第4話クレーマー!クレーマー!

日本人は品質にうるさい。


自動車、電化製品、そしてインスタント食品に至るまで、日本製品の品質の高さと信頼性は世界に誇れるものがあります。


これというのも、品質に対して妥協を許さない日本人の几帳面な性質によるものが大きく影響しているのではないでしょうか?


しかし、モノには限度というものがあります。


あまりに些細な事に目くじらを立てる、言わば《うるさいお客様》からのクレームの対応は販売店としても苦労の種ですよね……


次はそんなクレーマーとKさんのお話です。




「コレとおんなじ色、どっかにねぇかな~?」


珍しく《サニートラック》では無く、もう一台の愛車であるガン・メタリックのセダンで会社に来たKさんは、工場の工具箱を漁りガン・メタリックの塗料を探していました。


「どうしたんです?

バンパーでも擦ったんですか?」


「いや、バンパーじゃなくってマッドガード(泥よけ)だよ……ウチのブルが噛み付きやがってよ!」


ブルというのは、Kさんの庭で放し飼いにしているブルドックの事です。このブルドック、庭にある物にあたりかまわず噛み付く悪い癖があり、今回はKさんの愛車がその被害に遭ったという訳です。


「シルバーならあるけど、ちょっと色が薄いな……」


「おおっ!それでいいよ♪俺、黒持ってるから混ぜればガンメタになんだろ」


何ともアバウトな補修を終えた後に、「よし!上等~♪」と笑顔を見せるKさん。


普通ならば、泥よけとはいえ愛車に傷がつけばショックなものですが……


「アイツ(ブル)はバカだから、しょ~がねぇよ♪」


なんて言ってKさんは笑っていました。


と、そんな時でした……



「Kさん、コレと同じセンターキャップ無いかな~?」


隣の店舗の方から、新車販売のセールスマンがちょっと困ったような顔をしてやって来たのです。


そのセールスマンが手に持っていたのは、新車に付いていたアルミホイールのセンターキャップ。


「どうした?キズでもついてたのか?」


新車といえども、ごくたまに製造過程あるいは搬送過程で、外装部品なんかにキズのある製品はあります。


それを事前に発見し、修復あるいは交換するのも新車センターの仕事のひとつです。


「いや……キズじゃ無いんだけどさ、お客が『歪んでる』って言うんだよね……」


「歪んでるだって?」


セールスマンが持って来たプラスチック製の円盤を受け取ったKさんは、それを片目を瞑って透かす様に眺めながら首を傾げて呟きます。


「歪んでるようには見えねぇけどな……一体、どの位歪んでるんだって?」


Kさんの質問に、セールスマンも困惑した様子で答えます。


「いや……俺にも歪んでるようには見えなかったんだけど、アルミに付けると0.5ミリ程の段差が出来るらしい」


「0.5ミリっ!」


そりゃ、その位の段差は出来ますよ……



あまりに細かいそのお客さんの要求に、Kさんも僕も顔を見合わせて呆れるばかりです。


セールスマンもそれは重々承知の上でしょう。


「まぁ、換えたからって直るかどうか分からないけどさ。一応、新しい部品と交換しましたって言えば言い訳がつくから」


そう言って苦笑するセールスマンにKさんは


「新車プール(まだ買い手の決まっていない在庫車の置き場)に同じ車があるから、それから借りるんだな!センター長が鍵持ってるよ」


と、教えてあげました。


「いやあ~助かるよ♪

まったく、参ったなぁ~あのお客さんにも……」


一体、どんなお客さんがそんな事を言っているのか?


興味の湧いたKさんと僕は、仕事を中断してさっそく《野次馬》です。



新しいセンターキャップを持ったセールスマンの後を尾いて行くと、そこには例のお客さんが待っていました。


車は新車価格二百万円を少し超える位の2ドアクーペ。その傍らで腕組みをして立っているのは、二十代前半位に見える男性のお客さんです。


「なんだ、まだ小僧じゃねぇか……」


お客さんとセールスマンのすぐ近くまで行かなかったのは正解です。


Kさんときたら、思った事をそのまま口にするものだから、お客さんに聞こえようものなら大変ですよ!


