第8話 ネットカフェ
最近は、働き方改革とかいう政府の方針で会社での残業がし辛くなった。以前なら新たな企画を思いついた時に、会社に籠もって徹夜で企画書を書き上げたりしたものだが、残業時間の制限が出来て、日常の業務をこなすだけで、残業時間を使い切ってしまう。
来月は、年に一度の社内コンペがある。新事業の提案を社内の役職者全員から募ろうという話だ。毎年、行われるが実際に新事業に至ったのは五年前に一度あっただけだ。企画書が通れば、会社から予算を与えられ、新事業部が発足する。もちろん、企画書を書いた社員が、新事業部長となり、社内スカウトで部員を集めることも出来る。
新事業開業に至らなくても、最優秀企画賞、準最優秀企画賞という形で表彰されるので、出世にもかなりのプラスになる。
独身なら自宅で書けばいいのだろうが、家に帰ると二歳と四歳の子供達がいる。とてもパソコンに向かって集中出来る環境ではない。
最近は、インターネットカフェ、所謂ネカフェで企画書を書いている。個室でパソコン完備で、ビールを呑みながら書いていることが多い。
足元で何かが光っている。スマホがあった。忘れ物だろうと思って出てみた。「はい!もしもし!」「すいません!携帯落としちゃって!」ちょっと舌足らずな若い女性の声がする。
「そちら、どこですか?」「◯駅前のポピーっていうネカフェです。」「良かったー!」「店員さんに預けて置きますね。」店員に預けて仕事を続けた。
コンコン♪ノックされた。「あの携帯落とされた方がお礼を言いたいと…。」今時、律儀な女性だ。
「どうもありがとう御座いました。」リスのような小動物を思わせる小柄な女性だった。
また部屋に戻り仕事を続ける。
二日後、自宅に帰りポケットをまさぐるとスマホが無い。どこかに忘れて来たようだ。妻にスマホを借りて、自分の番号にかける。
「はい!もしもし!」ちょっと舌足らずな若い女性の声がする。「すいません!スマホ落とした者です。今、どちらに?」「◯駅のベンチです!もうすぐ、終電になりますし、同じ方角なら持って行きましょうか?」彼女の都合もあるので、聞いてみた。「どちらの駅まで行かれますか?」「◯駅ですけど!」「あっ、僕も◯駅なんですよ!じゃ、改札まで行きますので…。」
改札口で待っていると、見覚えのある女性が歩いて来た。あのネカフェで忘れたスマホを取りに来た小柄な女性だった。「すいません!今度は僕のほうで。」「何となく聞き覚えのある声だったんで…。こんな偶然ってあるんですね。何かのドラマみたい。」
帰る方向も同じだった。「近くなんですか?」「10分位です。自転車が壊れちゃって…。」「危ないから、送りますよ!あっ、僕は妻子持ちですから…。」「じゃ、御言葉に甘えて…。」
今日は、女子会で遅くなったらしい。ある漫画家にハマって、読みたい時に◯駅前のネカフェに寄って読むらしい。勤め先の最寄り駅が同じだった。
「あっ、僕の自宅、あのマンションなんですよ!」「きれいですね!高いんじゃないですか?」「子供が出来た時に買いまして、今やローン地獄です(笑)。」
彼女の自宅は更に五分ほど歩いたマンションだった。
帰りにいつものネカフェに寄った。企画書を作っていたが、アイデアに行き詰まった。こうなると中々出てこない。気分転換に彼女がハマっているという漫画家の本を探しに席を立った。人気作家みたいで、五十冊くらいはあるだろうか。女性向けの漫画は、一度も読んだことがない。かなり迷いながら、選んでいた。この棚の前にいるのが微妙に恥ずかしい。
「あっ!こんばんは~!」小柄な彼女が来た。「こんばんは~!面白いって聞いたから…。」「あっ、これとか、オススメですよ!」「僕がこういうの読むの変じゃないかな?」
「うちの弟なんか、私の少女漫画全部読んでますよ!」「じゃ、ちょっと読んでみようかな?」「感想、聞かせてくださいね!」
二冊だけ読んだが意外と面白かった。一言挨拶して帰ろうと、彼女のブースを探していると、バッグを背中にかけた彼女が出て来た。
「ありがとう!僕はもう帰るから。」「あっ、私も丁度帰るとこなんで。」
一緒の電車に乗って帰ることになった。「あのー、もし良かったら、今度タイミングが合う時にペアブースとかはどうですか?」「えっ?」「ペアブースだとかなり安いんですよ!一人だと1時間¥600で、ペアブースだと二人で1時間¥800なんですよ!1時間あたり¥200も安くなります。」正直、毎月の少ない小遣いから、ネカフェ代を捻出するのは少々キツい。
彼女の提案に乗ることにして、LINUを交換した。
翌日、夕方に彼女からLINUが来た。「お仕事早く終わりそうなので、一緒に如何ですか?」
ネカフェの入口で待ち合わせして、一緒にペアブースに入る。ペアブースのコーナーはカップルばかりだ。
中は思ったより広く、フラットになっていて、枕用?のクッションまである。四人位は座れそうだ。僕は座ってパソコンに向かい作業をする。彼女も座って漫画を読んでいたが、途中で寝転がってしまった。タイトスカートから伸びる脚が気になるが、集中集中!
