第2話不死身のKさん

「歯が痛ぇよ……」


もう、二~三日前からKさんはそんな事を言っています。


歯医者に行けば良いと思うのですが、病院嫌いなKさんは、ギリギリまで我慢しているのでしょう。


そういう僕も歯医者は嫌いです。


「痛かったら、手を挙げて下さいね♪」


なんて言うから手を挙げても……


「もうちょっとだから我慢して!」


とか言うし……きっと歯医者というのは、《どS》の人間がやる職業なんだろうと僕は思っています。


しかし、虫歯は一度痛み出すと歯医者で治療をしてもらわない事には痛みが治まりませんよね。


そんな訳で、Kさんもいよいよ観念して仕事を途中で抜け出し歯医者へと出掛けて行ったのですが……


これが、とんでもない事件の発端となったのでした……


Kさんのかかりつけの歯科医というのは、駐車場と病院が少し離れた場所にあったらしいのです。


その為、車で歯医者へと行く時には、駐車場からおよそ百メートルほどの道路を歩いて行かなければなりません。


Kさんも同様に、駐車場に車を停めて病院の建物へ向かって歩いていました。


すると、突然!


キキーーーッ!


道路を歩いていたKさんの背後で、けたたましいタイヤの軋み音が響き渡ったのです!


「何だ?」


何事かと後ろを振り返るKさん。


「うわっっ!」


そこには……恐らく、よそ見運転をしていたのでしょう。振り返ったKさんの目の前僅か1~2メートルという距離に軽自動車が迫って来ていたのでした!



☆☆☆☆☆



それから、およそ二時間後……





「さっき車に轢かれちまってよ……」


「は・・・?」


職場に戻って来た、どう見てもかすり傷ひとつ負っていないKさんの言葉の意味が解らず、僕は尋ねました。


「《轢かれそうになった》じゃなくて《轢かれた》んですか?」


「そうなんだよ!びっくりしちまったよ!」


なんだそれ……


車に轢かれてびっくりしたって……


そりゃ、こっちがびっくりだよ!


「なんでどこもケガしてないんですか?」


「それが、不思議な事になんとも無かったんだよな……」


きっと読者の皆さんは、ちょっとかすめた程度の弱い当たり方だったんじゃないかとお思いでしょうが……Kさんの話を聞く限り、それはとんでもない間違いだという事がわかります。


何しろ、Kさんを跳ねたという相手の軽自動車は……


ボンネットは折れ曲がり、バンパーとヘッドライトは奥に陥没……と、それは酷い壊れようだったらしいのです!



☆☆☆☆☆




「うわっっ!」


Kさんのすぐ目の前まで迫り来る軽自動車!


もはや逃げる事さえ出来なかったKさんは、目を瞑りおもいっきり手を突き出して体を守るのが精一杯でした!


グシャ


鈍い音がして、軽自動車とKさんは激突!


軽自動車とはいえ、相手は1トン近い《鉄の塊》です。


それなのに……






「……あれ?」


目を開けたKさんの前にあったものは、見るも無惨なクシャクシャの軽自動車。


対するKさんは、傷ひとつ負っていません。


アンタは《サイバーダイン》社製のアンドロイドかっ!


軽自動車を運転していたのは、二十代位の若い女性だったそうです。


顔面蒼白になってハンドルを握り締めているその女性に向かって、Kさんは……


「お~い!大丈夫か~?」


逆だろっ!


Kさんが無事なのに安心する反面、有り得ない状況にパニックになる運転手の女性は、とにかく泣きそうな顔で「すいません!ごめんなさい!」を連発していました。



「う~~ん……こりゃあ二十万ぐらいかかるかもなぁ~」


ボンネットを開けながら、なんとも冷静に壊れた車の見積もりをするKさん。


ようやく車から降りて来た女性も、予想以上に酷い車の壊れ方に唖然としています。


しかし、それ以上に気になるのはKさんの容態の方です。


「あの……本当に大丈夫なんですか?」


「うん、ラジエターまではイッてないみてぇだよ♪」


「いや、車じゃなくて!」


「あっ、オレ?

いやあ~軽自動車に勝っちまったよ♪」


と、あっけらかんと笑いながら。


「なんか、バンパーがタイヤにつっかえて動かなそうだな……この車、工具ある?」


…と、軽自動車のラゲッジをゴソゴソと漁って、ホイールナットレンチを握り締め、しゃがみ込んでバンパーをこじり始めるKさん。


「あの……なんか、すいません……」


そう言ってKさんの傍らに立ち尽くす女性の心境は、さぞや複雑だった事でしょう。



きっと、この事故を知って集まって来たご近所の誰かが警察に通報したのでしょう。


暫くすると、赤い回転灯を光らせながら警官の乗ったパトカーがやって来ました。


車のドアを開け、事情聴取用のバインダーを抱えて颯爽と降りて来た警察官は、軽自動車を見るなり……


「ああ、こりゃ結構酷いな……人身事故って聞いたけど、被害者は大丈夫なのか……?」


そして、顔をしかめて


「救急車はもう呼んだの!?被害者の方はどうしたんですか!」


その警察官の問いに、Kさんは作業中の軽自動車の影から顔だけ覗かせてニッコリと笑いながら……


「あっ、被害者オレ♪

オレが轢かれました♪」


「…は……?」


仕事途中で会社を抜けた為にツナギを着ていて、なおかつ軽自動車のバンパーを一生懸命こじっているKさんの姿は、どう見ても《出張修理で呼ばれてやって来た自動車修理工のオヤジ》にしか見えません!


「あの人が轢かれた人です……」


運転手の女性が真面目な顔で指差すのを見た警察官は、酷い有り様の軽自動車とKさんを代わる代わる見比べながら、ずいぶん慌てた様子で、Kさんの方へと足早に近づいて行きました。


「ちょっとアンタ!体は大丈夫なのか!

痛い所とかあるだろ!」


「痛い所?」


「そうだよ!あんなに酷くぶつかって平気な訳無いじゃないか!」


警察官にそう問い詰められ、Kさんは暫く考えてからこう言うのでした。


「そう言われてみれば……
















……歯が痛いな」


それは事故と関係ないだろっ!


それにしても、Kさんはどうしてあれだけの事故に遭って無事だったのでしょうか?


僕はこう思います。


人間というのは、日常生活ではその人の持っている潜在能力のほんの一割程度の力しか発揮する事が出来ないのだと言われています。


一流のアスリートでも、自分の意志で潜在能力の百%を発揮するのは殆ど不可能なのだそうで(北斗の拳に書いてあったから多分そうだと思います)


それを少しでも潜在能力に近づける為に、プロのスポーツ選手やオリンピック選手などは日々鍛錬をしている訳です。


それをKさんは、命の危機に遭遇したあの瞬間に、己の持つ潜在能力の全てを発揮する事が出来たのではないのでしょうか?


「ハンドパワーだよ♪

ハンドパワー♪」


Kさんはそう笑って会社の作業台を手のひらで勢いよく叩きました。



バン!


その瞬間。


「痛ぇ!」


「どうしました、Kさん?」


「トゲが刺さった!」


「トゲ?」


よく見ると、ささくれ立った作業台の小さな木のトゲが、Kさんの手のひらにしっかり刺さっていました……


軽自動車にぶつかっても平気だったのに、爪の先程のトゲで大騒ぎする……なんとも不思議なKさんの《ハンドパワー》です……




















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