第5話 幼馴染

 クリスマスまで後数日の街中は賑やかだ。どこに居てもクリスマスソングが聴こえ、必ずサンタの格好をした人がいる。リボンの付いたプレゼントを小脇に抱えて幸せそうに歩く人が僕とすれ違っていく。

 

 「はぁ、今年も一人かぁ。」男三十代ともなれば、皆家庭持ち、たまに独身もいるが、少数派だ。周りからお見合いや今流行りのマッチングアプリとかも薦められるが、恋人になる女性とはなるべく自然な出逢いがしたいと思っている僕は古風すぎるだろうか?


 そう言えば、昔相手のいないヤツばっかり集まってクリスマスイヴに飲み会したことあったなぁ。最初は、「男ばっかりで何が悪い!」と周りに居た他の男性客も巻き込んで、盛り上がったものの、結局彼女が欲しい話の流れになって尻すぼみな終り方で、何となく惨めだった。


 ぼっちクリスマスと一人で盛り上がるのも返って淋しくなってしまう。でも、会社の女の子を誘うのはかなりのハイリスクだ。下手すりゃ、セクハラなんてことにも成りかねない。何とか淋しくないクリスマスを過ごせないものか?毎年のように足掻いている。


「主任、クイーンズコンサルさんのアポイントが取れたんですけど…。同行お願い出来ますか?」新入社員のアポイントに同行することになった。

 応接室で暫く待つ。コンコン、ノックがあり担当者が入ってきた。「お忙しい中、ありがとうございます。ファイン事務機の山本と申します。」「総務の立山です。」お辞儀をしてから名刺交換をする。

「えっ、慎ちゃん?」「えっ、友梨姉?」新入社員がキョトンとしている。「わっ、ひっさしぶり~!元気してた?」「はい!友梨姉も元気そうで良かった。」「あっ、先にビジネスの話しようか?」

「こちらが見積書になります。本体とオプションはこちら、消耗品はこちらになります。」新入社員が緊張しながら説明する。

「他社と相見積もりになるけど、宜しいですね?」「もちろん!宜しくお願いします!」「わかりました!上司の決裁後になるので、年内にはお返事出来ると思います。」キリっと力強い瞳が印象的だ。僕の知らない友梨姉がそこにいた。

 友梨姉ともっと話たかったし、SNSも交換したかったが、部下を前にしてそういう訳にもいかない。

「担当の立山さん、主任の知り合いですか?」「タダの幼馴染みだよ!」「ショートボブで、如何にも仕事出来る女って感じですねぇー!カッコ良くて美人で憧れちゃいますねー!」「こら、相手はこれから大口のクライアントになるかもしれないんだぞ!」「は、はい!」「それに、お前経理の娘と付き合ってるだろ!ちょんバレだぞ!」「えーっ?」

 会社から帰ろうとした時、営業用のスマホが鳴った。見知らぬ番号だ。「ファイン事務機の山本です!」「あっ、慎ちゃん?友梨姉。」胸がドキドキする。「本日は、貴重なお時間をありがとう御座いました!」「あっ、これ営業用か?この後、空いてる?」「はい!大丈夫です!」「じゃ、タワレコで!」「はい!畏まりました!」

 タワレコに入るとベージュのカシミヤコートにヴィトンのマフラーを巻いたショートボブの女性が見えた。駆け寄って声をかけた。「慎ちゃん、お疲れ様!ごめんね!素っ気なくて。」「会社じゃ仕方ないでしょ。」「何か食べに行こうか?何がいい?」居酒屋が良かったが、年末の居酒屋は忘年会で騒がしそうだから、小洒落たイタリアンのお店に入った。

「何年ぶり?大きくなってて、びっくりしたー!」「二十年ぶり位ですね。多分。」「ちょっと、敬語はやめようよ!」「はい!畏まりました!」「コラ!」「ハハハ、ハハ。」

  友梨姉は二つ年上で同じ団地の同じ棟だった。母親同士が仲良くて、いつも一緒に遊んでたようだ。本当のお姉さんのように慕って、毎日可愛がってもらった。現在と違うところと言えば、当時の友梨姉は、とにかくデカかった!上にも横にもデカくて、小6の頃には、団地の小学生の大ボスだった。いじめられた時は、よく助けてもらった。

 友梨姉が、中学の時に引っ越すまで、毎日のようによく遊んだ。あの団地の中で一番可愛がってもらったのは、僕じゃないかな?

