第53話 マヨヒガにようこそ


「おいおいハヤちゃん、こんなときに何を言って……あれ?」


 知らない民家の軒先に3人並んで座る俺たち。これまでの状況からてっきり留守にしているかと思ったが、耳を澄ましてみると小さな子どもらしき声が響いてくる。


「はて、私には何も聞こえませんが」

『兄さん、本当に聴こえるの? 周囲から異常は感じ取れないのだけれど』


 どうやら個人差があるらしい。子どもにだけ聴こえる音としてはモスキート音があるけれど、あれは二十代以下だからみんな含まれるはずだ。


 ハヤちゃんは中の様子が気になるらしく、ちょこんと外壁に耳を当てている。壁に耳ありというやつだが、沙那さなの方はと言えば懐疑的な表情を浮かべていた。


『なあ恵理香えりか、この家について何か分からないか』

『と言われても、本当に何の変哲もないただの家だし……いえ、確かに妙ね』


 そう、普通の家なのだ。塀は欠けることなく道路から庭を隠し、壁や玄関に大小様々な穴が開くことはなく、ガラス戸もひび割れ一つないきれいなものである。


 ただし、それは正確にはの光景だ。常識が時代とともに変化するように、現在の普通とは些か乖離したものを示している。


 黄泉戦よもついくさの仕事ぶりはお世辞にも丁寧なものとは言えず、どの家にも何らかの侵入の痕跡が残されていた。だからこそ、俺たちは危険が少ないと判断してここを休憩場所に選んだわけだが、よくよく考えてみるとそれ自体が不自然なのだ。


「なるほど、俄然この家に誰かいることの信憑性が増してきましたね」


 沙那の目が光る。その妖艶な笑みに思わず身震いがするが、葦原あしはら学園にほど近い民家にそんな場所があったとすれば、恐怖心よりも好奇心が勝るのかも知れない。


「お兄ちゃん、入ってみようよ。中で誰かが困っているのかも」


 ハヤちゃんは終始心配した様子だ。この歳でこの状況で他人を思いやれるのは流石は神様だと感心させられる。


『罠……という可能性もあるけど、今さら気にしてもしょうがないことね』


 元より恵理香は学園侵入前に戦力の増強を画策していた。これはまさに絶好の機会と言えるだろう。


 3人がその気なら反対する理由もない。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。果たして、虎の子など得てどうするかは別として、これ以上事態が悪化するとも思えなかった。


 俺たちは玄関前に移動すると、周囲を警戒しながらドアノブに手を掛ける。それは拍子抜けするほどあっさりと回り、俺たちは内部へと身を潜ませた。


 中に入ってみると思いの外、家の中が広いことに驚かされた。いやいや、明らかにおかしい。玄関だけでも学校の昇降口ほどの広さがある。


『どうやら、この家自体が何らかのスキルの影響下にあるようね。今、解析をするから少しだけ待……』 


 しかし、恵理香に返答する間もなく、俺たちに向けて校内アナウンスのごとき声が響き渡った。


「ボクの家給人足マヨヒガにようこそ!」

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逆襲の日本神話 ~天孫降臨で占領された日本で三人の妹と〜 アクリル板W @kusunoki009

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