第9話 本当の理由
チュ。
風太の唇と、恵の唇が重なった。
「なっ……!?」
突然のファーストキスに、風太は唖然としたまま立ち尽くすことしか出来ない。
一方の恵はどこか妖艶な笑みを浮かべながら、とろんとした目でこちらを見上げてくる。
「ねぇ風太。ホテル行こっか」
「……はい!?」
唐突なお誘いに、風太は驚きの声を上げてしまう。
思ったよりも大きな声が出てしまい、咄嗟に辺りを気にして駿と身体を縮こまらせる。
「な、何言ってるの⁉」
「あっ、もしかしてお金ない? それなら漫画喫茶でもいいよ」
「そう言う事じゃなくて! それ、どういう意味で言ってる!?」
「もちろん、男女の営み的な意味で言ってるに決まってるじゃん」
明確に言われてしまい、風太は言葉を失ってしまう。
「私、こう見えて結構あるんだよ?」
そう言って、にやりとした笑みを浮かべながら、自身の胸元を持ち上げて、風太にだけ見えるように強調してくる恵。
スーツ越しから浮かび上がる豊満なバストを目の当たりにして、風太はごくりと生唾を呑み込んでしまう。
「ふふっ……やっぱ興味あるんじゃん」
「そ、そりゃまあ、男だから仕方ないだろ」
風太は後ろ手で頭を掻きながら誤魔化すように視線を逸らした。
「そんなところも私は嫌いじゃないよ。だから……」
恵は手を伸ばしてきて、再び風太の手を取り、指を絡ませながら言ってくる。
「私と一緒に、ストレス発散しちゃお?」
とろんとした瞳を向けられ、風太はきゅっと胸が締め付けられる。
(これ、どんな展開!? A○でもねぇよこんな急展開)
現実離れしすぎた状況に、風太は状況を呑み込めずにあたふたしてしまう。
口を開こうとしては閉じてしまい、上手く言葉が出てこない。
「ほら、早く行こっ」
「えっ……ちょ」
風太の手を引き、そそくさと歩き出してしまう恵。
(ちょっと待て待て待て!? マジで言ってるのこれ!?)
ぐいぐい手を引っ張っていく恵に言葉を掛けようとするものの、上手く言葉が出て来ず、お店を後にした二人は、夜の繁華街へと足を踏み入れてしまう。
「どこにしようか? 漫画喫茶にする? 声我慢しなきゃいけないのが辛いけど、風太がそうしたいなら頑張るよ」
「ちょっと待って! ストップ」
ようやく状況を呑み込んだ風太は、恵の手を引っ張って歩みを止めさせた。
恵の足が止まり、こちらへと振り返る。
「恵落ち着いて! 一旦俺の話を聞いてくれ!」
「ん、どうしたの? 話ならいくらでも聞くよ」
至って平穏な口調で、恵は風太の話を聞き入る体制に入ってくれる。
「確かに俺は恵のことは好きだ。けど、俺達まだ出会って数時間しか経ってないんだよ⁉」
「うん、そうだね」
「なのにいきなりホテルでそういう行為をするとか……普通じゃないだろ!」
「そうかな? 別にビビっと来たらいいんじゃない?」
「いやいや、良くないだろ!」
「私は別に、風太なら良いよって思ってるよ?」
「なっ……」
衝撃的な発言に、風太は狼狽えてしまう。
その間にも、恵は話を続けた。
「それとも風太は、私を異性として意識してないの? さっきはあんな情熱的な言葉を言ってくれたのに」
「そ、それは……」
恵は見た目も可愛くてスタイルも抜群だ。
男なら誰しもがヤりたいと思ってしまうぐらいには美人な部類に入るだろう。
風太の男の部分だって、反応してないと言ったらウソになる。
けれど――
「それとこれとは、話しがまた別だろ……」
「そうかな? 私は風太なら、これからも一緒に仲良くできるのになって思ってるよ」
「何を根拠に――」
「そんなのインスピレーションに決まってるじゃん。逆にそれ以外である?」
「そのインスピレーションが正しくなかったら?」
「それってつもり、風太がヤリ目の最低グス男だって事?」
「可能性はゼロじゃないだろ?」
もちろん、風太はそんな行いをしたことはないし、これからも恵のことを幸せにしたいと思っている。
