第33話 星の導き③ アシュガー峠の鬼

 アシュガー峠と呼ばれる山道にて何かを待つオウガ一行。ラヴニールによって気絶させられたカシューとペロンドは荷物用の縄で縛り上げられ、未だ意識を取り戻すことなく地面に横たわっている。グッタリとした二人の様子を見たオウガは、恐る恐る疑問を口にした。



「……本当に死んでないよな?」

『殺したのはラヴニールだ。お前が気にすることはない』

「殺してません! インパクトの際に魔力の流れを断ち切ったので回復が遅れているだけです。今は深く眠っているだけで、彼らほどの魔力があれば直に目を覚ましますよ」


 意外にも二人の力を評価したラヴニールの言葉にオウガは胸を撫で下ろした。確かにラヴニールの言う通り、二人は深く眠っているだけのようだ。

 相手の力量を分かった上での攻撃──ならば心配はいらないか、とオウガは倒れた二人から視線を外した。



『もしラヴニールが本気で攻撃していれば、辺り一体がこいつらの肉片で赤く染まっていただろう。原型を留めているということはそういうことだ』

「グロテスクな表現はやめてください。手加減していることが分かっているのなら、何故殺したのは私だとか言うのですかッ」


『私なりの冗談だったのだが』

「ふふ。ディアも冗談を言うようになったのか──」


 

 ────ディアの冗談をオウガが喜ばしく思ったその時、異変は起こった。ラヴニールの馬が突然嘶き、主人を置いて走り去ってしまったのだ。そして野鳥などが一斉に飛び立ち山から離脱し始めた。



「どうしたんだ?」

『私の冗談が馬を怯えさせてしまったか?』

「そんなわけないでしょう。オウガ、こちらに向かって来ている者がいます」


『先程逃げた奴か?』

「恐らくそうだと思います。ですが、もう一人連れてきているようです」

「そうか。ふふ……来たか」



 何かを予感し、嬉しそうに生い茂った木々に目を向けるオウガ。


 身を隠すことなど考えてはいない。まるで自分の存在をアピールしているかのような音が徐々に近づいて来ている。茂みを突き進む音は大きさを増し、それと同時に肌に突き刺さるような殺気がオウガたちに浴びせられる。そしてそれらがピークに達した時、茂みの中から何者かが飛び出してきた────





 ──── 飛び出して来たのは一人の男。歳は恐らくオウガたちよりも少し上程度で、まだ大人にはなりきっていない。だがその眼光は獲物を狙う肉食獣のように鋭く、身体から発せられる殺気は難民たちを畏怖させた。


 逆立った赤髪に紛れ込んだ銀髪がまるで角のようで、手にした手斧は薄汚れ刃こぼれしている。だが、その使い込まれた手斧が更に男の凶暴性を際立たせている。それはまさしく “鬼” と呼ぶに相応しい威容だった。



「げッ! もうやられてる!!」


 鬼の後ろから顔を覗かせたのはフェアと呼ばれた男だった。オウガたちに敵わぬと見たフェアはいち早くその場を脱し、仲間である鬼を呼びに向かったのだった。



「ふふ。即座に仲間を呼びに行くとは中々に判断が早い。だが、どうせなら三人で逃げるべきだったな」


 そう言い放ったオウガの足元にはカシューとペロンドが縛られた状態で横たわっている。捕えられた仲間を見た鬼はギリリと歯を鳴らし、不愉快そうにその顔を強張らせた。



「ちッ……狙う相手を間違えやがって。狙うのはパラディオンからの輸送隊だと言ってあっただろうがッ」

「い、いやッ……オレっち達も狙う気はなかったんだよ! でも向こうから呼ばれて仕方なく……オレっちもあの騎士はヤバいって言ったんだぜ!? でも……まさかこんなにあっさりやられちまってるなんて──」


