第3話Kさんvs警察

国民の生活と安全を守る為、日夜パトロールに熱心な警察。


これはとてもありがたい事ですが、正直なところ警察とはあまり関わりたく無いというのが、多くの人の本音ではないかと思います。


これといって悪い事をしている訳でも無いのに、回転灯をつけたパトカーに出くわすと、なんだかドキドキしてしまう……なんて人も少なくないのではないでしょうか?


次のお話は、そんな警察とKさんとのバトルのお話です。



♢♢♢



新車センターの良い所は、仕事の終わる時間が比較的はっきりとしていてキチンと定時に帰る事が出来る所です。


これは、店舗のサービスメカニックのように飛び込みの仕事が無く、計画的に仕事の段取りがなされているからでしょう。


定時は5時半、夏場であればまだまだ明るいうちに帰宅する事ができます。


そして、その日はKさんも定時に仕事を終え、愛車の《サニートラック》を運転して家に帰る途中でした。


帰宅ラッシュで少し渋滞したバイパス道路を走りながら、胸のポケットから煙草を取り出して口にくわえ、おもむろに火を点けると


「そうだ、煙草買っておかねぇとな!」


Kさんは、ウインカーを出し左へ車線変更。そのまま煙草の自販機のある場所へと車を停めました。


くわえ煙草のまま車を降りると、財布から小銭を取り出して自販機に入れます。


チャリン~チャリン~ガチャン!


自販機から出てきた煙草をポケットに入れながら、ふと、隣に設置されていたビールの自販機に目を移します。


「ついでにビールも買ってくかな~」


飲酒運転は御法度。その位の常識はKさんだってわきまえています。


自販機で買った缶ビールは勿論、家に持って帰ってからゆっくりと飲む為の物でした。


千円札を自販機に投入し、500ミリリットルの缶ビールを2本買ったKさん。



ところがです。



プシュッ!


「あ…………」


これはいわゆる、条件反射というものでしょう……Kさんは自分でも意識しないままに、手に取った缶ビールの栓を開けてしまったのです。


「ヤバイ! !」


眉間に皺を寄せ、栓の開けられた缶ビールをじっと見つめるKさん。


「どうすんだよ……これ……」


あいにく、Kさんの愛車サニートラックにはカップホルダーなどという気の効いたモノは付いていませんでした。


「仕方がねぇな……手で持って行くか!」


《サニートラック》はマニュアルミッションだった為、左手はギヤの変速に使うので、右手でハンドルと缶ビールの両方を持ちながら、ハンドルを回す時のみ缶ビールを左手に持ち替えるといった器用な運転で家に向かうKさん。


「クソッ! 面倒臭え!」


なんとも煩わしい運転に苛つくKさん。


しかも、トラブルはそれだけでは無かったのです。





ピピ―――ッ!



突然、けたたましく鳴り響く笛の音。


Kさんの運転する《サニートラック》の前方では、厳しい顔をした警察官が棒を左右に振りながらしきりに『止まれ』の合図をしているではありませんか!


