第37話 星の導き⑦ 運命の戦い【後編】

「ガアァッッ!!!!」


 幾度となく振り下ろされる鬼の戦斧。繰り出されるたびに重く、疾く、そして凶暴になっていく斬撃。だがオウガはその斬撃を全て剣で受け止めていた。そして合間に放たれるオウガの斬撃。鬼神もまたその攻撃を受け止めるが、なす術無く戦斧が弾かれてしまう。


 そして深紅の鎧に刻まれていく傷。瞬時に修復される傷だが、戦いが長引く程に修復速度が緩やかになっていく。それは鬼神の魂が敗北を認めかけている証明だった。それを感じ取ったオウガは攻撃の手を止め、鬼神から距離を取った。



「どうやらここまでのようだな。お前の魔力も尽きかけている」

「な、なにッ?」


「傷の治りが遅い。俺と対等な立場で戦う気概は認めるが、結果が見えている以上続ける意味はない。決着だ」



 オウガの言う通り、鬼神の魔力は既に尽きかけていた。最初に展開した地獄の熱量に加え、一方的に刻まれる傷の修復。もはやレガリアの維持すら困難……これ以上続ければ鬼神は元に戻れなくなるどころか、良ければ死、悪ければ怪物へと変貌してしまう。


 オウガは鬼神の身を案じ剣を下ろした。だが────



「決着……決着だと……久々に楽しんでるんだ、こんなものが決着でたまるかッ!! 舐めるなよ……この俺がッ! この程度で魔力切れになるとでも思ってやがるのかッッ!?」



 次の瞬間──オウガと戦うために封印した “怒涛核“ が激しく発光し始めた。再び顕現する地獄……だが、その熱量は先程とは比較にならない灼熱を内包していた。

 鬼神の周囲の岩が赤熱し泡立ち始め、オウガの魔力吸収を上回る灼熱の熱波が両者の鎧を灼いていく。



「くッ────」



 ぬかるみ始めた足元から逃れるため、オウガは後方に跳び鬼神との距離をとった。熱で歪んだ視線の先でオウガが見たものは、赤黒く変色した鎧に煌々とギラつく金色の瞳……そして、輝きを増す怒涛核であった。



 “感情炉 怒涛核”────“怒り”という負の感情を共鳴魔力に持つ鬼神は、まさに “怒り“ こそが魔力源となる。その感情が強ければ強いほど魔力は強まっていき、それを燃料とする怒涛核の輝きは増していく。

 鬼神から発生する怒りの感情……それは誰に対してでもなく、自分に対しての怒り。敵に気遣わせるという不甲斐ない自分に対する強い怒りだった。


 それはまさに……敵が強大であるほどに強さを増す憤怒の力。



(……このままでは)



 際限なく溢れてくる鬼神の魔力にオウガは恐怖を覚え、そして嘆いた。全てを滅ぼす熱波を鎧に受け、オウガは鬼神の理性が失われていくのを感じていた。

 “力を使わない“ と言った戒めを反故にし、怒りのままに凶悪な力を振り撒く鬼神の目には敵であるオウガしか映っていない。しかしだからこそ、鬼神が自分だけを見ているうちに決着をつけようとオウガは動き出した。



「まだ言葉は通じるか?」

「────ッ」



 オウガの声に鬼神はぴくりと反応した。“まだ通じる” ……その事に安堵したオウガは言葉を続けた。



「大人しくレガリアを解け。さもなくば……仲間の三人を殺す」

「なッ……にぃ……」


 オウガの脅迫に怒涛核の輝きが更に増していく。だが、オウガはそれに構う事なく涼しげに語りかけた。



「このままでは相打ちだろう。だが、俺が死ねば仲間があの三人を生かしてはおくまい」

「てッ、テメェ────」


「お前も分かっているはずだ、生殺与奪の権利はこちらが握っているという事を。しかし山賊の首領であるお前を見逃すわけにはいかない。ここで大人しくお前が命を差し出すなら、あの三人は助けると約束しよう」

