第35話 星の導き⑤ 運命の戦い【前編】

 アシュガー峠に存在する採掘地跡。新道開設のために掘削されたその土地は静寂に包まれ、まるで墓標のような空気が漂っていた。


 そんな人々に見捨てられた場所に立つ二人の人物────白銀の騎士オウガとアシュガー峠の鬼。乾いた土埃が舞い散る中、お互いの放つ気迫が鋭い刃のように空気を裂き、周囲に重苦しい緊張感が充満する。



「……ふふ」


 沈黙を破ったのはオウガだった。レガリアである白銀の鎧でオウガの表情は分からない。だが、突如漏れ出した嘲笑とも取れる笑いに鬼は不愉快そうに眉をひそませた。



「……なにがおかしい」

「いやすまない。嬉しくてつい、ね」


「嬉しいだと?」

「あぁ。……そうだ、自己紹介がまだだったな? 俺の名はオウガ。お前の名は?」


「俺の名前を知ってどうするってんだ。テメェはここで死ぬのによぉ」



 吐き捨てるように言い放った鬼の言葉に、オウガはまた笑いを漏らした。それが更に鬼の表情を強張らせていく。



「まぁいいさ。これから戦うんだ、嫌でも知ることになる」

「なにぃ?」


「分かっていると思うが、俺のこの鎧も剣もレガリアだ。レガリアとは魂の武具……玉璽保持者レガリアホルダー同士の戦いは魂のぶつかり合い、否が応にも相手の記憶や感情を感じ取ってしまう」

「…………」


「隠す必要はない。お前も玉璽保持者なんだろ? ふふふ、相手を知るには戦うのが一番……母上の言っていた事はこういう事だったのかな」

「母上? なんだテメェ、良いとこ出のボンボンか?」



 鬼の疑問にオウガは手を広げた。それはまるで自分の胸の内を全て打ち明かすかのようで、感情の昂りを表すかの如く白銀の鎧が煌めいている。



「あぁその通りだ。こう見えて俺は王子でね。本名はエルヴァール・ド・ライヴィアと言うんだ」

「エルヴァール……死んだ第一王子か」


「おや、信じてくれるのか?」

「テメェの正体がなんだろうと関係ねぇ。それとも、高貴な王子様だからやっぱり見逃してくれとでも言うのか?」


「とんでもない。俺は世直しの為に旅に出たんだ。悪を討ち、仲間を集める。その手始めがお前なんだよ」

「へッ、手始めにこの俺を倒そうってのか。上等だ」



 鬼は不敵な笑いを浮かべ、手に持った使い古された斧を放り捨てた。それはこの斧が自身の本当の武器ではない事の証明。そして自身がそれに代わる武器を持っている事、自身が玉璽保持者であることの肯定であった。



 鬼の黒い瞳が金色へと変貌し身体から黒い瘴気が湧き上がる。赤い稲光を伴った瘴気が鬼の手に集まっていき、何かを形作っていく。

 刹那の閃光と共に鬼の手に顕現したのは巨大な両刃の戦斧だった。そしてその両刃の間には、まるで心臓のように脈打つ深紅の紅玉が輝いている。


 先程までとは比べ物にならない圧を放つ鬼の得物を見て、オウガは顔を伏せ静かに語り始めた。





「────ずっと疑問に思っていた」

「……?」


 今までとは違うオウガの声色に、戦闘態勢に入っていた鬼も動きを止めた。レガリアを通して聞こえてくる声は少なからず低めで中性的だった。だが、今聞こえてくる声はまるで少女のように可憐で、憂いを帯びた声だった。