「馬鹿が……あの銀色もだが、本当にヤベェのはあの青髪のガキだ。ありゃあガキの皮を被ったバケモンだぜ」



 弁解するフェアの言葉を遮り、鬼は冷静にオウガたちの力を見極めていた。そんな鬼の観察眼にオウガは嬉しそうに笑いを漏らし、ラヴニールは────





「ば、化け物 ……?」


 ショックを受けていた。幼少の頃より褒められ続けて来たラヴニールには悪口に対する耐性が無かった。



『誰のことを言っているのか分からないのか? ラヴニール、奴の言うバケモンとはお前のことだ。宝石が喋っているということで私の可能性も考慮したが、奴は青髪だと言っている。であれば “青髪のガキ“ というのは────』

「いちいち説明しなくて結構ですッ」

「おいッ!!」



 鬼から苛立ちを募らせた声が発せられる。その声と殺気が相まり、攻撃を予感したラヴニールがオウガの前へ躍り出る。

 だが鬼は攻撃を仕掛けることはなく、睨みを利かせながら口を開いた。



「……俺たちゃあテメェらとやり合う気はねぇ。そこの二人を大人しく返すってんならここは見逃してやる」



 上からの物言い。だが、ラヴニールは意表を突かれていた。有無を言わさず戦闘になるかと思っていたが、鬼から発せられたのは意外にも停戦の申し出だった。



(後ろには難民の方達がいる。それに……この男は先程の二人とは次元が違います。ここは言う通りにして無事に通ることが最善でしょうか)


 非戦闘員を引き連れている以上、避けられる戦いは避けたいというのがラヴニールの本心だった。そのことをオウガに伝えようとするが────



「悪いがそれはできない。山賊を見逃すことはできないな」

「……なにぃ?」

(オウガ……何を?)



 ラヴニールはオウガの言葉にも意表を突かれた。難民を心配するオウガもまた戦闘は避けたいはず。だがオウガは鬼からの停戦をキッパリと拒否した。オウガの真意を測りかねたラヴニールは、ただ黙って二人のやり取りを見ることしかできなかった。



「俺は見逃してやると言ってるんだぜ」

「ふふ、殺気を振り撒いておきながら随分逃げ腰じゃないか。峠に出るという鬼は小鬼だったようだな」

「テメェ……」



 強まっていく鬼の殺気。怒気を孕んだ魔力が鬼の身体から発せられると、景色が陽炎のように歪んでいく。身を震わすほどの殺気を受けラヴニールが臨戦態勢に入るが、そんなラヴニールの肩にオウガの手が優しく置かれ、無言のままオウガが静かに前に出る。


 

「待ってくださいオウガッ。この魔力は────」

「あぁ、分かっているよラヴィ。この魂を震わすほどの威圧感……レオンやセレナと同じだ。間違いない──── あいつは玉璽保持者レガリアホルダーだ」

『野に玉璽保持者がいると言うのか……』


 本来レガリアは神によって与えられる王の力。だが、人の成長によって単独でレガリアに目覚めるものが出現し始めたのはディアも知っている。しかしまさか山賊風情に玉璽保持者がいようなどとはディアも思いがけず、その声には少なからず動揺の色が見られた。


 母であるツキナギのレガリアを発現させ、自身のレガリアをも発現させた。だが村で鍛錬を積んできたとはいえオウガには実戦の経験はない。しかも敵である鬼は玉璽保持者であるだけではなく、冷静にこちらの戦力を分析する観察眼も有している。初戦の相手としては分が悪い……そう考えオウガを制止しようとするラヴニールだが、その制止を中断させるかのように鬼が構えをとる。





「戦いを望んだのはテメェだ……後悔しても遅いぜッ」

「……そう、俺はこの戦いを望んでいる。ふふふ、後悔なんてしようはずもない」



 恐怖の感情など微塵も感じられない。鬼から発せられる圧をものともせず、オウガは静かに鬼へと歩を進めた────。

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