第7話Kさんと子豚

「なぁ、これ…どうしたんだよ?」


農家をしている実家へと遊びに来たKさんは、その生き物を興味深そうに眺めながら、そう尋ねました。


Kさんの親父さんが答えます。


「それ、近所の畜産農家から貰ってな」


それは、一匹のまだ小さな子豚でした。


「へぇ~おもしれぇ♪」


畜産農家でもなければあまり見る事の無い生きた子豚を、Kさんは嬉しそうに目を輝かせながら抱き上げます。


「欲しけりゃ、持って帰っていいぞ」


「ホントか?」


Kさんは、まるでオモチャを与えられた子供のように喜んでいました。


……そんな訳で


ドーベルマン、ボクサー、ブルドックというKさんちの三匹の犬に、この日新しくこの子豚が仲間に加わったのです。



ちなみに、例によって

名前はありません……



「ケンカするんじゃね~ぞ!」


貰って来た子豚を、三匹の犬達の目の前に立たせるKさん。


目の前でバカデカイ鼻を鳴らす見た事も無い動物を、三匹の犬達は物珍しそうにじっと見つめています。


(なんじゃ、コイツは!)


「ブヒッ!」


「!!!!」


あのドーベルやボクサーが、自分よりも体の小さい子豚が近寄ると、ビクリと驚いて飛び退いたりするのですから、彼らにとって初めて見る子豚のインパクトは相当なものだったのでしょう。


「大丈夫か?コイツら……」


Kさんは少し心配になりましたが、そんな心配は取り越し苦労だったようです。


夜になって、再びKさんが犬小屋を覗いてみると……


三匹の犬と子豚は、4匹では少し狭い犬小屋の中で、体を寄せ合って小さく固まりながら、本当に仲が良さそうに眠っていたのでした。



♢♢♢



早朝五時半のKさんの日課……それは、犬の散歩と釣りです。


釣り竿と折りたたみ椅子を肩に担ぎながら、一方の手には犬を繋ぐリードを持って、Kさんはいつも決まったコースで近くの浜辺まで歩いて行きます。


いつもの事ですから、決まって毎朝ジョギングをしている学生さんや、同じように犬の散歩をする人達とよくすれ違うのですが


この日のKさんは、そんなすれ違う人達の驚いたような視線を一心に浴びていました。


「豚を散歩してる!」


「犬が豚になってる!」


周囲の奇異な物を見るような視線にはまったく動じる事無く、Kさんは平然と豚の散歩をしていたのでした。


実家の親父さんの所から貰って来たこの豚も、すっかりKさんになつき、三匹の犬達とも仲良く暮らしていました。


元来、豚というのは犬と同じ位に知能が高くて、人間と一緒に生活する適応力も持ち合わせているそうなのです。


Kさんちに貰われて来たこの豚は、運が良かったのだと思います。


もし、Kさんの実家に行く事なく家畜農家の所でそのまま飼われていたのなら、ある程度体が大きくなったところで食肉にされてしまっていたのを、こうしてペットとして可愛がられているのですから。


しかし、それから1ヶ月が経ち2ヶ月が経ち……半年近くの月日が流れると、この幸せな豚の運命にも暗雲が立ち込めてきたのです。




食肉用として飼育されている豚の、成長の早さをご存知でしょうか?


あの可愛い子豚から、食肉として出荷出来る大きさ(およそ百十キログラム)になるまでにかかる期間はなんと、たったの6ヶ月なのだそうです。


その例にもれず、Kさんの家の豚も瞬く間に大きくなっていったのです。


そんな家畜豚の成長の早さは、Kさんの思い描いていた予想を遥かに上回っていました。


それだけ大きくなるのですから、食べる餌の量も半端ではありません。


ただでさえ、大食らいの犬を三匹も飼っているのに、この上大量の豚の餌を工面するのはKさんちの家計にも大きな負担になっていました。


「参ったな…こりゃ……」


困り果てたKさんは、散々考えたあげく、豚を飼う事を断念して、この豚を再び実家へと返す事を決断したのです。


Kさんの実家は農家をやっているので、売り物にならない屑野菜など、豚の餌になりそうな物はありますし、庭も広いので、大きくなった豚でも飼う事が出来るだろうとKさんは思いました。


可愛い子豚の間だけ飼って、大きくなって飼えなくなったから返すというのは、なんだか無責任な気がしてKさんも本意では無かったのですが、それでもこのままでいるよりは実家の方が豚の為にも良いだろうと、Kさんは早速実家の親父さんの所へ電話をかけました。