「女として生まれたのに、俺は男として生きることを義務付けられた」

「女?……なるほどな。男に敏感なカシューが危機感も無くやられるわけだぜ」



 ────女として生きたくなかったと言えば嘘になる。でも、自分は王子だからと戒めた。



「だが、それも無駄に終わった。俺は死んだことになり、俺を助けるために母上が犠牲になった」

「悲しい身の上話で同情を誘おうってのか? 悪りぃがそんな話はこの辺でゴロゴロしてるぜ。どいつもこいつもこの国を恨みながら死んでいってる」



 ────男として頑張ってきたのに、一つの悪意によって全ては水泡に帰した。でも、それでも自分は王子だからと言い聞かせた。




「そう、俺のような悲劇がこの国に溢れかえっている。だが少し違うのは、俺がまだ生きているということだ」

「……なに?」



 ────何度も困難にぶつかった。けど、その度に自分を支えてくれる仲間が現れた。都合が良いとさえ思える仲間の出現。でも、自分は王子だからと自惚れた。



「本当なら俺も死んで終わっていただろう。でも、その度にラヴィが、母上が、セレナが助けてくれた。このままでは死ねない、そう決意した次の日……俺はディアと出会い玉璽保持者となった」

「…………」



 ────身分を、性別を、名前を偽り旅に出た。これも王子としての宿命……そう考えていた。



「俺は運命というものを感じるようになったよ。俺の危機に都合よく現れてくれる仲間たち……俺は王子だから特別な星の下に生まれたんだと思う日もあった」



 ────私は自分の為には生きられない。でも……誰かの為になら生きることができる。



「不安だった。狂気渦巻く戦場で俺たちがやっていけるのか。でも、そう思っていた矢先に出会った。そんな戦場すら霞む力を持った鬼にな。ふふ……ふははははは!」


 オウガが口にする人名も境遇もまるで分からない。だが、高笑いするオウガを鬼はただ黙って見つめていた。



「この出会いは運命だ。何か大きな存在が俺たちを出会わせたんだ。そう、これは星の導き────星が俺たちに戦って欲しいと……俺たちに助けて欲しいと言ってるんだよ!」


 火口へと墜ちた龍の切なる祈り……自分の半身を助けて欲しいという願いを、星を救って欲しいという想いを、オウガは朧げながらにも感じ取っていた。


 

 ────諦めようともした。でも……誰かが必要としてくれるのなら、助けを求めてくるのなら……私は戦えるッ。この命が尽きる日まで!



 真紅のマントを翻しオウガは剣の柄に手を添えた。それに合わせるように鬼も戦斧を構え、不敵な笑いを浮かべる。



「ワケの分からねぇことをベラベラと。……だがなぁ、テメェが言うように運命を操る大きな存在がいるってんなら、そりゃあ朗報だぜ」


 鬼から発せられる魔力が増大し、怒気と共に発生した瘴気が鬼の身体を包み込んでいく。



「こんなクソッタレな世界を作ったやつがいるってんなら、そいつぁ俺の敵だ。あぁ、朗報だぜ……生まれた時からどうしようもなく燻る怒り……やり場の無かった怒りをッ……俺の怒りをぶつけるべき敵が分かったんだからなぁ!!」



 瘴気の中から現れたのは身の丈八尺を超す鬼神。銀髪で形どられていた角は天を穿つ本物の剛角となり、見窄らしかった軽鎧は燃えたぎるような深紅の重鎧へと変貌していた。


 この世のものとは思えぬ威容を携えた鬼神の鋭い眼光が、オウガへと定められる。



「運命だあ!? そんなものッ、テメェ諸共焼き尽くしてやるッ!!」



 それはまるで己が運命を恨むかのような咆哮。天高く掲げられた鬼神の戦斧からけたたましい駆動音が鳴り響き、中心に嵌め込まれた紅玉が激しく輝き出す。





「怒涛核起動ッ!!」



 それは地獄の顕現。景色は朱に染まり、岩は熱を帯び赤みを増していく。怒気と殺意を纏った熱波が容赦なくオウガに襲いかかる。だが、その焦熱地獄の中でもオウガの声は、まるで夜風の様に涼やかだった。



「さぁ、語り合おうかアシュガー峠の鬼よ。俺はこの戦いを制し……お前を仲間にしてみせる」



 ────リイィィン……



 鋭く高い虫の音を思わせる響きを奏でながら、オウガは剣を抜いた。オウガのレガリアである無骨な剣……だが、その刀身はオウガの想いに応えるように月光の輝きを纏っていた。

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