Short Love Story 〜Winter〜

神虎

第1話 ポケット

 もうすぐ、冬休みに入る。去年はバイトで帰省出来なかったし、今年は帰省しようかな?駅のホームに立ち、いつものあの娘を線路を挟んだ向かい側のホームに探している。8時丁度の電車に乗る長い黒髪のあの娘だ。大学に通う毎朝の楽しみがこれだ。今日もバーバリーのグレーのマフラーを巻いて、カシミヤっぽい紺色のコート。小柄で目が大きく、仔犬のように可愛い。あんな娘が彼女になってくれたらなぁ。

 特別な恋愛感情は持っていないが、あの娘を見てるのが楽しい。たまに目が合うと恥ずかしそうにそらす。でも、毎朝のように向かい側のホームにいるから、きっと嫌われてはないはずだ。

「あー寒…。」ダウンコートのポケットに手を入れた。「えっ?」左手が冷たい何かに触れた。すべすべしていたが、びっくりして手を出した。向かい側のホームの彼女は、電車に乗って行ってしまった。

「な、なんだ?今のは?」恐る恐るポケットに手を入れる。何もない?何かの錯覚かなぁ?不思議に思いながら電車に乗った。


 翌朝、向かい側のホームに彼女が居る。また、目があった。軽く会釈すると、同じように返してくれた。何だかちょっと嬉しい気分になった。両手をダウンコートのポケットに突っ込みながら、彼女を見ていた。両手で文庫本を持って読んでいる。ふと、彼女が右手をコートのポケットに入れた。するっ、さらっ、ポケットを中の左手が冷たい何かに触られた!びっくりしてポケットから両手を出した。向かい側の彼女は、文庫本を落として拾っているようだが、電車が来て見えなくなった。


「こ、これは、何だ?」大学でダウンコートの中を調べた。ポケットもひっくり返した。「お前、何やってんの?変なもん、やってねーよな?」


 翌朝、今日も向かい側のホームにいつもの彼女がいる。目があって会釈し合う。今日は、本は持たず両手をコートのポケットに突っ込んで、ヘッドフォンで音楽を聞いている。何が起こっているのかわからないので、ホームに立つ前からずっとポケットに両手を突っ込んでいる。

 怖いけど、左手をポケットから抜いて、ゆっくりとまた入れてみる。冷たいすべすべした何かに当たる。その何かは逃げるように消えた。

 向かい側のホームでは彼女がポケットから右手を取り出し、不思議そうな目で右手の裏も表も何度もひっくり返して見ている。8時の電車が来て、今日も行ってしまった。


 偶然なのか、何かが起こっている。ひょっとしたら彼女にも。


 翌朝、いつも通り向かい側のホームに彼女がいる。今日は、胸の前で小さく手を振ってくれた。これは、さすがにドキドキした。

 今日は、両手で文庫本を持っている。彼女が右手をコートのポケットに入れた。今ならわかるかも…。僕も左手をコートのポケットに入れる。冷たい何かに触れた。向かい側のホームの彼女が慌ててポケットから右手を出した。右手を見てから、こちらを見た。左手の掌を向けて右手で左手を指差す。彼女が本を左のポケットにしまって、右手の掌をこちらに向けて、左手の人差し指で右手を指差した。僕先に左手をポケットに入れて、右手でゼスチャーする。彼女が頷いて、左手をゆっくりとコートのポケットに入れた。びっくりした顔をしている。もちろん、僕もびっくりしている。ポケットの中に手の感触があったからだ。ポケットの底から生えてきたみたいに指先は上を向いているのがわかった。軽く指先だけで握手出来た。驚いているうちに電車が来て行ってしまった。


 週末が終わって月曜日の駅、もう受ける講義はなく実質的には冬休みに入ったのだが、今日も彼女に会いたくて自然と駅に着いた。そうだ、向かい側のホームに行ってみよう。ホームの端から端まで見渡すが、今日は来ていないのかな?8時の電車はもう行ってしまった。

 残念!と思って向かい側のホームを見ると彼女が立っている。目が合った、大きく手を振って笑っている。僕も大きく手を振って、自分を指差し、腕を伸ばして彼女を指差した。

 走った、久しぶりに全力で走った。階段を上がると、彼女が笑っている。「ハァハァ…。」「何で走って来るの?」「そーだね。」お互いのコートの中で手が触れたことの話をした。「ちょっと、試してみない?私、あっちのホームに行くから!」「うん、やってみよう!」


 彼女がいつものホームに立ち、手を振った。「せーの!」合図して同時にポケットに手を突っ込む。「あれ…?」何もない?何通りか試してみたが、あの現象は起きなかった。


「あれ、何だったんだろう?」「天使の悪戯じゃない?」「そうだ。僕は永井誠」「私は三苫愛」「えー?」二人して大笑いした!「愛と誠じゃん!」親父の本棚に有って何度も読んだ古い漫画だ。彼女の家にもあるという。


「ちょっと触ってみて!」彼女が右手を差し出す。左手で手の甲から触れた。「温かい、やっぱりこの手だぁ。」「うん、間違いない!」


「やっぱり天使の悪戯だよ〜!」彼女は女子大の二年生で歳も同じだった。ホームのベンチに座って、温かい缶コーヒーを片手に色んな話をした。初めて話すのにとても自然だ。気が合うってこういうことなんだ。


 明後日は、クリスマスイヴか…。


「ほら、雪!」嬉しそうな彼女の横顔が見えた。

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