第36話 星の導き⑥ 運命の戦い【中編】

 焦熱地獄と化した採掘地跡で対峙する二人。岩をも赤熱させる熱波を受け平然としているオウガに、鬼は少なからず動揺していた。



(なんで平然としていやがるッ……熱が効かねぇのか!?)

「残念だがこの鎧に魔力攻撃は無駄だ。恐ろしい力だが、広範囲に渡り熱を展開するだけなら不器用な俺でも御せる」


 A・Sオールシフターであるツキナギの鎧は全ての魔力を吸収することができる。鬼のレガリアから発せられる熱は間違いなく鎧を灼いているが、熱に伴う魔力を吸収し即座に回復していた。



「それに、その力はお前自身も傷付けている上に燃費も悪そうだ。やめておいた方がいいんじゃないか?」


 オウガが指摘するように、その熱は鬼自身も灼いていた。だが、オウガの言葉を受けた鬼からは更なる怒気が溢れ出してくる。



「ぬかせッ……熱が効かねぇなら、直接叩いてミンチにしてやるぜッ!!」



 その巨体からは想像できない俊敏さで一足にオウガとの間合いを詰める鬼神。肩に担いだ巨大な戦斧を振りかぶり、オウガに向けて勢いよく振り下ろす。


 自身の身の丈を超す巨大な戦斧を、あろうことかオウガは真っ向から受け止めようとした。左手の甲を剣のリッジに添え、振り下ろされた死の刃に対して完全な受けの態勢を取る。



 地響きと共に、耳をつんざく衝突音が響き渡る。荒れ狂う熱波は竜巻となって天に昇り、赤く染まった空には黒雲が発生し雷鳴を轟かせ始めていた。


 一瞬で気象すら変えてしまうほどの鬼神の一撃──── だが、オウガは踏みとどまっていた。足を地にめり込ませながらも、細身の剣で鬼神の一撃に耐えていた。よもや自身の一撃を受け止め切るなど、鬼神にとってはまさに青天の霹靂。


 しかし、鬼神の攻撃はこれで終わりでは無かった。火花を散らしギリギリと刃がせめぎ合う中、突然戦斧の刃が眩く発光し爆発したのだ。


 突如発生した爆発に吹き飛ばされるオウガ。爆煙で視界が塞がれ、耳元で発生した爆音で聴覚がざわついている。二つの感覚を封じられながらも、オウガは体勢を立て直し鬼神の次なる攻撃に備えた。


 爆煙を蹴散らしながらオウガの眼前に姿を現した鬼神。既に攻撃の動作に移っており、横薙ぎでオウガの胴体を両断しようと戦斧を振るう。この攻撃をオウガは再び受けた。だが、鬼神の攻撃の際に生じる爆発に防御は弾かれ腹部がガラ空きとなってしまう。


 その瞬間を鬼神は見逃さなかった。爆発で弾かれた自身の戦斧では間に合わぬと判断した鬼神は、ガラ空きになったオウガの腹部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。



「ぐッッ────」



 腹部の鎧はひしゃげ、その勢いのまま後方へ吹き飛んでいくオウガ。その勢いを殺そうと地面に剣を突き立て、剣と足が地を削り、程なくしてからオウガは動きを止めその場に膝をついた。



「爆破と蹴りがくるとは思ってなかったみてぇだな。 上品な王子様にはちと下品な攻撃だったかぁ?」



 膝をつくオウガを見下すように挑発する鬼神。だが、ひしゃげたオウガの鎧は光を纏い、すぐさま元通りの白銀の鎧へと回復していった。




 

 レガリアとは魂を具現化したもの。そして全身をレガリアと化すのは、いわば魂で肉体を包み隠すようなものである。その際に肉体は魔力と化し、魂という殻に包まれる。

 魔力の器である肉体を魔力と化すことでレガリアは絶大な力を引き出すのだが、無論危険性はある。


 攻撃を受けてレガリアが破損した場合、魔力が残っていれば再生は可能である。だが、相手に恐怖し魂が屈服した場合には再生は叶わない。魂に刻まれた拭い切れぬ傷を再生することはできないのだ。


 そして、一度魔力へと変換した肉体を元に戻す……つまりレガリアを解除する為には魂の記憶が必要不可欠となる。戦いの中で発生する狂気によって魂が変質すれば、元の自分に戻れなくなる危険性がある。レガリアという殺意を克服できず、魂の変質をきたしてしまい元に戻れなくなった者たちこそが、ライザールの指揮官 “ヴィクター” と呼ばれる者たちなのだ。


