第34話 星の導き④ 鬼の狂気

 怒気を孕んだ魔力を放ちオウガを威圧する鬼。その鋭い眼光はオウガの僅かな動きも見逃すまいと定められ、空気は凍りついたかのように張り詰めている。鬼の仲間であるフェアはその凍りついた空気にガタガタと身体を震わせ、それに矛盾するかのように汗をかいている。


 だがその殺気をまともに浴びながらも、オウガは悠然と歩を進め鬼に提案した。



「場所を変えないか?」

「……なにぃ?」



 オウガの提案に鬼は眉をぴくりと動かした。だが自分の後ろにいるフェアを一瞥すると、鬼は大人しく構えを解いた。そんな鬼の様子に、オウガの声は更に明るみを増すのであった。



「ふふ、お互い仲間を巻き込みたくはないようだな。この峠にはお前の方が詳しいだろう、どこか案内してくれないか?」

「……いいだろう、ついて来な。フェア、テメェはここで待ってろ」

「え!? お、おいッ────」


「オウガッ」

「大丈夫だよラヴィ。ここで待っててくれ」



 そう言い残し、オウガは鬼と共に茂みの中へと消えて行った。取り残されたラヴニール達は不安げな表情を浮かべながら、ただそこで待つことしかできなかった。





────────────────────



「う……うーん……」

「……ほぇ?」

「きッ、気が付いたか!?」



 オウガと鬼がいなくなってから程なくして、気絶していたカシューとペロンドが目を覚ました。安堵した表情を浮かべるフェアに気付いた二人だが、夢現なのか現状を把握できていないようだった。



「えーと……アタシなんでこんなところで寝てるんだっけ?」

「なんだろ……胸がドキドキしてる……」

「そこにいるかわい子ちゃんにやられたんだってさ」



 フェアが指差した先には青髪の美少女が我関せずといった体で座っていた。二人を縛っていた縄は既に解かれている。


 呆気に取られた二人が辺りを見回すと、難民と思しき人たちもそれぞれが休憩している。靄が徐々に晴れていき、何が起こったのかを思い出したカシューは顔を赤くしてフェアに向かってがなり立てた。



「そうよアンタ! なに一人で逃げてんのよ!!」

「しょ、しょうがないだろ。あいつを呼びに行ってたんだよッ。まさかこの娘に瞬殺されてるなんて思わないだろ!」

 

「アタシだって思わなかったわよ! くッ……あの短剣気に入ってたのにぃ……」

「気付いたらやられてた……」

「あなた達のことはフェアさんから聞きましたよ」



 自分達を打ち倒した張本人の声にカシューとペロンドはびくりと身体を震わした。だがラヴニールには既に戦闘の意思はなく、気絶していた自分達を拘束もしていない。それを察したカシューは静かにラヴニールに向き直った。



「なに聞いたのよ?」

「あなたたちが盗賊をしていた理由です。度重なる重税に苦しむパラディオンの民たちの為に、山賊行為を繰り返していたそうですね」


「……別に、自分たちの食べるものが欲しかっただけよ」

「おいおいカシュー、そこは認めとけよ! 情状酌量の余地ってものがあるだろうよ!」


「情状酌量って、アタシたちの身の上話して何になるって言うのよ」

「この娘、今度パラディオンの都市長になるんだってさ。今のうちに媚び売っとけばいい思いできるかもしれないだろ?」

「随分正直に話しますね」



 呆れたようなラヴニールの視線を受け、フェアは “いやぁ“ と頭を掻いた。だが、すぐさま仲間である鬼を呼びに行ったりと、ラヴニールはフェアのことをそれなりに評価していた。そしてそれは一撃でやられた二人に対しても同じだった。



「都市長? こんな子共がぁ?」

「いや、オレッちも初めはそう思ったんだよ。でも名前を聞いてびっくり仰天! この娘、あの “ラヴニール・ラクタ” だってんだよ!」


「ラヴニールって、あの死んじゃった王子の侍女?」

「そうそう! いやぁ〜、ただものじゃないって初めから思ってたんだよ」


 何故か誇らしげに鼻を高くするフェアを尻目に、カシューはラヴニールと目を合わす。国中の話題となっていた王子と侍女の話はカシューも聞き及んでいた。聞いていた容姿とも合致する。疑いの余地はないと判断したカシューは、拗ねたように顔を逸らすのであった。