「慎ちゃん、カッコ良くなったわねー!結婚は?」「まだ。」「そーなんだ!彼女は?」「いないよ!」「へぇー、モテそうなのに。」「友梨姉は?」「離婚してバツイチ。」「えー、そうなんだ!僕より友梨姉のほうが変わったよね!いつからそんなに細くなったの?」「もう、レディに失礼ねぇ!写真あるわよ!」「見せて、見せて!」「んーとね。これ中学の時。」「うわっ、やっぱ強そう!この頃も最強?」「コラっ!んふふ…。」小さくなった拳を振り上げながら、大きな目ではにかむように笑う友梨姉を初めてきれいと思った。「これが高二位かな?」「うっそー、ちょっと痩せてる!」「もう、嘘って何よ!」「何でー?」「クラブに入ったからかな?」「えー、何部?」白い道着を着た集合写真を見せられた。しかも、真中に座っている。「柔道部、主将よ!」「すっげー!やっぱ最強だわ!」「コラっ!最強、最強、言うな!」「それからは?」「これ大学二年生の時。」「えーっ、別人じゃん!どーしたの?」「栄養士資格目指したら、ダイエットするようになって…。あと、ジムにハマったかな。」「で、こんなに変わったわけ?」「こんなに言うな!ハハハ、ハハ。」

「慎ちゃんも見せてよ!」「中学ぐらいからならあるけど。」「うっわ、真面目〜!これ、生徒手帳に乗ってるまんま!」「仕方ないでしょ!両親とも教師だし。」「高校は?」「これ?」「えっ、まんまじゃん!髪型も!」「えーっとね。これ大学三年かな。」「全く変化なく成長してるわね。あっ、でも眼鏡ないね。コンタクトにしたの?」「うん、世界変わった!」「今の方が絶対いいよ!背も高いし、モテるでしょ?」「いや、全然。」「何でー?彼女出来ないかなー?」

「友梨姉こそ、モテるでしょ?あっ、そうだあだ名思いだした!」「コラっ!言うなー!言ったらコロス!」「ハハハ、でも今は細くて綺麗だ!」友梨姉が赤くなった。「ちょっとヤメてよ!」「今は?」「仕事に生きる女だから…。」

「そうそう、慎ちゃんと婚約したの憶えてる?」ブッ、口の中のワインを少し吹いた。「ちょっとー、吹かないでよ!私が六年生で、慎ちゃん四年生の頃かな?実家に証拠あるよ!裸の付き合いもね!」「思いだした!それ、無理やり一緒にお風呂入らされた時だ!」「無理やりって何よー!結婚しようって言ったの慎ちゃんだからね!」「うわ、何か恥ずかしくなってきた!」「もー、失礼ねぇ!」会話が止まらなくなった。

「じゃ、またね!今度はカラオケも行こ!」「うん、また!」


  ひょっとしたらと思って、友梨姉にLINUしてみた。「ごめーん!クリスマスは先約があって難しいかな。」人気あるだろうし、さすがににイヴの前夜に誘ってもなぁ。やっぱ今年もぼっちかぁ。


 クリスマスイヴの土曜日はふて寝していた。寒さもあってずっとベッドの中で布団に潜り込んでた。夕方、ウトウトしていると、友梨姉からLINUが入った。「まだ、今日空いてる?」「うん、空いてるよ!」「お姉さんがご馳走してあげるから、出て来ない?」

 慌てて飛び起きた!「はい?」「何て声出してんのよ!クリスマスだから美味しい御飯食べに行こ!」

 待ち合わせ場所は、前と同じタワレコだった。トレンチコートに黒いハイネックのニットワンピース、胸には大きめのシルバーのペンダント。よく見ると小顔で脚も長い。今日はヒールが高いのか、並んで歩くと彼女のほうがちょっと背が高い。

「ほらっ、早く行こ!」左腕を組んで歩く。僕等を見る人が多い。長身なせいもあるが、こんな美人連れて歩いたら、当然そうなる。何だかちょっと優越感を感じて嬉しかった。

 予約してあるというレストランはフレンチだった。店内の雰囲気といい、ギャルソンやソムリエのパリッとした服装といい、かなり高い店じゃないだろうか?「ボーナス入ったとこだし、奮発しちゃった!」何だか無理に明るく振る舞っているような気がした。このテーブルにだけ薔薇が飾られているのも気になる。

 ディナーを食べながら昔話をしていくうちに段々と先日の友梨姉に戻っていった!「ここで、ジャイ子出したらコロスよ!」と言われていたので、デカかった話は禁句だ。

 二本目のワインが半ば空いた頃。「ねぇ、まだ婚約解消してないわよね!」「えーっ、あれ、生きてるの?」「生きてちゃ困る?」「いや、困んないけど…。」

「ひょっとして、今日、誰かとデートだったんじゃ?」友梨姉の顔色が変わった。グラスのワインを一息に飲み干した。「フゥー、実はね。マッチングアプリで前に会った人とこの店に来る予定だったんだ。いいなぁと思ってたんだけど…。私以外に色んな女性と会ってたみたい。」「ごめん。変なこと聞いて…。」「ううん、慎也君と御飯食べたいなって思ってたから…。気にしないで。」

 

「友梨姉、まだ婚約解消してないよね!友梨姉引っ越しちゃったから、あの続きしてないんだけど…。」

「ウフフ、そんなにお姉さんとお風呂入りたいの?あんなに嫌がってたくせに!」

「今ならいいかな?」

 「ストレス太りしても入ってくれる?」

「それは、やっぱ嫌かな!」

「コイツー!」

 友梨姉は、小さくなった拳をを振り上げた。

 

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