第31話 星の導き① 分岐点
難民へ食料を分け、怪我人の治療を手伝ったオウガ一行。
残念ながら肉体の欠損を治癒することはラヴニールとディアの二人でも不可能だった。自身の肉体の一部を失ったという事実はその者の魂を変質させ、ディアの解析を以ってしても情報を読み取ることはできず、また肉体を再生させるほどの龍脈の力をラヴニールが確保することもできなかった為だ。
患者が肉体を失う前の事を強く思い出してくれれば望みはあったかもしれないが、失意に沈む患者を奮い起こすことは二人にはできなかった。
患者との信頼関係を第一とする “治癒士“ の信条────なぜ “師” ではなく “士” なのか。治癒行為は決して自分たちが主役では無い。医師と看護師、そして患者の努力があってこそ初めて成し得るもの。
怪我を治しているのは自分という驕った心を持たぬための戒めを、ラヴニールは同じ場に立つことで痛感していた。
ラヴニールにとっては久々に味わう挫折感……だが、この体験によってラヴニールは治癒士に対して特別とも言える尊敬の念を持つようになった。
……とはいえ、二人の頑張りもあり全ての難民が動けるほどに快復した。ラヴニールの素性を明かし、パラディオンへ向かう道中だと難民に告げると、喜ぶものと危惧するものが半々だった。
パラディオンが前線に近いというのは国民にとっては共通認識だった。そのため今更落ち目のパラディオンに移住するメリットが感じられないのも仕方のない事だった。
だがラヴニールがゲヘナが沈黙している事と、ゲヘナとパラディオンの間には王国の騎士が砦を築き死守している事、そして自分が天津国との国交を回復させることを告げると、その場にいた全ての難民が目に希望を宿した。
結局全ての難民がオウガ達に同行することになった。道中同じような戦争難民を助け、最終的にはオウガ達の後ろには100人を越す人々が付き従うこととなった。
とうに食料も無くなった。だが、皆の足取りは軽かった。あと一日頑張ればパラディオンに到着する。そして、その後は希望の象徴の片割れであるラヴニールが自分達を導いてくれる。
絶望的な状況から抜け出したかった人々は、それだけを拠り所として歩を進めた────。
「オウガ、この街道を抜ければパラディオン領に入ります」
「二手に分かれているな。昔通った時は一本道だったはずだが」
「右の道が旧道になります。山道が続く上に山賊が出るとの報告も上がっていますね。左の道はパラディオンへの直通の道です。こちらも途中で山道を通ることになりますが、池の埋め立ても行われ舗装もされていて旧道とは比較にならないでしょう」
「なら左の道一択というわけか」
「そういうことになりますね」
【アシュガー峠】と呼ばれる旧道に当たる峠道。敢えて山賊が出るという旧道を通る意味などない。ラヴニールが左の道へ進もうとした時、異変は起こった────
「……どうした、ラヴィ?」
「……馬が進みません」
ラヴニールが手綱を握り合図するが、全く馬が進もうとしないのだ。それどころかジリジリと後ろに下がろうとしている。耳を後ろに倒し、尻尾を勢いよく振り回している。
「怯えているのか?」
「……はい。この先に何かいるのでしょうか?」
『もしかするとレヴェナントがいるのかもしれない。とすると、左の道も安全ではないのかもしれないな』
レヴェナントなぞオウガとラヴニールの敵ではない。だが、今は100人以上の難民を引き連れている状況だ。この二つの道を迂回すれば更に3日はかかる行程になってしまう。幼子と怪我人を引き連れているだけでなく、食料も尽きている。これ以上のロスを見込めないとなると、選ぶのは右か左か。その判断をラヴニールが思索していると──
「……ふふ」
「オウガ?」
「右へ行くぞ」
「え……しかし、右は山賊が出るといいます。レヴェナントならば私とあなたで対処可能です。馬を捨てて左の街道を行くべきでは?」
ラヴニールの言葉を受けても、オウガは右の街道から視線を外そうとしない。それはまるで、その先に何が待ち受けているのかが分かっているかのようだった。
「左に行けば望むものに最短で近づくことはできる。だが……手に入れることはできない。しかし右に行けば、望むものが向こうからやってくる」
「オウガ……それはまさか……未来視の──」
オウガ自身のレガリアである剣が持つ力────かつて星の守護者と呼ばれる存在が保有していた力の一端。未来に何が起きるのかも分からない不完全な力……相手の行動を予測することもできないその能力をオウガは “占い” と卑下していた。だが、この時のオウガは何か確信めいた予感を胸に感じ、高らかに宣言した。
「右だラヴィ! ふふ、右に進めば素敵な出会いが待っている。俺の占いはよく当たるからね!」
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