距離があるのでこっちの声が向こうに聞かれない代わりに、向こうの話し声もこっちには届かないのですが……身振り手振りで大体の事は分かります。


車の屋根をさすりながら、不満そうな顔でセールスマンに話し掛けているそのお客さんは、その後車の前方に回りバンパー辺りを指差しています。


恐らくは、塗装の仕上がりが気に入らないのか、それとも外装部品の合わせ目の隙間が気に入らないのか……容易に想像出来るのは、走行には全く支障の無いかなり些細な事柄だという事です。



「アイツ……自分の車を『床の間』にでも飾ってんのか?」


お客さんとセールスマンのやり取りを見ながら、呆れたようにそんな事を洩らすKさんの表情はどこか不機嫌そうです。


きっと、ネチネチと重箱の隅を突つくようにクレームをつけるお客さんの態度が気に入らなかったのだと思います。


しばらくして、そのお客さんは自分の車に乗って帰って行ったのですが、ゲートを抜けて一般道へと出て行くそのクーペの後ろ姿を目で追いながら……Kさんはボソリと、とんでもなく大胆な言葉を呟くのでした。



「あの車、事故っちまえば面白ぇんだけどな……」



確かに車がクシャクシャになれば、些細な事は気にならないかも!


……って、それはいくらなんでもねぇ……



♢♢♢



Kさんに《予言者》の能力があるとは、僕には思えません。


ですが……


それから数日後、あのお客さんの買ったばかりの新車のクーペは、大いなる変貌を遂げ積載車に載って、店舗へと戻って来たのです。







「うわ……左側面ベッコリだよ……」


話によるとそのお客さん、ドライブ中にカーブを曲がりきれずにガードレールに接触。左側面を前から後ろまで、まるで熊が両前足で引っ掻いたような大きな傷跡をこしらえてしまったのです。


幸いにしてケガは無かったものの、買ったばかりの新車が見るも無惨な姿に変わり果てお客さんはかなりヘコんだ様子でした。


「ムハハ♪細かい事グダグダ抜かしてるから罰が当たったんだ。ざまあみろ♪」


何とも嬉しそうなKさんの顔。


更に、遠くでほくそ笑んでいるだけでは飽きたらず、Kさんはそのお客さんの方へと近づいて行ったのでした。



「これ、アンタの車かい?災難だったねぇ」


さっきまでの嬉しそうな顔はどこへやら、お客さんの前では神妙な表情を装って話し掛けるKさん。


「えぇ……まだ、買ったばかりの新車なんですよ……」


「なんと!これ、新車なのかい!それゃあ~気の毒に!」


知ってるくせに……わざとらしい……


「一応、保険には入っているんですけれど、元通りキレイに直りますかねぇ?」


そんなお客さんの問い掛けに、Kさんはキッパリと。



「ムリだな!」


「えええぇぇぇ~~!

ど~してですかああ~!」


「いいかい?そもそも、メーカーの塗装と板金屋の塗装ってのは塗装のやり方が違う訳よ!

板金屋の腕で上手く直す事は出来ても、元通りにはならねぇ!《事故車》は《事故車》だ!」


事故を起こして傷心しているお客さんへ、まるで死刑宣告のような言葉を浴びせるKさん。


そして


「まぁ、フレームまでイッてる訳じゃねぇんだから、大丈夫!真っ直ぐ走るよ♪」


と、大したフォローにもならない言葉を付け足してお客さんの肩をポンと叩くのでした。



やがて、お客さんは車を店に預け容易された代車に乗って帰って行ったのですが、その様子はあの時のクレーマーの彼とは別人のような腰の低さだったのに驚きました。


きっと、Kさんの『キレイに直っても《事故車》は《事故車》』という言葉がよっぽど身にしみたのかもしれません。


「車なんてのは、走りゃあいいんだ♪走りゃあ~♪」


そう言って笑うKさんの姿を見ていると、何故だか僕もそんな気分になってくるから不思議なものです。


「それにしても、たった0.5ミリで大騒ぎしてた車がこんなになっちゃうんだもんな……なんだかちょっと可哀想……」


変わり果てた新車のクーペを見つめながら、僕がそんな事を言いかけたその時です。


「おい!コレ見ろよ、コレ!」


横にいたKさんが、ある事実に気が付き嬉しそうな声を上げました。



「あっ!!」






「あのホイールキャップ、キズひとつ付いてねえよ。ヨカッタな♪」


「アハハハハハ♪

でも、今更どうでも良いですけどね♪」


「そりゃそうだ♪」


「ハハハハハハ♪」



お客さんの事故車を見ながら二人して大笑いしている僕とKさんは、周りの人から見れば、何とも不謹慎な二人に映っていたかもしれません……

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る