「…そういう訳でさ」


『なんだ、そんなにデカくなっちまったのか……それだったら……





食っちまえばよかったじゃねぇか』


電話越しの親父さんの言葉に、Kさんは思わず持っていた受話器を落としそうになりました。


「食う訳ね~だろっ!」


「なんで?あの豚は食肉用の豚だぞ?……そうだ、業者に頼めば結構な値段で引き取ってくれるぞ」


農家の親父さんの感覚では、豚と言えば米や野菜と同じ農産物。豚肉になる物だというのが当然の感覚だったのでしょう。


親父さんと電話で話を終えたKさんは、腕組みをして考え込んでしまいました。


「う~~ん……」



♢♢♢


それから、一週間程が経ったある天気の良い日の事でした。


「とりあえず、そっちに持って行くから」


Kさんはあらかじめ親父さんに電話をしてから、あの豚を苦労してトラックの荷台に乗せ実家へと連れていったのです。


実家へと連れて行ってしまえば、文句を言われようが何しようが向こうで飼ってもらえるだろう。Kさんとしては、そんな思いだったのでしょう。


「お前、あの豚持って来たのか?」


「あぁ…今、庭に降ろしてあるよ!」


そして、Kさんは改めて親父さんに豚をこの実家で飼ってもらえないかと頼んだのです。


あまり人に頼み事などした事が無いKさんでしたが、今回ばかりは特別でした。何しろ、犬や猫と違ってあんな大きな豚は他の一般家庭に引き取ってもらう訳にはいきません。


「なぁ~あの豚、ここで飼ってやってくれよ!」


ところが、そんなKさんに対する親父さんの答えは……


「えっ?お前、あれウチで飼ってもらうつもりだったのか……でも、俺もう業者に電話しちまったぞ!」


「なにぃ~~っ!」


そもそも、Kさんと親父さんとではあの豚に対する思い入れの強さが違います。


たった半年でも子豚の頃から世話をしていたKさんと、親父さんでは考え方が違うのも無理のない事でしょう……Kさんも薄々そんな予感はしていたのですが、まさか親父さんがそんなに早く手を打っているとは思ってもいませんでした。


「今すぐ業者に電話して断れ!」


「馬鹿言え!こっちから頼んどいて、今更断れるか!だいいち、もうそろそろ来る頃だよ」


「まじかよっ!」


なんと、業者が豚を引き取りに来るのは今日だと言うのです!


実家へ連れて来てしまえばなんとかなる。と思っていたKさんの思惑は、まんまと崩れてしまいました。


そして親父さんの言う通り、それから三十分と経たない間に業者はやって来たのです。


「こんにちは~っ!

〇〇畜産から来ました!」


「ああ、ご苦労さま。豚は庭に降ろしてありますから」


このままでは、あの豚が業者に引き取られ食肉にされてしまいます……

そんな状況で、Kさんは果たしてどんな行動に出たのでしょう……



Kさんは急いで庭に走り、豚の前に立って業者から豚を守ったのでしょうか?


いえ、違います。


Kさんは家の中にいて、庭に出て行く業者の背中を、黙ったままただ、ずっと見つめていました。


親父さんは、そんなKさんを見て少し気の毒に思ったのでしょう。


「あれは、元々食肉用の家畜豚だったんだ……ペットにするのが無理な話だ。仕方の無い事だよ」


そんな言葉をKさんにかけたのです。


命は大切な物、何物にも代え難い物である……それは勿論ですが、我々人間は自ら手を下していないだけで、生きる為に様々な魚を食べ、肉を食べている事も事実です。


ですから、ここで親父さんが非道い人などとは言うのは、やめておきましょう。


そして、やがて庭で豚の様子を見てきた業者が、再びKさんと親父さんの所へと戻って来ました。


玄関先に立つ業者さんに、親父さんが声をかけました。


「それじゃ、よろしくお願いしますよ」








「いや………それがですね……」


「ん…?」


「あの…誠に申し上げにくいんですが……」


「あの…なにか問題でも?」





「体毛をピンクに染めた豚は、ウチの方ではちょっとお引き受け出来ないんですよ!」


「は?…………」


「ですからあの豚、体毛をすべて“ショッキングピンク”に染めてらっしゃいますよね!」


「ホントですか!そりゃあ~!」


業者から衝撃的な事実を知らされた親父さんは、口をあんぐりと開けながらKさんの方を振り返りました。


その視線の先には、まるでイタズラ小僧のように満面の笑みをしたKさんの姿が……


「やっぱり、あれは売り物にならねえよな~♪」


庭へと出てみると、業者さんの言う通り、Kさんが連れて来た豚はまるで夜店で売っているヒヨコのように見事なショッキングピンクで染められていました。


「この野郎!まったくロクな事しやがらねぇ!」


「ムハハ♪こうなったら、この豚はここで面倒見るしかないな、親父♪」


実は、Kさんがこの豚をピンクに染めたのは、実家へ連れて来るほんの2日前の事でした。


つまり、これはこの豚が業者に出されない為のKさんの対抗策だったのです。


そして、その後どうなったかと言うと……




ショッキングピンクのあの豚は、Kさんの実家で親父さんに可愛いがられ平和に暮らしているそうです。


最初はぶつぶつ文句を言っていた親父さんも、世話をしているうちに情が移ったのか、今では豚の世話もまんざら嫌では無いらしいですよ。



























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