第4話 古本屋

 今日も住宅街の外れにある小さな古本屋にいる。老店主は、いつも通りウトウトと眠気に揺られている。僕はいつものように文庫本を漁る。最近は、西野真吾がお気に入りだ。

 もしも、成れるなら小説家として、デビューしたいと思っている。大学は冬休みに入って、はっきり言って暇すぎる毎日だ。実家暮らしだから特に困ることと言えば、母親が几帳面過ぎて細かいことと、妹はうるさいことぐらいだ。

 小説はいい、世界の中に入って行けば、何時でも主人公になれる。西野圭吾の物語に登場する敏腕刑事や天才物理学者にも、本を読んでいる数時間だけ成れる。

 でも、今日はちょっと西野圭吾を外れて、冒険しようと思っている。「えーっと…」ランダム過ぎるほど、適当に並んだ文庫本を横向きに見ていく。ドンっ、左肩が何かにぶつかった。「あっ、ごめんなさい!」「す、すいません。僕のほうこそ…。」眉毛あたりでカットした前髪の下の猫のような瞳が印象的な女性だった。

 一段下の棚をまた右から見ていく。本を取ろうとしたら、手と手が当たった。「あっ、ごめんなさい!」「い、いえ、すいません!」「ふふふ…。」「アハハハ…。」口元を押さえた左手の薬指に銀色のリングが光った。笑った顔が子猫のように愛らしい。「川上良好きなんですか?」「いえ、最近は西野圭吾ばかりで…。」「西野圭吾、面白いですよねー!でも、いちも最後が辛くて泣いちゃうんです!」「僕もですよ!泣くのわかってても読んじゃうんですよね。」「川上良は?」「限りなく近い世界とか読みましたねー。」「あの、エンディングっとどういう意味?よく、わかんなくて…。」ウトウトと舟を漕ぐ老店主をよそに小説話で盛り上がった。


 同時に手にした文庫本は、彼女に譲って、読んだらまたあの古本屋の棚に、こっそりと直しておくと言ってくれた。一度購入した本を棚に戻して僕が読む。購入して面白かったら、同じ位置にちょっとだけ手前に出して置いておく。僕達だけのルールが出来た。面白いやり方だけど、これいいのかな?


 何だか待ち切れない気分になって、二日しか経っていないのに、また古本屋へと足を運んだ。相変わらずウトウトと舟を漕ぐ老店主を横目に文庫本の本棚へと向かう。

「あった!」わかりやすいように本の背を1cm位出してある。

 表紙の裏に黄色いメモが挟んである。「お先にごめんなさい。面白かったです。川上良の世界観がすごい!」

 本を買わずに店を出るのが、ちょっと気になって、メモが挟んであった本と他に数冊を買って帰った。老店主は、二日前に売れた本が今日も売れたことに気づいていない。

 早く読んで面白かった本を今度は、僕からパスしたい。家に帰ると「一緒にゲームしよう!」と小五月蝿い妹を放置して、部屋に籠もった。


 翌日、古本屋へと足を運び、本棚へと買った本を戻す。「川上良、ハマりますね!こちらも良かったです。ちょっとサスペンス!」もちろん、1cmほど手前に出してある。また、数冊買って読み漁る。


 また二日後に古本屋へと足を運ぶ。老店主は相変わらずウトウトしている。この人、会計時以外起きているのをあまりみないなぁ。

 はやる気持ちで、文庫本の本棚へ向かった。1cmほどの手前に出してる本を手にする。黄色いメモが表紙の裏に挟んである。「今回は、西野圭吾。やっぱり泣いちゃう(泣)でも、読んじゃう(笑)」


 次に古本屋で本を手にした時に「これは、ちょっと怖かったです。ガクブル!西野圭吾の天才物理学者氷川優零時の魔法、お正月映画館に観に行きます。面白いかな〜?」


 この映画、丁度観たいと思ってたので、元旦の映画の日に夕方から観に行くことにした。一人で行くのもちょっと淋しいので、妹に声をかけるが、彼氏と初詣らしい。友人達も初詣やら、家で親戚が集まって新年会やらで空いていない。

 

 仕方なく一人で観に行くことにした。元旦の映画館は、人でごった返している。チケット販売機の前には珍しく列が出来ている。

 ポンっポンっと背中が軽く叩かれた。振り向くと、眉毛あたりでカットした前髪の下に、爛々と猫のような大きな瞳が見える。「あっ、びっくりしたー!」「んふふふ!明けましておめでとうございます!」「あっ、明けましておめでとうございます!」何だか新年早々照れくさい。「あの映画?」「はい!僕も観たくて!」「後ろ並んでるし、僕が一緒に買いますよ!」「あー、助かるー!」「何枚?」「一枚?」「と、隣で?」「はい!」一緒にチケットを買った。


 ドリンクコーナーで並びながら面白かった本の話をする。「お正月なのにご家族は?」「娘はおばあちゃん家、旦那はお正月ゴルフコンペだって。昨日は、今日一緒に映画行こうって言ってたんだけどね。何かLINUで誘われたみたい。」「それは、残念ですね。」「いいのよ!いつも、こんな感じだし…。私より大事にしてるみたいだから…。」何だか淋しそうに言って、彼女は黙ってしまった。


「君のこと、何て呼んだらいい?」「えっと、中川祐二です!何でも!」「じゃ、ゆうちゃん!私は、椎名裕子!私もゆうちゃん!」「ハハハ、分かりづらいですよ~!」「二人だからいいんじゃない!」


 ビールのLサイズ二つとポップコーンのLサイズを買って、並んで席に座った。映画を観ながら、ポップコーンにビール、綺麗な女性が隣の席、新年早々にラッキーだ。

 彼女の右膝に置かれたポップコーンを二人で摘む。たまに手が触れるが、お互い気にしなくなった。


「あー!面白かったー!」「思ったより、良かったですねー!」映画の話で盛り上がりながら映画館を出た。彼女がスマホを手にした。LINUの画面のようだ。表情が曇るのがわかった。急に笑顔になり僕を見ている。「お腹空いたー!ねっ、ゆうちゃん!何かあったかい物、食べにいかない?ご馳走するわよ!」悪戯っ子のように笑っている。時計を見るともう8時だ。


 しゃぶしゃぶを食べながら、「旦那さんは?」「打ち上げで遅くなるって。どうせ代行だと高いから近くのホテルに泊まって帰るとか言って来るわ。この前は、呑んだ後車で寝てて、バッテリーが切れてて気付かなかったとか…。馬鹿にしてるわよ、ね!」


 何とも答に困って、面白かった映画の話に切り替える。


「ゆうちゃんって、ほんと小説好きよねぇ。」「ええ、実は小説家目指してて…。ちょっとお恥ずかしいんですけど、小説家サイトとかに投稿しているんですよ!」「えーっ、すっごーい!見せて見せて!」「友達とかに言ってないから、読者居なくて…。」「じゃ、私ファン一号!絶対、全部読むから!」


 帰りの電車も同じ方向だった。駅も二つ隣みたいで、あの古本屋にも歩いて行ける距離だ。

 LINUを交換して別れた。


 自宅に帰った頃、LINUが来た。「今日は、遅くまでごめんね!付き合ってくれて、ありがとう!おやすみなさい。」ネコが帽子を被って寝ているスタンプが来た。返信を返そうとしていると、「追伸 家に三千冊くらいあるから、観に来ない?」


「何?お兄い!にやにやして気持ち悪い!」

 


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