速レッツゴー!」

「あっ、ちょっと恵、引っ張らないでってば……!」


 こうして、先ほどとは逆の立場となり、今度は風太が恵に手を引かれる形となってしまう。

 セクハラ面接官から陽キャJDを助けてあげたら、一緒にお茶することになりました。


(こんな可愛い子と俺なんかが一緒にお茶するなんて、これは果たして現実なのか⁉)



 緊張する風太をよそに、恵はどこかウキウキ気分で終始笑顔を浮かべていた。

 そんな笑顔を見ていたら、何だかこっちまで少しワクワクしてきてしまうのだから、恵には陽キャパワーが体中から放たれているに違いない。

 そして先ほど、恵がどういう意図で責任という言葉を使ったのか、風太はこの時全く理解していないのであった。


 恵に先導されて向かったのは――

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