第6話 地下鉄

 今日は、朝から雪だったから、バイクはやめて地下鉄で学校に行った。学校近くのファミレスでバイトを終えて、夜8時頃地下鉄に乗った。今日は何とか座れた。ドアに近いシートの一番端が落ち着く。天竜寺駅でたくさんの乗車客が入って来た。この駅は、JRと私鉄のターミナル主要駅だ。

 軽く会釈をして、隣に長い髪の細身の女性が座った。大人っぽいトレンチコート、胸元から白いシャツが覗く。すらりとした脚が組まれた先には黒い革のブーツが見える。

 暫くはスマホの画面を眺めていたが、鞄に仕舞って俯いている。

 左肩に重みを感じた。同時にふわりと甘い香りがした。スースーと寝息の音がする。ひょっとして寝てる?乗換え駅で降りるつもりが、何となく降りれなくて、そのまま乗り続けた。終点に近づくにつれ、乗客は減っていき。斜め向かいに座っているおばさん二人が訝しげにこちらを見ているから、僕も眠ったふりをした。

 そりゃ、そうだろう。高校生とOLの二人が空いた車内でぴったりと寄り添っているんだから。何となく恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいのも本当だ。

 終点の駅まで来たが、まだぐっすりと眠っている。「終点青葉台駅〜、この電車はこのまま車庫に入ります。皆様、お忘れ…。」ヤバ!

 ちょっとドキドキしたけど声をかけた。「すいません!終点に着きましたよ!」「えっ、あ、はい!私ったら、ごめんなさい!」隣の彼女は少し顔を赤くして改札口を出て行った。


「ふぅー、体育ある日のバイトは疲れるなぁ。おまけにマラソンって…。」何で冬場になるとマラソンが増えるのだろう。毎年不思議に思う。今日も朝から雪で、帰りも地下鉄だ。何となく、昨日の彼女との再開を期待して同じ車両の乗った。

 あの駅から今日も乗って来た。目が合った。軽く会釈をすると、僕の左側に一人分のスペースを空けて彼女は座った。駆け込んできたおばさんが間に座った。あー、惜しかったなぁ。

 2つ目の駅で隣のおばさんが降りた。彼女の左側のスペースも空いたが、そこに親子連れが来た。「どうぞー!」と僕の隣にズレてきた。

 嬉しいような、ちょっと恥ずかしいような、不思議な気分だ。「昨日は、ごめんなさい!学生さん?」「はい!高三です。」少しだけ会話が出来たが、すぐに乗換え駅に着いて降りた。


 5日後、朝から雪でまたバイト帰りに電車に乗った。彼女に会えることを祈ってまた同じ車両に乗る。ラッキーなことに一番端に座れた。

 あの駅で彼女が乗って来た。空いてるスペースは僕の隣だけで、会釈をして座った。「こんばんは!」「あっ、こんばんは!」「学校?もう、冬休みじゃない?」「期末が終わって、昨日終業式でした。でも、バイトが入ってるんで。」「それで、今日は制服じゃないんだ?最初に会って私が寝ちゃった時も途中の駅で降りるはずだったんじゃ?」どう答えようか迷ったが、「僕もうっかり、寝ちゃってて…。あっ、だから、気にしないでください。」「でも、ありがとう。いつも、この位の時間?」「普段はバイクなんですけど、雪が降ると電車です。」「うわー、バイク寒そう。」乗換え駅着いた。「じゃ、また!」柔和な笑顔で手を降ってくれた。

 

 暫くは、彼女に会えることを期待して電車で帰ることにしたが、この2日間は会えなかった。

 そう言えば、名前も知らない。帰りの電車でたまたま会っただけだしなあ…。

 今日は、クリスマスイヴ。店は家族連れでいっぱいで、片付けを終えて、もう夜の11時だ。 

 バイトだけとはいえ、ランチタイムからの長時間はさすがに疲れた。地下鉄のシートはヒーターが入っていて、冬場は暖かい。地下だから外気も入りにくい。そりゃ、眠くなるよなぁ。鞄を膝に抱いたまま眠りに落ちていった。

 夢を見ていた。いつも思うけど、なぜ、夢の中でも、夢だと何となくわかっているのだろう。僕は冬の公園のベンチに寝そべっている。何かの上に頭が乗せられている。真上を見上げると電車で会った彼女が優しい顔で笑っている。彼女のひんやりした手が僕の頬と顎、頭を撫でている。夢だとわかっているけど、もう少しだけこのまま…。


「あれ?目が覚めた。」「次は終点◯◯、終点◯◯…。」左肩に重みを感じる。覚えのある甘い香りがした。左肩を見ると、彼女が寝息を立てていた。

「す、すいません!」「はいっ?」「もうすぐ◯◯ですよ!」「いっけなーい!ごめんねー!あまりに気持ち良さそうに寝てたから、起こしてあげようと思ったのに…。」「いえいえ、寝てたの僕なんで。」駅に着いた。

「帰りの電車無いよね?タクシーで帰る?」「家遠いんで、どっか、ネカフェとか探して…。」「この辺、住宅街だから、この時間だとどこも開いてないわ。タクシー代、私が出してあげるから帰りなさい。」ショルダーバッグから財布を取り出して開けた。「いけなーい!財布にお金入れてなかった。ご家族は?」「多分、もう寝てるし…。どこか、その辺で過ごして、始発で帰りますから…。」彼女は、カードを預けようとしたけど、使ったこともないし、女性名義のカードはさすがに使えない。


「この寒さで、外に居たら死んじゃうわよ!」「平気ですよ!サッカーやってましたから…。」「私が、平気じゃないの?」

  彼女は暫く考えてから、「ねっ、寒いし、とりあえず、私の家に来て。」「いいんですか?」「うん、緊急事態だし!ケーキあるから分けっこしよ!」「あっ、ほら!」真っ暗な空を見上げた。「あー、雪ー!」彼女の頬に白い妖精が舞い降りた。


「もう、何にやにやしてんのよ!気持ち悪い!」「君と出会った時のこと、思い出してた。」「あの頃、あっちゃん可愛かったなあ。いかにもスポーツ少年って感じで、髪も短かったし…。もう、すっかりオジサンよね!」「それを言うなら、君だって。」「ストップ!それ言ったらコ・ロ・ス!」

「ハハハ、二人とも変わんないね!」「じゃ、改めてメリークリスマス!」フルートグラスのシャンパン越しに見える君は相変わらず綺麗だ。

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