「俺かよっ!」


早く家に帰りたいKさんは、舌打ちをしながらも警察官の指示に従い道路の脇に車を止めました。


「何だよ! こんな所で取り締まりなんてしてやがって! 何か用か!」


車から降りるなり、警察官に文句を言うKさんにその警察官の表情は更に険しくなりました。


「『何か用か』じゃない! アンタ、は何だ!」


警察官がKさんを止めた理由はそこにありました。


まだ辺りは明るくKさんが運転しながら右手に持っていたそれは、警察官の目にもはっきり認識する事が出来たのでしょう。


その警察官の問い詰めにKさんは……


「あぁ~これ? これ、ビール」


「そんなこたぁ~見りゃわかるよ! 警察をバカにしてんのかっ!」


「アンタが『手に持ってるのは何だ』って聞いたから答えたんだろ~がっ!」


「そんな事言ってるんじゃない! 見ろ、じゃないか!」


警察官からしてみれば、これはもう《決定的な現場》を押さえたつもりでした。そこまで言えばもう言い逃れは出来ないと思っていたのでしょう。


時代劇で言えば、遠山の金さんの桜吹雪。


散らせるもんなら、散らしてみやがれ!ってなもんです。


しかし……


「俺、飲んでないし」


「なっっ!」


まるで、『そんな入れ墨は初めて目にしますな』と惚ける悪代官のようなKさんの言いぐさに、顔を真っ赤にして怒る警察官。


「この期に及んでまだそんな事言うかああぁぁ~~っ!」


「いや、ホントに飲んでないって! ホラッ!」


そう言って、警察官のそばに寄り缶ビールを突き出すように見せつけるKさん。


警察官がその缶ビールを覗き込むと、確かにビールは満タンに入っていて、一滴たりとも減っている様子はありません。


まるで狐に化かされたような顔でビールを覗き込む警察官に、Kさんは……


「こぼさないように持ってるの苦労したんだよ」


なんて言いながら笑っています。


「じゃあ、何で栓が開いてるんだ?」


「いやあ~何だか知らないけど、勢いで開けちゃいました」



「バッカヤロウ~~ッ! 紛らわしいマネしてんじゃねえええぇぇぇっ!」


怒鳴り散らす警察官を背に、スタコラと車の中へと逃げ込むKさん。


そして、おもむろにエンジンをかけ、ギヤをローに入れた後、神妙な表情で言うのです……


「何なら、か? お巡りさん」


「うるさいっ! とっとと消えうせろ~~っ!」


どうやら、警察とKさんの最初のバトルはKさんに軍配が上がったようです。


しかし、これにはまだ続きがあったのでした……



 ♢♢♢


「ったく……偉そうにしやがって! 間違えて止めたのはそっちだろ~が!」


家に向かう車の中では、Kさんがたいそう不機嫌そうに先程の警察官に対しての不満を漏らしていました。


おかげで、右手に持った缶ビールもぬるくなってきてしまい、いっその事捨ててしまおうかと思った程です。


しかし、せっかくここまで持って来た以上、今更捨ててしまうのも惜しいというものでしょう。


とにかく早く家に帰りたい。Kさんの思いは、そのひとことに尽きるのでした。


目の前に見える信号を左に曲がり、二つ目の角を曲がればもう待ちに待った我が家に辿り着きます。


最後の角を曲がり、ようやく家に着いた事でKさんも、やれやれと安堵の表情を浮かべ始めた時でした……


「ん。なんだありゃあ~!」


Kさんの実家は元々自動車の整備工場を営んでいて、その敷地は結構な広さを誇っています。


その庭では、ドーベルマンやボクサーといった大型の愛犬を放し飼いにしている為、周りには塀が張り巡らせてありました。


その庭の門を開け、いざ愛車の《サニートラック》を乗り入れようとしたKさんは、その中の様子に唖然としてしまいました。


「何だよ! これじゃなかに入れねぇじゃね~かよっ!」


そこには、Kさんちの庭の門を塞ぐようにして止まっていた一台の車があったのでした。


しかも、その車とは……





県警のミニパトだったのでした!



  ♢♢♢



警察が不定期に行う駐車違反車や飲酒運転等の取り締まり……


そんな時に、目立つパトカーを一時的に停めて置いて貰うのに広い敷地のあるKさんの家はとても都合が良かったらしく、警察からは庭を貸して欲しいと時々依頼があったのです。


「取り締まりって今日だったのか?……それにしてもこのミニパト、もうちょっと奥に停めやがれってんだ!」


仕方が無いのでKさんは、門の前の道に車を横付けし、裏手の工場の方のシャッターを開ける為に裏の方へと歩いて行ったのでした。


その時間は、僅か五分とかからなかったに違いありません。


しかし、その僅か五分の間に事件は起こったのでした……


裏のシャッターを開けて、再び自分の車の方へと戻って来たKさん。


そのKさんが目のあたりにした情景は、信じられないものだったのです。



「おいっっ! 何してやがんだお前らっ!」



門の前に停めてあったKさんの愛車サニートラックの周りでは、こともあろうにミニパトの婦警さんがしゃがみ込んで、ではありませんか!


