第2話

 夜になって、約束どおり、呉碧くれあおいの祖父である四木しきタロウの部屋を訪ねる。

 ノックをすると、女の子が出てきた。

「間違えました」

 目を逸らすと、手を引かれた。

「やっと会えたね!」

 満面の笑みを浮かべる少女。やはり、人違いではないのか。口を開こうとするも、唇に指を当てられた。

「ここは、正真正銘、四木タロウの宿泊しているお部屋よ。そして、私が待っていたのはあなたよ。石矢世津奈いしやせつな君」

 ますます意味不明である。

「僕ら、初対面だと思うけど…。あ、コンサートで、三味線弾いてた子だよね?」

 少女の顔に目を遣る。やはり、知らない娘である。少女にすすめられて、椅子に座る。

 膝の上に楽器を抱えている。おそらく、三味線である。先ほどとうってかわって、逡巡している。ようやく、顔を上げる。

「あのね、私、あなたのいとこなの」

「いとこ…」

 そう言われてみれば、どことなく自分と面影が重なる気がする。

「隠しても仕方ないから言うね」

 頷く。

「あなたの母親は、あなたを産んだことを知らないの。覚えてないのよ」

 そんな気はしていた。でなければ、生後すぐに特別養子縁組はされないだろう。

「誤解してほしくないのは、あなたの母親にとって、望まぬ妊娠ではなかったということよ。ただ、産んだことを覚えてないだけなの」

 立ち上がった少女が、震える手を重ねてくる。

「だから、祖父はあなたを育てられないと判断したの」

 詳しい状況は解らないが、それはそうだろう。常識的な判断だ。

「僕も君を否定する訳ではないけれど…」

「え?」

 少女が顔を上げる。

「僕は、今の家に貰われてとても幸せだよ。今回のコンサートだって、初恋の人と大親友と一緒に来たんだ」

 少女は、そっと顔を寄せた。

「実は、私も彼氏と来たの…。まあ、私は目が不自由だから、半分、つきそいなのだけれど…」

 顔を真っ赤にして下を向く。

「で、今まさにお楽しみ中なんだよね。だから、僕は友人のおじいさんの部屋に避難中」

「まあ…」いとこは、口元を手で覆う。「高校生よね?」

「高校生だからね」

 苦笑する。いとこは、僕の頭をなでた。目線を上げる。

「あなたは、良い子ですね。私たちのおじいさんから預かってきた三味線を授けましょう」

「僕に?」

 首を傾げる。

「あなた、いとこなのだから、私ときっと似ているはずよね。だから、美少年が三味線なんて弾いたらもうね…」

 言わんとしていることは理解できた。祖父も同意見かは別として。いとこは、腰掛けた。

「祖父がちゃんと調べたのよ。あなたの家の近所に、松本まつもとさんという先生を見つけたの。もちろん、月謝やら何やらはこっち持ち。だから、ね、やってみない?」

 いとこの赤い瞳をじっと見る。

「うん、ちょっと口説きたい子がいるからやってみようかな」

「本当? 約束よ」

 それが、菅沼柊すがぬまひいらぎ、僕の秘密のいとことの出会いだった。



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秘密のいとこ 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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