「何の企画書ですか?」「新規事業の提案でね、若い男性相手のメイクセットはどうかなと思って。」「ふーん。なら、カップルでも一緒に使えるようにして…。マーケットの分析も必要ですね。この前、大手化粧品会社のマーケティング調査の依頼があって、データ分析途中ですけど…。えーっと、内緒ですよ!」彼女がSDカードをスロットに入れた。
「えーっと!これ!」「これ、うちの会社だよ!」「あっ、そーだったんですか?」男性のメイクに関するアンケート結果や男女が使えるメイクセットのアンケート結果も入っていた。
会社のほうで、僕より先に考えている連中がいるみたいだが、具体的な話はまだ挙がっていないはずだ。
「これって、納品は?」「来月末ですね!」社内コンペよりも後だ。これは、間違いなく大チャンス!「どうして、これを?」「うちはコンサルで。」話を聞いてみると、彼女は大手コンサル会社の研究員だった。
マーケティング調査の資料をベースに彼女の意見も取り入れながら、企画書を仕上げていった。提案だけではない、数字的なデータと裏付けがある企画書だ。これはいける!
「すいません!遅くまで、付き合わせちゃって!」「いえいえ、何だか楽しかったですよ!もう、あのネカフェには来ないのですか?」「漫画読みたくなったら行こうかな?もし、社内コンペで最優秀賞とれたら、お礼に食事でも如何ですか?賞金も出るので。」「はい!喜んで!でも、難しいんでしょ!」「じゃ、取れたらということで!」
彼女にLINUを送った。「お陰様で最優秀企画賞取れました!それとまだ役員会議待ちですが、新規事業部発足することになりそうです。暫くは、忙殺されそうなので、落ち着いたら食事にお誘いさせてください。」
僕が事業部長となり、新規事業が発足した。スカウトするまでも無く。新規事業部の採用応募がたくさん来た。面接やら自分なりに考えたOJT作成やらで毎日終電で帰る日々が続いた。
専務取締役から呼び出しがあり、専務室へ入る。何故かあの小柄な彼女が立っている。「まさか、あの資料を事前に見たのがバレたのか?」冷や汗が出た。
彼女と並んでソファーに座るように促された。「彼女はね。四菱MFJコンサルティングの上村さんだ。マーケティング調査に長けていてね。今回、君が立ち上げた事業のお手伝いにどうかと思ってね。」「座ったままで失礼します。初めまして、法人第二研究部の上村です。」「ご丁寧にありがとうございます。高田です。」
「暫く出向で君の部署に行かせようと思うんだがどうかね?先方の了解はもう取ってある。それと…まあ…。」「伯父様、それはちょっと!」「えっ、伯父様?」「私の妹の娘だ。たが、気にせず、バンバン使ってやってくれ!優秀だから、かなり役に立つと思うよ!」「ありがとうございます!」
「部長!おはようございます!今、電車行っちゃいましたよ!」今朝もリスのような目をした彼女がいる。
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