Kさんの怒鳴り声に、気の強そうな婦警さんはチョークの粉の着いた手をパンパンと払いながら立ち上がり言うのです。


「これ、アナタの車ですか? ここ駐車違反ですよ!」


「そんなこたぁ~わかってるよ!」


「わかっていてやるなんて、ずいぶん悪質ですね。ダメですよ!車はちゃんと《駐車場のある場所》に停めてもらわないと!」


婦警さん……アナタの仰る事は、確かに間違ってはいません。


しかし、このタイミングで、そしてこの人を相手に言う台詞としては不適切だと思いますよ。


だって、Kさんの車の駐車場というのは……







「バカッタレェ~!俺んちの駐車場は、だああぁぁ~~~っ!!」


「え・・・・・・」


寝耳に水とは、この事を言うのでしょう。


婦警さん達は驚いた顔で互いの目を見合わせて、次の瞬間、堰を切ったように平謝りにKさんに対して謝罪を始めました。


「す、すみません! このお宅の方だったんですか! すぐに車を移動しますからっ!」


慌ててパトカーに乗り込み場所を移動しようとする婦警さん。


しかし、もう既に時遅しでした。


その前の缶ビールの一件、そして今回の駐車違反にされそうになった事でKさんの怒りは完全に頂点に達していたのです。


「うるせえ! もうアッタマきた! 俺はこの車どかさね~からなっ! !」


門の真ん前にしっかりと横付けされたKさんの《サニートラック》。


この車が動かない事には、婦警さんはパトカーを外へ出す事が出来ません。


「そんなぁ~~!」


「当たり前だ! お前らじゃ話にならねえ、許して欲しかったら、上司連れて謝りに来い!」


そう言い残してKさんは車のドアをロックして、そのまま家の中に入ってしまったのでした。



 ♢♢♢



「ねぇ? 表、なんか騒がしかったけど何かあったの?」


「なんでもねぇよ!」


奥さんの問いにそう答え、ビールを飲み始めるKさん。


あまり機嫌が良くなさそうなのは、ひと目みればわかります。なので奥さんもそれ以上の詮索はせずに、酒のつまみの用意をしに、キッチンへと立ったのでした。


「ったく……だからお巡りはキライなんだ!」


ぶつぶつと文句を言いながら、ぬるいビールに氷をぶち込みTVのニュース番組に視線を注ぐKさん。


偶然にもそのニュースの内容が警察の不祥事関連のニュースであったのも、なおさらKさんがはらわたを煮えくり返していた原因でした。


婦警さん達も、ずいぶん悩んだに違いありません。


レッカー移動という強行手段に出る選択肢もあったのでしょうが、何しろ場所を借りていた家の主人に駐車違反キップを切ろうとしたという負い目もあったのでしょう。


それ以上に、この上レッカー移動などしようものなら、Kさんがどんな行動に出るかと思うと、とてもそんな勇気が湧かなかったのかもしれません。


結局、彼女達はこの事を上司に相談し、なんとか穏便に処理して貰おうという結論に達しました。


そして、Kさんが家に入ってからおよそ1時間が経ち、婦警達は上司の男性警察官と共にKさんの家を訪れたのでした。


Kさんといえども、分別あるしっかりとした大人です。


上司を連れて謝罪に行けば、そうそう話がこじれる事も無いでしょう。


何しろ、その謝罪の為だけにわざわざ署から上司が出向いてくれた訳ですから。









「ああぁぁぁ~~~っ! テメエは!」


蒸し返す、夕方の《缶ビール事件》の記憶……






「お前ら全員、そこへ並んで座れ!」


夕方の警察官と二人の婦警さん達は、Kさん家の居間の畳に一列に正座をさせられていました。


それから、約1時間にわたり、ビール片手にKさんの《大説教大会》が繰り広げられたのは言うまでもありません……


「大体、今日だってニュースでやってたぞ!

最近の警察は不祥事ばっかり起こしやがって! 国民の税金を何だと思って……」


「あの……」


とうとう、すっかり疲れ切った表情の男性警察官が、たまりかねてこの事態の収拾を願い出ました。


「あなたの仰る事、よぉ~く分かりました! 警察としましても、今回の反省をもとになお一層の努力をし、国民の皆様のご希望に沿えるように職務に励みたいと思います。ですから!……今日はこの位にして頂いて、お車の移動をお願い出来ませんでしょうか」


すっかり弱気になってしまったその警察官の態度に、Kさんの気分もいくらか晴れたのでしょう。


「分かればいいんだよ、分かれば」


和解は成立。


そして、この時が来る事を待ちに待っていた婦警さんが、嬉しそうに言いました。


「それじゃあ、お車移動して下さるんですね」






「いや、俺、や」


「・・・・・・・・」


結局Kさんの車は警察官が運転し、駐車場へと移動。Kさんと警察の《一日戦争》はKさんの圧勝で終わったのでした。


そして、その翌日の事……


早朝6時半、車で会社に向かうKさんはバイパスの赤信号に引っかかり、煙草を吹かしながら信号が青になるのを待っていました。


そこに、後ろからやって来てKさんの《サニートラック》の横に並んだのは……


「ん? あれは、夕べのお巡りじゃねぇか……」


再び戦争勃発か!


と思いきや。


パトカーに乗ったあの警察官は、引きつった笑顔でKさんに無言で頭を下げると……

信号が青に変わった瞬間、まるでゼロヨンレースのような素晴らしいスタートダッシュで、逃げるようにKさんの視界からみるみるうちに遠ざかって行ったのでした。


そして、そんなパトカーの後ろ姿を見ながら、Kさんは呟くのでした。



「スピード違反だろ……あれ……」








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