第3話 釣り

 「あー、寒!」僕は今日もこの釣り場に来ている。臨海公園の中の釣り公園なのだが、整備されてて、トイレもある。無料で利用出来るのも有り難い。16時からキャストを繰り返すものの本命の太刀魚のアタリは無い。そろそろ日没で時合だというのに…。まぁ、こんな日もある。休日なので、5m間隔位で釣り人がいる。ファミリーが多い。「釣り場でラーメンか、美味そうだなぁ。」近くの自動販売機でポタージュを買って、冷えた手を温めながら釣り場に戻った。「あっ、こんにちは?隣いいですか?」グレーのニット帽に赤いダウンを来た女の子が右側に居た。多分、カップルで釣りに来ているのだろう。「ああ、どうぞ!」キャスティングも中々、堂に入っている!暫く見ているが、一人で来ているようだ。最近、増えている女性アングラーかな?

 隣の彼女の声が響く!「きたー!」暫くのファイトの後、水面に銀色の魚体が見えた。フッと竿のしなりが無くなった。「あーあ!」「今のは惜しかったねー!」

 俺もいいところを見せたかったが、結局アタリも無く終わった。

「じゃ、お先に…。」長い髪を風ニなびかせながら赤いダウンの彼女は帰っていった。


 明日は、クリスマスイヴかぁ。多分、今年も一人だなぁ。今年は土曜日がイヴということもあって、街中はカップルや家族連れで賑わうだろう。


 クリスマスイヴに釣りに出かける。何だか淋しい気分になるなぁ。でも、一人で家に籠もってテレビ観ながら呑んでいるよりもマシか…。

 車のハンドルを握って、釣り公園へと向かった。


 今日の釣り公園はいつもと違った。天候が良くないせいもあるが、いつもは5m間隔に釣り人がいるのに、まばらにしかいない。「おっ、これは美味しいかも?」回遊してくる太刀魚の数は同じだから、釣り人が少ないにこしたことはない。

 それにしても、今日は寒い!この冬一番の寒波だとか、天気予報で言ってたなぁ。「シュ!」竿先が風を切ってルアーが飛んでいく。

「あっ、こんにちはー!」赤いダウンの彼女が歩いて来た。「アタリますか?」「まだ、来たばかりだから…。」人気の少ないクリスマスイヴの釣り公園で、こんな娘とお喋りしながらルアーを投げている。ちょっとした幸せなのかも?「神様ありがとう!」心の中でつぶやいた。

 ルアーが着水してから、太刀魚が泳いでいるタナを想定して、ルアーを沈める。底近くから、リーリング。「クィ、クィ、グーン!」竿先が持っていかれる。竿先を上に強く合わせる。「来た!」「わ、すごーい!あっ、私も!」並んでダブルヒットだ。

「よいっしょっと!」足元に良型に太刀魚が跳ねる。「〆とく?」「クーラー持って来てないんで、良かったら貰って下さい。」「えっ、脂乗ってて美味しいよ!」「魚捌けないし…。」

とりあえず、血抜きをしてクーラーに入れた。


暫くアタリの無い時間が過ぎる。「きゃー!何これ?」彼女の竿が折れんばかりにしなっている。リールから糸がどんどん引き出されている。「ちょ、ちょっと…!」「デカいね!大丈夫?」「全然、止まんない!」「根魚じゃなさそうだから、ゆっくりでいいんじゃない!」

 10分位のやり取りで、水面に浮いてきたのは大きなサワラだった。もしもの大物に備えてタモ網を持って来ていて、良かった。

「よーいしょ!」無事ランディング成功!「うわぁー!ありがとうございまーす!」「やったねー!」ハイタッチをかわした。スマホで魚を持った彼女を撮影する。

「これ、ちょっと皮目を炙って、塩とレモンで食べたらめっちゃ美味いよ!ムニエルとかも最高だし!」彼女が唾を飲むのがわかった。「お魚嫌い?」「大好きなんですけど…。」「俺、料理しようか?」「えっ、いいんですか?」「車だから、うちで捌いて渡すよ。」「でも、こんなに食べ切れないし…。」「冷凍庫に入れておいたら?」「冷凍庫パンパンなんです。」こんなやり取りを暫くしながら、キャスティングを繰り返す。

 アタリはない。もう、真っ暗になった。

「えーっと、二人で食べませんか?」恥ずかしそうに見つめている。まさか、こんな可愛い娘が一人?「彼氏とか大丈夫?イヴだし…。」「そ、そーだけど…。」俯いてしまった。「うち狭いし汚いけど、良かったら…。」「はいっ。」大きな目をキラキラさせて丸顔の彼女が笑った。


「ほら、見て、雪。」彼女が空を見上げた。


「あっ、ほんとだ。」


 さっきまでの冷たい風は止まり、空から白い天使が舞い降りてきた。


「クリスマスケーキは?」「まだ、間に合うかな?シャンパンも。」「刺身にクリスマスケーキにシャンパン?アハハハ、こんなイヴって…。」「まぁ、いいんじゃない?美味しいし!」車の助手席には彼女が居る。


 久しぶりのイヴは、一人じゃなくなった。 

   

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