 だが、オウガの鎧は事もなげに元通りとなった。それはまさしく、“魂が折れていない” 事の証明。鬼神の攻撃ではオウガの魂に “敗北という魂の変質” を引き起こすには至らなかった証明であった。

 

 

「下品? ふふ、単調だが一撃一撃が必殺の威力……むしろ俺好みさッ」



 次に攻撃に転じたのはオウガだった。鬼神の懐に飛び込んだオウガは、身体を回転させマントで身を隠しながら下から斜めに斬撃を放った。その攻撃を取るに足らないと感じた鬼神は、左手に持った戦斧ではなく深紅の手甲で固められた右手で迎え撃った。


 自負心の塊である鬼神のレガリアは、手甲もまた凄まじい強度を誇っている。全てを焼き尽くす熱と爆発にも耐えうる自身のレガリア、オウガの細身の剣では手甲に傷一つ付けることはできないという自負……だが、その考えは間違いだった。





 ────なんの抵抗も感じなかった。手甲をすり抜けるように通過していくオウガの剣。鬼神が次に見たのは、切り飛ばされた自分の右手だった。



「なにッッ!?」

「…………」



 持ち手を変え、切り上げた剣を振り下ろすオウガ。即座に後方へ跳び、致命の斬撃を躱しすぐさま前へ踏み込んだ鬼神がオウガに戦斧を振り下ろす。それを迎撃するオウガの剣と戦斧が再び激突する。



「ぐッッ!」



 まるで大質量の物体を高速で叩きつけられたかのような衝撃に、鬼神の戦斧は跳ね上げられた。ガラ空きとなった鬼神の胴体に向けてオウガが剣を構える。

 オウガがトドメの一撃を放とうとすると、鬼神の戦斧に嵌め込まれた紅玉 “怒涛核” が輝きを増し、両者の間に初撃とは比べ物にならない爆発が巻き起こった。


 吹き飛ばされる両者────爆発によるダメージは少ない。だが再び爆煙によって奪われた視界の中で、オウガは静かに鬼神の力を分析していた。



(あの爆発は厄介だな。刃が触れた瞬間に爆発するのかと思ったが、どうも任意に起爆できるようだな。防ぎようのない爆風で体勢を崩され距離を開けられる。しかも視覚と聴覚にまで支障が……)



 オウガが剣を振るうと、剣圧による風が煙を巻き上げた。薄れていく煙幕の中から姿を現した鬼神は、微動だにすることなくオウガを睨みつけている。斬り飛ばされた右手の断面からは魔力が噴き出ているが、その噴き出た魔力が手を形作っていき、鬼神の右手は元通りになってしまった。



「お互い負けず嫌いなようだな」

「まさかこの俺が近接戦で遅れを取るとはなぁ……」



 近接戦では分が悪い────だが、鬼神は戦斧を担ぎオウガへと真っ直ぐに歩を進めた。



「不利と分かってて向かってくるのか?」

「テメェも言ったように俺ぁ負けず嫌いでな。テメェ相手に小細工を弄して勝っても意味がねぇんだよ」


「なに?」

「この俺相手に真っ向勝負を挑んでくるなんてどんな馬鹿かと思えば……なんてこたぁねえ。超がつく不器用で剣を振り回すしか能がねぇとはな。剣技もクソもねぇ、本当に王子かよ。っていうか本当に女かよ」


「……酷いこと言うな。差別だぞそれ。本当は女で不器用な王子だっているんだぞ」

「いるかよそんなやつ……っと言いてぇところだが、視ちまったからな」



 レガリア同士が合わさることで起こる共感能。オウガの記憶を垣間見た鬼神は、目の前にいる白銀の騎士が薄幸の少女であることを感じ取っていた。怒涛核の輝きが消え、赤く染まっていた景色が元に戻り温度差による風が吹き荒れる。



「だが差別はしねぇ! 戦いを望んだ以上は女だろうと決着をつける。もう爆破は使わねぇ……真っ向からテメェを斬り伏せてやる。それによぉ────」



 鬼神は腰を深く落とし戦斧を構えた。全身から滲み出る魔力が陽炎となって鬼神を歪ませる。それはまるで戦いを楽しんでいるかのように鬼神の顔を歪ませていた。



「斬り合う度に距離を離してたんじゃあ煩わしい。テメェをもっと知るには……もっと深く斬り結ばねぇとなぁ!!」

「ふふ……嬉しいことを言ってくれる」



 それはオウガの事をもっと知りたいという告白に等しい言葉。全力で繰り出される鬼神の猛攻を、オウガは全て受け止めた。小気味よい剣激音────その魂の響きが、いつまでも峠に木霊し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る