第32話 星の導き② アシュガー峠の山賊
アシュガー峠と呼ばれる峠道を進むオウガ一行。見晴らしの良かった道はやがて木々に覆われていき、見通しの悪い山道へと変貌していく。
"アシュガー峠には山賊が出る" という噂には更に先があった。
それは "鬼が出る" という噂。その噂は難民達も耳にしているようで、一様にその表情は暗い。
また山賊はかなりの手練らしく、騎士崩れとはいえ護衛の付いた輸送団をも壊滅させたというのだ。もっとも、それが山賊にやられたのか鬼にやられたのかは分からないが。
だがオウガはまるで気にすることなく馬を進める。そして山道の中腹に差し掛かったあたりでラヴニールが皆を制止した。
「オウガ」
「あぁ、狙うならこの辺りだろう。下手に暴れれば崖の下に真っ逆さまだ。おまけに木々で姿を隠しやすい」
山道にそれなりの広さはあるものの、木々に囲まれた道のすぐ横は崖になっている。もしここで横から襲われパニックにでもなったら被害は計り知れない。
辺りを見渡すラヴニールの身体から淡い光が放たれ、その視線は木々の中へと向けられた。
「あそこにいますね。数は三人、私が対処しましょうか?」
「ふふ、まさか向こうも位置を把握されているとは思っていないようだな。折角だ、ご登場願おうか」
かつてティエンタの民ガウロンによって教えられた “地脈による索敵” 。万能の力である地脈の力は少なからず生物へと流れていく。その流れを感知することで生物の存在と位置を把握する索敵能力を、ラヴニールは独自に会得していた。
「そこにいるのは分かっている! それとも三人でこの数を相手にするのは怖いか!?」
嘲笑するような声をラヴニールが示した場所へ投げかけるオウガ。少しばかりの静寂が場を支配すると、やがて木々の間から三人の山賊らしき人物が姿を現した。
「……気配は消してたつもりなんけどね。どうしてバレたのかしら? しかも人数まで」
三人の先頭に立つ人物が冷や汗を流しながら疑問を口にする。女性のように美しい顔立ちに口調。ウェーブのかかった髪に優美に傾く瞳……だが短剣を持ったその腕は引き締まっており、その身体的特徴からも男であることが窺えた。
「何も持ってなさそうだから見逃そうかと思ったんだけど、呼ばれたんなら仕方ないわね。そっちの騎士さんの剣と鎧でも置いていってもらおうかしら」
「お前達が噂になっている山賊か。なるほどな」
オウガは男達の佇まいから戦力を分析した。
────三人ともかなりできる。この三人が件の山賊ならば、護衛付きの輸送団がやられたというのも嘘では無いのかもしれない。
「お、おいカシュー。あの騎士はヤバそうだぞ……」
「そうだぜ……
だが、カシューと呼ばれた美丈夫に比べて後ろの二人は怯えているようだった。
一人は褐色肌で筋肉質な男。鍛えられた体躯からかなりの実力者であることは窺えるが、少々気が弱そうだ。
もう一人は二人に比べると小柄な男。茶色い短髪で少し猿に似た顔をしている。軽装で俊敏そうなことから、この男が獲物を物色する斥候と伝達係をしているのだろう。
「ペロンド、フェア。なに情けないこと言ってるのよ。あいつが新道を塞いでくれてるから獲物がこっちの道に来るんでしょ。アタシたちでやるのよ」
カシューが短剣を構えると、ペロンドとフェアも意を決したように剣を抜いた。オウガが相手をしようと下馬するが────
「オウガ、あなたが出るまでもありません。私がやります」
「でも俺って一応ラヴィに雇われてる傭兵だし。みんなが見てるのに主人に戦わせるってのは……」
「皆が見ているからこそ見せてあげるのです。新たな都市長がどれ程のものなのか、エルヴァール様の専属侍女がどれ程の戦闘力を有しているのかを」
『強大な指導者に民は憧れるものだ。それに山賊ならば殺しても問題なかろう。早速オウガへの供物が現れたのは幸先がいいな』
「……て、手加減してくれよ? 根っからの悪人じゃなさそうだし」
勇壮な騎士の前に躍り出た小柄な少女と、物騒な言葉を喋る宝石に三人は困惑した。特にペロンドとフェアは後ずさっている。
「お、俺イヤだよあんな
「オレっちもやだぜ! 可愛い娘には嫌われたくないしね!!」
「あ……アンタたちねぇ……」
「どうしました? 三人まとめてかかってきていいのですよ」
「……向こうはやる気満々みたいよ?」
「じゃあカシューがやってくれよ。女みたいなもんだし」
「オレッち用事を思い出した!!」
ペロンドがカシューの後ろに隠れた瞬間、フェアが猿のように木に飛び移りその姿を眩ましてしまった。
「あッ! こらフェア!!」
「一人逃してしまいましたか。ではあなたたち二人に罪の清算をしてもらいましょう」
「あのねぇお嬢ちゃん……この剣は偽物じゃないのよ? 斬られると痛いし血も出るのよ?」
「あなた程度の腕では私を斬ることなど出来ません」
(ムカッ……なんなのよこの娘。肩口にでも掠めてやれば大人しくなるかしら)
短剣をチラつかせてもまるで動じないラヴニールにカシューはため息を吐いた。そして次の瞬間────地を蹴ったカシューが一瞬にしてラヴニールとの距離を詰める。
一瞬で目前に迫ったカシューに対してラヴニールは驚くどころか動こうともしない。そんなラヴニールにカシューは小さく舌打ちした。
(ほんと生意気ねッ!)
肩口に目掛けて短剣を突き出す。少し驚かしてやれば泣いて許しを乞うだろうという目論見で放たれた攻撃────だが、驚くのは攻撃を仕掛けたカシューの方だった。
「はぁ!?」
突き出した短剣はラヴニールによって掴み取られていた。反射的に短剣を引き抜こうとしてしまうカシューであったが、このまま引き抜けばラヴニールの指が切断されてしまう。瞬時に思考を巡らし動きを止めたカシューは慌てて叫んだ。
「ちょッ、あぶな────」
“危ないから放しなさい“ と言おうとした瞬間、カシューの短剣は力を込めたラヴニールによって粉々に砕かれた。キラキラと光を反射しながら地に落ちていく自分の武器を、カシューは呆けたように見続けている。
「は……はぁ?」
何が起きたのか理解できずに固まっていると、突如カシューの視界が反転した。ラヴニールの足払いによってカシューはその場で180°回転し、その勢いのまま地面に頭を叩きつけられた。
白目を剥き、カシューの意識は暗い闇の中へと堕ちていった。
「────へ?」
理解が追いつかず固まっているのはカシューだけではなかった。可憐な少女に一瞬で仲間がやられたことにペロンドも思考が停止していた。
次に正気を取り戻したペロンドが見た光景……それは自身の懐で拳を構えるラヴニールの姿だった。
「ごぼぇッッ────」
水月に打ち込まれたラヴニールの正拳。山賊稼業で手に入れた胸当ては砕かれ、筋肉の鎧をも貫く衝撃がペロンドを襲う。破城槌でも撃ち込まれたかのような衝撃に、ペロンドもまた白目を剥いてその場に倒れ伏した。
「……殺してないよな?」
「手加減したので大丈夫ですよ」
『何故殺さない? ……あぁ、なるほど。逃げたやつを誘き出す為の餌にするのだな?』
ディアの悪魔のような囁き。だがオウガは何故か愉快そうに笑いを漏らすのであった。
「ふふ、なるほど……それもいいな。鬼が出るか蛇が出るか────ここはディアの言葉に従って待つとしようか」
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