けれど、言葉ではいくらでも言えたとしても、行動で示せなければ意味がないのだ。
「恵は今までもそうやって男の人と行為に及んできたワケ?」
「ううん、こんな初日からするのは、風太が初めて」
「じゃあどうして……」
「逆に聞くんだけどさ。シたいって言ってる女の子が目の前にいるのにヤらないの?」
「当たり前だろ。まだ俺は恵の人となりも知らないんだぞ⁉」
「じゃあこれから知っていけばいーだけの話でしょ?」
「あのな……」
話しが通じず、風太は頭を抱えてしまう。
「じゃあ逆に聞くけどさ、風太にとっての普通って何?」
「えっ?」
真剣な眼差しを向けて尋ねてくる恵。
「だから、風太にとっての普通って何を定義してるのかって聞いてるの」
「そ、それは……常識的に考えて分かるだろ」
「常識って何? 誰が定義したの?」
「それは……国が法律で定めて」
「なら、私が同意してるわけだから、別に犯罪でも何でもないよね? 法律上何も問題なくない?」
「そう言う問題じゃなくて、もっとモラルとか体裁とか色々あるだろ!」
「そもそも周りを気にする必要ってある? 結局それに縛られてるから、就職活動だって上手くいってないんじゃないの?」
「なっ……そ、それは……」
的を射ている返しに、風太は言葉に詰まってしまった。
社会に染まろうとして他の人みたいに就職活動をしている自分がまさに今の現状なのだから。
「ねっ、結局こういうのって周りがどうだからとか、そういう感じなんだよ。風太は本当に社会人になって働きたいの?」
「でも、働かなきゃお金が手に入らないだろ」
「そうだね。お金は手に入らないよ。じゃあそのお金は何のために稼ぐの? 風太はそのお金で何を成し遂げたいの?」
「そ、それは……」
恵にさらに追及されてしまい、風太は何も言い返せなくなってしまう。
風太の中にはない価値観だったから。
「私には出来たよ。風太との子供を授かって、風太と家族を営むためにお金を使いたいって言う大義名分が」
「なっ……!?」
話が飛躍しすぎて、風太は本格的についていけなくなる。
(今、俺の子を身ごもりたいとか言わなかったか!?)
「ねぇ風太、風太は私と一緒になりたくないの? 十年、二十年先になっても、私とイチャイチャしたくない?」
風太の首に手を回して、恵は上目遣いにこちらを見上げてくる。
吐息がかかりそうな近距離でマジマジと見つめられ、風太は視線を逸らしてしまう。
辺りは夜のお店が軒を連ねているものの、まだ日中ということもあり、人通りはほとんどない。
今の状況を見ている人はおらず、二人だけが取り残されているような感じだ。
「また周りを気にしてる。今は風太の気持ちを聞いてるの。ねぇ、私を見ながらちゃんと答えて? 風太の本音」
恵は、風太を誘惑の海へと誘うようにして、甘い吐息を漏らす。
風太は恵にそそのかされて視線を戻した。
見目麗しい顔。
潤んだ瞳。
艶のある白い肌。
筋のある鼻。
ぷるんとした唇。
このすべてを手に入れることが出来る人生。
これから十年、二十年先もずっと……。
「どう? 想像できた?」
「うん……想像してみた」
「答えは?」
「俺は――」
風太が自身の気持ちを包み隠さず吐露した。
すると、恵はふふっと満足げな笑みを浮かべる。
「そっか。それじゃ、そうしよっか」
「あぁ……」
恵は風太の首元から手を離して、ぎゅっと腕に寄り掛かって来た。
二人はそのまま、リクルートスーツ姿で、繁華街へと姿を消していく。
そして二人は、出会って即出航を果たした。
今思えば、とんでもない邂逅だったけど、二人らしい出会いだったのかもしれない。
そして、恵との濃ゆい出会いからの一日を果たしてから、五年の月日が流れたある日のこと――
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