第7話 初詣

 毎年恒例の大晦日だ。家族皆で紅白を観ながら年越し蕎麦を食べて、ゆく年くる年を観終わって御節料理を食べる。家族団欒は素晴らしいとは思うが、一度くらいは好きな女の子と年越しをしたい。カウントダウンライブとか、炬燵に入って一緒に過ごすのもいいな。

 

 妹は御節料理を食べて、彼氏と初詣に行くと行って出ていってしまった。取り残された僕は親父とお袋と婆ちゃんに囲まれて、いつもと同じように新年を迎えた。今年は、受験だから正月だからといって誰も誘っては来ない。


「弘樹、あんた受験生だから初詣行って来たら?」「一人で?」「明日、皆で行く?」


 何となく外の空気を吸いたい気分だったから、バイクに乗って一人で行くことにした。大きな神社は、人でいっぱいだから、ちょっと遠いけど山の麓にある小さな神社へと行くことにした。

 肌を切りそうなほど冷たい風を受けながら山道へと入って行く。正月とはいえ、誰もいない夜中の山道は結構怖い。途中の駐車場でバイクを停めて細い参道を登る。満月の月明かりでライトを点けなくても何とか歩ける。

 暫く登ると木製の鳥居があり、敷地内へと入る。小さな神社なので、本殿しかない。お賽銭を入れて、二礼して二拍する。パンっ、パンっ

。目を閉じて願い事を思い浮かべていると、パンっパンっと音がしてびっくりした!「うわああ!」「きゃー!」女の子の声がした。

 隣に居たのに気が付かなかったみたいだ。「あー、びっくりしたー!なんて声出すのよー!」「いやー、ごめんごめん!誰もいないと思ったから…。」「近くの人?」「隣町かな?」「バイクで?」「うん、そう。」「君は歩いて来たの?」「うん。」「この夜道を?」「めっちゃ怖かったけど…。」「そりゃ、怖いよ!バイクでも怖いもん。」「初詣?」「うん、今年受験で!」「大学の?」「うん。」「じゃ、一緒だ!私も受験生。」

  暗くてぼんやりとしか見えないが長い髪と大きな瞳だけは月明かりに照らされてわかる。ボロボロの木のベンチに座って僕らは色んな話をした。彼女は近くの高校で、僕の学校よりワンランク上だ。いくつかある志望校のうち第二第三が同じだった。狙ってる学部は彼女は文学部、僕は社会経済学部だった。

「名前は?私、川上弘美。」「えっ、川上弘樹。」「うっそー?一文字しか違わないじゃない!やーだー!」「やーだーって何だよ!」アハハハ、笑いあった。

「親戚かもしれないね?」「うん、かもね。」思いつく限り親戚の名前を出してみたが、共通の親戚はいない。共通の知り合いは何人か居た。

「なーんか、不思議だねー!」彼女は大きなトートバッグから水筒を取り出した。蓋のカップにコーヒーを入れる。僕も喉が乾いて、あたりを見回したが、もちろん何も無い。

「はいっ!」カップが手に渡された。「分けっこしよ!あったかいうちに飲んで!」一口飲むと、彼女がカップを取って一口飲む。カップのコーヒーが無くなるまで、三往復ほど交互に飲んだ。

 女の子とこんなことするのは、小学校以来かな?コロナもあったし…。

 彼女との距離が近くなった気がして嬉しかった。寒さもどこかに消えていった。彼女はダウンのポケットに手を突っ込んだまんまだ。

「手、冷たいよね!」「うん、冷たいかな?」コーヒーのお礼にと思ってバイク用の革の手袋を渡した。肘位まであるから温かい。

「うっわー、ぶかぶかー、ありがとう!」

 「誕生日いつー?」「五月十日。」「えーっ?私十一日だよ!何かこわーい?」「いやいや、本当だから!」「名前一文字違いで、誕生日一日違いって、ありえなくない?」「まあ、すごいことだよね!」「何て呼ばれてるの?友達とか…。」「大体は、ヒロちゃんか、ヒロ!」「もー、やめてよー!一緒じゃん!絶対おかしいって!」アハハハ、ハハハ…。

「じゃ、今からどうする?呼び方とか。」「私ヒロちゃん。弘樹君はヒロくん!」「フタリ合わせて、ヒロヒロでーす!」アハハハ。

 ツボに入ったのか、彼女は涙を流して笑ってる。「もー、面白すぎだって!」

 彼女のスマホが鳴った。「あ、お母さん!うん、大丈夫!途中で友達と会っちゃって…。うん、もうすぐ帰る。迎え?要らない要らない!歩きたいから…うん。」

「引き留めちゃってゴメン!」「う、うん、大丈夫。」参道から降りながら駐車場へと向かった。

「暗いしバイクで送ろうか?たまに妹乗せるからメットもあるよ!」「どうしようかなー?」「帰り道怖くなかったらいいけど…。」「何だか、怖くなってきた!」「どうする?」「乗せて!」「山道だからしっかり掴まっててね!」

 腰に彼女の手が周る。背中に体温を感じながら山道を下った。手袋をしていない両手が痛いほど冷たかったけど、あまり気にならなかった。

 彼女が降りてヘルメットを脱いだ。街灯に照らされた彼女は綺麗だった。暫く見とれていた。


「じゃ、またね。」何歩か歩きかけた彼女が駆け戻って来た。「連絡先交換しない?ひょっとしたら同じ大学だし。」「そーだね!」「それと、手袋ありがとう!もう、大丈夫だから!」


 手袋に彼女の温もりが残っていた。

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