俺は煙草なんか好きじゃないけど煙草が俺に惚れてんだ
秋坂ゆえ
これは静謐な、魂の戦争だ
俺は煙草が好きなわけじゃない。
身体に悪いし、金はかかるし、副流煙は周囲の人の健康を害し、何より俺自身の発がん性率が上がったりだとか体力を削られたりとか、東京都内では紙巻き煙草が吸える店を探し出すのにも大変な労力を費やす。デメリットを挙げろと言われたらまだまだあるがこの辺で辞めておく。
このところ、煙草を吸う奴は迫害されていると嘆いたり、或いは喫煙者は自ら己の健康を害す愚か者だという言説もある。
紙巻き煙草から電子煙草や噛み煙草、またはVAPEといった代替策にスムーズに移行できた奴はいいのだろう。
だが、そうじゃない連中は、昔は良かっただのと懐古に走る。そしてそれを『老害』なんて言葉でディスられる。
ところで俺は喫煙者だ。なんなら一日一箱以上吸うヘビースモーカーだ。
銘柄は「マルメラ」、正式名称は「マルボロ・メンソール・ライト」で、さらに言えばショート8ミリ。
繰り返すが、俺は煙草が好きなわけじゃない。
煙草が俺にベタ惚れなのだ。
吸ってやらないと悲しい顔をするし、どうも放っておけない雰囲気を常に醸し出しているから、俺は仕方なく一本一本を慈しみながら、吸い、味わい、愛でてやるのだ。
若い頃、妙な勘違いをしていたことがある。
煙草に火を付けると、言うまでもなく煙が発生し、上へ上へと緩慢な動きで宙に模様を描く。その時の煙は、どうも当時の俺には青白く見えた。
だが、俺がそれを吸い込んで、俺の体内で愛してやって、吐き出すその時、口から漏れる煙が点火時と違う、黄ばんだ色をしているのだ。
——俺の中が汚れてんのか。
そんなことを考えていたのだが、後に、点火後にフィルターから出る煙も黄ばんでいると気づいて、己の方向音痴な発想力に苦笑した。
喫煙によってもっともダメージを食らう内臓は、間違いなく肺だろう。何十年も紙巻き煙草を吸い続けている俺の肺は黒ずんでいるに違いない。
だがある時、喫煙者の仲間が、興味深いことを教えてくれた。
古代ギリシャにおいて、『魂』は、脳でも心臓でもなく、肺に宿っている、という考えが存在していた、と。
思わず俺は笑ってしまった。
俺の真っ黒な肺の中で、俺の魂は一体どんな色に染まっているのだろうか?
そもそも、白が正しく黒が誤り、といった世間様の考えに同意できない俺は、自分の魂がどす黒いものであろうと構わない。もしくは血液と同じ色だったり、唾液や胃液、尿と同じ色でもそれはそれで面白そうじゃないか。
俺は何色でも構わないよ。特に好きな色とかないし、どんな魂の色であろうとそれは俺の、俺自身の魂であって、それを見るのは周りの人間。他者にどう思われようと、俺が俺であることに変わりはない。
なんて戯れ言を頭の中でこぼしながら、俺はまた一本取りだした。
俺は煙草なんか好きじゃないけど煙草が俺に惚れてんだ 秋坂ゆえ @killjoywriter
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