「ま、誰でもいいわよ。やられたのは事実だし……で、アタシたちをどうする気?」

「民の為に徴収された物資を奪い返していたというのなら、個人的に酌量の余地はあります。ですが罪は罪……その罰は先ほどの一撃で清算ということにしましょう。それでこの件に関しては不問とします」


「……随分簡単に許すのね」

「今度の都市長さんは話が分かるぜ!」

「あ、あのぉ〜」



 今まで自分の胸に手を当てて考え込んでいたペロンドが口を開いた。大柄な体躯に似合わずモジモジとしており目を伏せたままだ。だが意を決したように立ち上がると、即座にラヴニールの前に移動し土下座をした。



「ラヴニールさん……いや、姐さん! 姐さんに殴られた瞬間、全身が痺れるような感覚に襲われたッ。その痺れは今も俺の胸を高鳴らせている……こんな気持ちになったのは初めてだ! 頼む姐さんッ、俺を子分にしてくれ!!」

「あ、姐さん……」


 突如としたペロンドの激白にラヴニールは尻込みした。その痺れは自分の技によるもので、俗に言う “吊り橋効果” では? とペロンドに説くが、興奮したペロンドを納得させることはできなかった。


 そんな二人のやり取りを見ていたカシューがキョロキョロと辺りを見回す。探し物は見つからなかったようで、首を傾げながらフェアに問いかけた。



「ちょっとフェア。あいつは?」

「え? あー、あの銀色の騎士さんと行っちゃったよ」


「行っちゃったって……どこへ?」

「多分アジトのある掘削地跡じゃないかな。戦うのに場所を変えるって言ってたし」

「ばッ────」


 目を見開いたカシューが立ち上がり、フェアの胸ぐらを掴み上げる。


 

「ばかッ!! なんで止めないのよ!?」

「だ、だって二人でさっさと行っちまうんだもん! 止めれる雰囲気じゃなかったんだよ!」


「あいつは戦いになると歯止めが効かなくなるのよ!? アンタだって知ってるでしょ!?」

「知ってるけど、あいつに頼らないとお前たちがやられると思って……」



 自分たちのためだと言うフェアに対して、カシューは言葉を詰まらせた。その表情は暗く沈み、悲壮感を漂わせている。



「あいつは……そんな自分を理解してる。だからあいつはできる限り戦おうとはしない。だからこそ、アタシたちだけでやろうとしてたのよ。あの騎士は只者じゃない……そんな相手にあいつが戦い始めたら──」



 カシューの言葉にフェアとペロンドは背中が冷たくなるのを感じた。そしてその危機感はラヴニールにも伝わっていた。おもむろに立ち上がったラヴニールをディアが制止する。



『待てラヴニール。どこへ行く気だ?』

「二人の位置は分かっています。やはり私も行きます」


『オウガはここで待てと言っていた』

「カシューさんの話を聞いて確信しました。あの鬼の持つ力は普通ではありません。ただの玉璽保持者レガリアホルダーではない……もっと恐ろしい何かです」


『私もそれは感じている。だが、オウガには何か確信があるのだろう。ならば邪魔をするべきではない』

「でもッ──」


「ラブりんの言う通りよ。今からでも止めに行くべきだわ。あの騎士さんが殺される前にね」

(ラブりん……)


 突如カシューに名付けられた愛称に頬を染めながらラヴニールは頷いた。だが────



『お前たちはオウガの力をみくびっている。ラヴニール、お前までもがそんなことでどうする』

「みくびってなどいませんッ。でも……それを覆すほどの力をあの鬼からは感じるのです」

(……そういえばなんでペンダントが喋ってるのかしら?)

(ふ、腹話術かな?)

(さすが姐さんッ!!)


 

『神の呪いを受け、変質という苦痛を耐え紡がれたオウガのレガリアは何よりも “カタく” 、そして “オモい” 。美的センスのないオウガの剣は無骨なただの剣だが、そう侮った相手は後悔することになる。レガリアとは魂の強さが反映される。あの鬼もそれを思い知ることになるだろう』



 オウガの力を信頼したディアなりの激励だったが、よくやらかすディアの言葉を全面的に信じることはラヴニールにはできなかった。

 不安気に二人がいる方角に目を向けるラヴニール。木々の間から覗く空は、熱を帯びたかのように赤く染まっていた────。

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