「…………」



 無論オウガにもラヴニールにも三人を殺す意思などない。だが、鬼神は動きを止めた。怒りの感情に掻き乱され、マグマのように沸騰する意識の中で、鬼神は仲間であるカシュー・ペロンド・フェアの顔を思い浮かべた。そして────





「……好きにしな」



 怒涛核の輝きが失われると同時に熱は消え失せ、山間の冷たい風が吹き込み泡立った大地を冷やし固めていく。鬼神と化した鎧の中から刹那の光と共に赤髪の少年が現れ、その場にどかりと腰を下ろした。



「ふふふ。そうだ……仲間の為なら自分の命を差し出すことができる。それがお前なんだ」

「あぁ? なに言ってやが──」



 鬼の言葉を遮るように、今度はオウガの白銀の鎧が光に包まれた。そして光の中から現れたのは、美しい銀髪に透き通るようなアクアマリンの瞳、嬉しそうに微笑む少女の姿があった。



「ちッ……マジで女かよ」

「あぁ女だよ。分かってたことだろう?」


 桜色の唇に人差し指を添え悪戯めいた笑みを浮かべるオウガに、鬼は赤らめた顔を背けてから言い放った。



「さっさと殺れよ。約束は守ってもらうぜ」

「あぁ、お前の命は俺が貰った。約束通りあの三人も俺の仲間にするとしよう」

「なに?」



 鬼が顔を上げると、すぐ目の前にはオウガの姿があった。交錯する視線……全てを見透かすようなオウガの瞳に、鬼は目を離すことができなくなっていた。



「お前がなぜ “運命” という言葉にあれほど憤ったのかが分かったよ。お前の中には獣がいる……、全てを憎み滅ぼそうとする獣が。お前はそれに必死で抗おうと仲間をつくり、仲間を想うことで自分を律しようとしている。だが、戦いを好む生来の性格がそれを邪魔している。さっきのようにな」

「……俺ぁ俺のものだ。だが結局、我を忘れて力を使っちまった。情けねぇ話だぜ」


「でもお前は俺の言葉を聞きそれに抗ったじゃないか。お前は戦いよりも仲間の命を選んだんだ」

「そうしなけりゃ俺ぁ────」



 ────自分が自分でなくなる。それは己が内に巣食う獣に負けたも同義。オウガの言葉によって意識を引き戻され、すんでのところで己を律した鬼は、不甲斐なさのあまり顔を伏せた。だが、伏せた視線の先にオウガの手が差し出される。




 

「そう、あのままではお前は獣になっていた。お前には導いてくれる者が必要なんだ。俺と共に来い────お前の手綱は俺が握ってやる」



 可憐で、清らかで……優しくも力強いその言葉に鬼は顔を上げた。

 微笑みを携えた目の前の少女の顔を見て去来した想い────性別も、年齢も関係ない。会ったことも考えたこともない。だが、鬼は目の前の少女に “王” という存在を感じていた。

 この王の元で戦えば、自分を蝕む凶悪な獣を御せるのではないか、と。



「手綱だぁ? ……へッ、手ぇ差し出しながら言うセリフかよ」



 差し出された手を鬼は力強く掴んだ。それに応えるように、オウガもまた力を込めて鬼を立ち上がらせた。



「……ザン」

「ん?」





「……カザン、名前だよ。レガリアで戦ったんだ……とっくに知ってるだろうがな、オウガ」

「ふふ、お前の口から聞きたかったんだ。ありがとう、カザン」





 ────星の守護者であるタツが視た未来。その未来の中で、半身であるシンの最悪の敵として認識し、恐怖し、危惧した存在たち。

 シンを万全の状態で復活させねば、この敵には太刀打ちできないと思わせる程に凶悪な存在……だが、その存在をオウガは仲間に引き入れた。


 未来の可能性……人の行いや想いが未来を形成していく。それは、“運命は変えられる“ という証明。

 そして、その運命を変えることを人々は────“奇跡” と呼ぶのであった。

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